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2023.10.17
高橋彩子の「耳から“観る”舞台」第33回

真に多様な創作を続ける太陽劇団による“夢の日本”〜『金夢島 L’ÎLE D’OR Kanemu-Jima』

舞踊・演劇ライターの高橋彩子さんが、「音・音楽」から舞台作品を紹介する連載。第33回は1964年の設立以来、常に話題作を創作しつづける太陽劇団(テアトル・デュ・ソレイユ)、待望の来日公演『金夢島 L’ÎLE D’OR Kanemu-Jima』を取り上げます。日本をはじめアジアのさまざまな文化に精通する演出家ムヌーシュキンと、音楽家ルメートルが舞台に描きだす“夢の日本”とは?

高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

© Michèle Laurent

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フランスの伝説的劇団、太陽劇団(テアトル・デュ・ソレイユ)を知っているだろうか。2019年に京都賞も受賞したカリスマ的リーダー、アリアーヌ・ムヌーシュキンのもと、本拠地カルトゥーシュリで、25か国以上の多国籍・多民族のメンバーと共に活動し、来年には創設60年を迎える老舗劇団。「多様性の時代」のはるか前から、真に多様なクリエーションを行なってきた彼らの舞台では、個性的な俳優の声はもちろんのこと、多種多様な楽器による音・音楽や、時に言語も複数入り交じり、豊かな聴覚空間を形作る。

アジアの伝統芸能に学んで

2001年、新国立劇場演劇部門の海外招待作品Vol.1として太陽劇団が来日公演を行なった時のことは、今も忘れ難い。フランス演劇史の教科書にも載っていたあの劇団が、ついに初来日。しかも上演するのは、日本の文楽を取り入れた『堤防の上の鼓手』! 20年前からこの劇団に魅了されてきた当時の演劇部門芸術監督・栗山民也の熱い想いから実現した公演だった。

公演当日、観客は舞台上に設えられた俳優たちの楽屋を通って客席へ。このワクワクするような導入を経て眼前に展開されたのは、3人で1体の人形を遣う文楽のスタイル自体を生身の人間たちでもって体現してしまうというとんでもない力技の、日本の伝統芸能への敬意に満ち、神話的・寓話的な美しさに富む舞台だった。その年の演劇界の大きな話題となったことは言うまでもない。

太陽劇団『堤防の上の鼓手』(抜粋)2002年の上演より

太陽劇団は1964年、アリアーヌ・ムヌーシュキンの呼びかけで、学生たちによって結成された。1970年からの本拠地は、パリ郊外のヴァンセンヌの森の旧弾薬倉庫=カルトゥーシュリ。劇場やアトリエだけでなく、住居、食堂も備え、公演期間中は劇団員たちが観客をオープンにもてなす。劇団員による共同創作で生み出される作品の題材は、ギリシャ悲劇やシェイクスピアやモリエールなどの古典からフランス革命やカンボジアの大虐殺、難民問題まで多岐にわたり、サーカス、イタリアのコメディア・デラルテ、日本の能や文楽や歌舞伎、インドのカタカリなどさまざまな表現を参照しながら、独自に構築されるのが特長だ。

こうした創作は、ムヌーシュキン自身の若き日の体験とも深く関わっている。1939年、ロシア人の映画制作者である父と、イギリス人の俳優の娘である母のもとにパリで生まれたムヌーシュキンは、イギリスのオックスフォード大学で学びながらイギリス演劇に触れ、帰国後の1960年、ソルボンヌ大学で演劇集団A.T.E.P.(パリ学生演劇協会)を設立。A.T.E.P.解散後の1963年、インド、カンボジア、日本、台湾などで見聞を広め、翌年、太陽劇団を結成した。日本に5か月間滞在し、能、歌舞伎、文楽を観た時の思いを、彼女はこう語っている。

「それは目眩のようなもの、大いに啓発されるものでした。『若い女よ、これが演劇だ』と言われたように感じたのです。文楽は人形だけれども、ただの人形ではなく演劇。カタカリ、トッペン、京劇もそうですが、こう言われている気がします、『黙ってただ観なさい。そしてこの神秘を解き明かしなさい』と。私はこの“先生”からもたらされたものをそのまま学ぼうと思ったのです」(早稲田大学での2019年のシンポジウムにて)

アリアーヌ・ムヌーシュキン
©Archives Théâtre du Soleil

アジアの伝統芸能の多くがそうであるように、太陽劇団では音楽も非常に重要な要素だ。長年、音楽を担当しているジャン・ジャック・ルメートルが稽古初日から立ち会い、俳優の演技と一体になった音・音楽を作り出す。作品と音楽の密接さや重要度は、ルメートルの名が、たとえば美術や衣裳などとは異なりムヌーシュキンの名のすぐそばにクレジットされることからもわかるだろう。

その太陽劇団が、日本を舞台にクリエーションを行なうと聞いた時には心躍ったものだ。2019年の来日時、創作のために佐渡を訪れたムヌーシュキン。この地を拠点に国内外で活躍する太鼓集団・鼓童とは、かねてから親交があったという。言うまでもなく佐渡は世阿弥が流され、能舞台が多く残る場所だ。さらに2020年には、ムヌーシュキンが太陽劇団のメンバーを引き連れて再来日し、ワークショップを行なうはずだった。しかしパンデミックのために叶わず、作品は大幅に変更。2021年、日本での世界初演を断念し、カルトゥーシュリで初演されたのが今回、日本で上演される『金夢島 L’ÎLE D’OR Kanemu-Jima』だ。

風刺やユーモアを混じえて描く“夢の日本”

世界初演から2年の歳月を経て遂に日本初演される『金夢島 L’ÎLE D’OR Kanemu-Jima』。一体どのような作品になっているのだろうか。

先程も書いた通り、パンデミックで創作過程に変更が生じたことから、物語は、フランス人の女性コーネリアが病床で見る夢と設定された。

© Michèle Laurent

その物語の舞台は、日本とおぼしき場所の架空の島“金夢島”。そこでは、地域振興のための国際芸術祭を開催したい市長派と、そうではなくカジノリゾート開発を推し進めたい一派が反目し合っている。前者が女性たち、後者が男性たちである点も示唆的。

物語が進む中、場面によって、銭湯が出てきたり、歌舞伎や能、短歌などの表現が使われたり、黒衣(くろご)への茶目っ気あふれる言及がなされたりと、海外からの目を通した日本がデフォルメされて出てくるのも愉しい。日本のみならず世界のさまざまな出来事も、時に生々しく表現される。太陽劇団の俳優たちによる日本語の台詞や歌、能の舞や謡(うたい)にも注目だ。

© Michèle Laurent

一方で、コーネリアと施設にいる母親とのオンライン通話の場面などは、会いたい人に直に会って触れることができなかった時期のことが思い出される。劇中では、母が子の行方を探し求めてさまよう能『隅田川』の一節も引用。

日本に長期滞在してのクリエーションは叶わなかったが、日本からは、喜多流能楽師の大島衣恵、和泉流狂言師の小笠原由祠、前進座の歌舞伎俳優の横澤寛美ら、元鼓童の大塚勇渡がフランスに渡り、指導をしたという。

多国籍の舞台だけに、音・音楽もまた多彩だ。いつも通り、ルメートルが作った音楽を、今回はヤーフイ・リアングとクレマンス・フゲアが生演奏。ビブラフォン、ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、テンプルブロック、ウッドブロック、バスドラム、タイガードラム、ボウル、チャイム、アンティークシンバル、ベルツリー、オーシャンドラム、シンフォニック・バスドラム、ウィンドゴング、グランドゴング……。その豊かな音が俳優の声や歌と絶妙に混じり合う。

ジャン=ジャック・ルメートルのインタビュー(仏語)『金夢島 L’ÎLE D’OR Kanemu-Jima』のために制作した楽器を紹介している

フランス人女性の妄想の世界として、風刺や寓意をもって“日本”を描いた本作。パンデミック初期に生まれたことは、作品の個性であり貴重な記録でもあるだろう。ユニークかつチャーミングで、どこかパーソナルな雰囲気も持つ唯一無二のファンタジーを、豊かな音・音楽とともにじっくりと味わってほしい。

太陽劇団(テアトル・デュ・ソレイユ) 『金夢島 L’ÎLE D’OR Kanemu-Jima』
イベント情報
太陽劇団(テアトル・デュ・ソレイユ) 『金夢島 L’ÎLE D’OR Kanemu-Jima』

作・出演: 太陽劇団(テアトル・デュ・ソレイユ)
演出: アリアーヌ・ムヌーシュキン(2019年京都賞受賞)
音楽: ジャン=ジャック・ルメートル
創作アソシエイト:エレーヌ・シクスー

 

<東京公演>東京芸術祭 2023 芸劇オータムセレクション

日程: 2023年10月20日(金)~26日(木) ※23日(月)休演
会場: 東京芸術劇場 プレイハウス

詳細はこちらから

 

<京都公演>

日程: 2023年11月4日(土)、5日(日)
会場: ロームシアター京都 メインホール

詳細はこちらから

 

© Michèle Laurent

高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

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