高橋彩子の「耳から“観る”舞台」第11回

プレヴィンとストッパード、2人の天才が生み出した「俳優とオーケストラのための芝居」——『良い子はみんなご褒美がもらえる』

読みもの
2019.03.25

音楽が使われる演劇は多いですが、単なる伴奏や効果音ではなく「役者」と「音楽」が対等かつ不可分に結びついた作品となると、それほど多くはないようです。

4月20日から東京、大阪で上演される、堤真一と橋本良亮のW主演『良い子はみんなご褒美がもらえる』は、トム・ストッパード(脚本)とアンドレ・プレヴィン(作曲)という2人の天才の出会いによって生み出された「俳優とオーケストラのための芝居」。音楽ファン大注目の舞台を高橋彩子さんが紹介してくれました。

高橋彩子 舞踊・演劇ライター
高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター
早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

オペラにしろバレエにしろミュージカルにしろ、オーケストラと一緒に上演される演劇や舞踊の多くは、洗練された様式性を持つ。時の流れと共に確立されたスタイルを、パフォーマーやクリエイターが踏襲しながら今この瞬間のものにしていく豊かさは、何物にも代えがたい。その一方で、こうした様式性ゆえに「オペラやバレエは難しい」「ミュージカルは急に歌い出すから苦手」といった意見が根強いのもまた事実。

だが、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーとロンドン交響楽団により1977年に初演された『良い子はみんなご褒美がもらえる』は、音楽と演劇が拮抗し、この上なくリアルな世界を生み出す稀有な作品だ。

知的に詩的に、ユーモアも交えて人間を描くトム・ストッパードの戯曲

『良い子はみんなご褒美がもらえる』が特別なのは、トム・ストッパードとアンドレ・プレヴィンという、メガトン級の天才2人がタッグを組んだ「俳優とオーケストラのための芝居」(戯曲と楽譜にこう銘打たれている)だから。

ストッパードは現在81歳の、チェコスロヴァキア出身のイギリス人劇作家。演劇のジャーナリストとしてインタビューや批評の記事を執筆したのち、劇作家としてのキャリアをスタートさせた。日本でも何度も上演されている代表作、『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(66年)は、シェイクスピア『ハムレット』でハムレットの友人2人としてドラマの核心に近づきながら、どちらがどちらかわかるような性格づけもほぼなされず、周囲の誰からも尊重されず、最期は「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」の1行で片付けられてしまう登場人物、ローゼンクランツとギルデンスターンに焦点を当てた喜劇。よく知るハムレットの物語の裏で彼らの物語が進む趣向の面白さといい、格調高いシェイクスピアの言葉へと自然に接続する台詞の見事さといい、演劇の醍醐味が詰まった1作だ。

本作に限らず、ユーモアを備えた知的で詩的な作風はストッパードの特長だろう。19世紀初頭の貴族たちと、当時について探ろうとする200年後の現代の人々の姿を交互に描いた『アルカディア』(93年)は16年に栗山民也の演出により日本初演されたが、数学や物理を取り入れた、一見すると難解な世界から、シンプルで普遍的な真実が浮かび上がってくるさまは、この上なく美しく感動的だった。

『アルカディア』日本上演時の堤真一(左)と寺島しのぶ(右)
撮影:加藤孝 提供:シス・カンパニー

ユダヤ系チェコスロヴァキア人として生まれ、幼少期にナチスの迫害を逃れて国外に移住した経歴を持つストッパードにとって、近現代の政治状況とそこに生きる人々の姿も大きなテーマ。

蜷川幸雄演出で09年に日本初演された『コースト・オブ・ユートピア』は、終焉へと向かう帝政ロシアの貴族や知識人たちの理想や葛藤や恋愛を、9時間以上かけて克明に描き出す大作だったし、栗山民也演出で10年に日本初演された『ロックンロール』では、チェコスロヴァキアで「プラハの春」と呼ばれる自由改革運動が起きてソ連に軍事介入された68年から、同国が「ビロード革命」で民主化を果たした翌年でありローリング・ストーンズがプラハでコンサートを行なった年である90年までを、ロックと共に描いた。

こうしたテーマの原点とも言うべき作品が、『良い子はみんなご褒美がもらえる』だ。

ストッパードは76年、ワルシャワ条約機構軍によるチェコ侵攻に反対するデモに参加して赤の広場で逮捕された経験を持つ言語学者ヴィクトル・フェーンベルクに会う。そして彼から、ソ連で精神医学の悪用を暴露したために刑務所や強制労働所などに送られたウラジミール・ブコウスキーの話を聞き、本作を書き上げた(本作稽古中の6月に、ブコウスキーとも対面している)。

物語の舞台は、ソ連と思しき独裁国家の精神病院。誹謗罪でつかまった政治犯の男と、自分はオーケストラを率いているとの妄想に取り憑かれた精神病患者の男が同室となっている。同じアレクサンドル・イワノフという名前を持ち、それぞれ囚われた立場・状況にある2人。彼らの拘束と解放を通して、自由とは何かという、現代に通じる命題が、皮肉も交えて鋭く問われていく。

トム・ストッパード作『良い子はみんなご褒美がもらえる』(Faber and Faber社刊)。2009年のロンドン公演の際に出版された戯曲。

見えない不安や心理の動きをあぶり出す、プレヴィンの音楽

2019年2月28日に惜しまれつつ他界するまで、世界的な指揮者、作曲家、ピアニストとして活躍したアンドレ・プレヴィンは、ONTOMO読者にはおなじみだろう。その明晰で鮮やかな音作りのファンは多い。ユダヤ系ドイツ人として生まれ、ナチスから逃れて欧米に渡った境遇は、ストッパードに通じる。

アンドレ・プレヴィン(作曲・指揮):《サリー・チザムがビリー・ザ・キッドを回想する》
バーバラ・ボニー(ソプラノ) ロンドン交響楽団

クラシック音楽のみならず、映画音楽やジャズの分野でも活躍したプレヴィンだが、演劇との関わりも浅くない。シェイクスピア原作の映画『キス・ミー・ケイト』(53年)やバーナード・ショーの戯曲から生まれた映画『マイ・フェア・レディ』(64年)の音楽を手がけ、98年に作曲した最初のオペラは、テネシー・ウィリアムズの戯曲に基づく『欲望という名の電車』。ニューオーリンズが舞台の作品を、ジャズテイストも織り交ぜつつ色彩豊かにドラマティックに描き出した。なお、若杉弘指揮・鵜山仁演出による東京室内歌劇場の日本初演(03年)では、現在ミュージカル俳優として活躍する田代万里生が、集金人の若者役のWキャストの一人として舞台デビューを果たしている。

そんなプレヴィンの音楽が、『良い子はみんなご褒美がもらえる』では、戯曲と密接に結びついて展開する。ストッパードが冒頭に「この芝居は台詞と音楽によって構成されており、共作者アンドレ・プレヴィンの楽譜があって初めて完全なものとなる」と明記したのは象徴的だ。ある時には精神病患者イワノフの頭の中だけで鳴る音を表し、またあるときには見えない脅威や状況の混沌、諧謔味を表し……と、克明に、雄弁に、ドラマを造形していくさまは、必聴。

堤真一、橋本良亮が、イギリス人演出家ウィル・タケットの演出でW主演

さて、このユニークな作品が4〜5月、堤真一と橋本良亮のW主演で上演される。政治犯のアレクサンドルに堤、精神病患者のイワノフに橋本。なお、堤は『アルカディア』に続いてのストッパード作品出演だ。

堤真一(左上)小手伸也(右上)シム・ウンギョン(左下)斉藤由貴(右下)

演出は、イギリス人演出家ウィル・タケット。もともとは英国ロイヤル・バレエ団で踊っていたダンサーで、現在はさまざまな舞台の振付や演出を手がけている。今回の出演者にもダンサーが含まれているので、何らかのダンス的なシーンが観られるに違いない。彼が過去に演出した『兵士の物語』(04年)や『鶴』(12年)同様、陰影に富む世界となることだろう。

ウィル・タケット
©Barbara Banks

指揮はフランス人指揮者ヤニック・パジェ。本公演のために編成されたオーケストラでの演奏となる。

堤、橋本をはじめとする出演者たちにとって、強度のある音楽は、心強くもあり、また、ある種の脅威でもあるかもしれない。オーケストラ団員たちにとっても、ただの演奏者としてではなく、芝居の中の出演者のような役割で俳優と共演することは、一つの挑戦だろう。そんな両者の共存も緊張関係も、すべてがドラマに回収されていく。ストッパードとプレヴィンが周到に仕掛けた本作の“罠”に、思う存分ハマろうではないか。

公演情報
『良い子はみんなご褒美がもらえる』

TBS赤坂ACTシアター
(東京都港区赤坂5-3-2 赤坂サカス内)

2019年4月20日 (土)〜5月7日(火)

大阪 フェスティバルホール
(大阪市北区中之島2-3-18)

2019年5月11日(土) 5月12日(日)

 

チケット: 

【東京公演】 10,000円(全席指定・税込)

【大阪公演】 S席10,000円 A席8,500円 (全席指定・税込)

 

作: トム・ストッパード

作曲: アンドレ・プレヴィン

演出: ウィル・タケット

指揮: ヤニック・パジェ

出演:
堤真一 橋本良亮(A.B.C-Z)
小手伸也 シム・ウンギョン 外山誠二 斉藤由貴 ほか

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