高橋彩子の「耳から“観る”舞台」第15回

シューベルトの響きが記憶を呼び覚ます......宮沢りえ×堤真一×段田安則の3人芝居『死と乙女』

読みもの
2019.08.12

チリの劇作家アリエル・ドーフマンの『死と乙女』は世界中で上演を重ね、映画化もされた名作。2019年9月からはじまる公演では、演出に新国立劇場の芸術監督・小川絵梨子を迎え、宮沢りえ、堤真一、段田安則の3人が共演します。

シューベルト作曲の弦楽四重奏曲《死と乙女》と「記憶」が話の鍵となる本作の魅力を、高橋彩子さんがナビゲートします。

高橋彩子 舞踊・演劇ライター
高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター
早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

子どもの頃、同じ曲を何度も流しながら本を読むという遊びを、一人でよくやった。そうすると、本の内容と音楽が結びつき、曲を聴けばその内容が思い出され、あるいは内容について考えながら脳内に曲が流れるようになる。その曲が、本の世界観と合致した内容なら文句ナシだし、多少ミスマッチなところがあったとしても、何かがうまく接続すれば面白い効果を生み出す。いずれにしても、本だけ、曲だけで楽しむ以上に感情が増幅されるのが格別だった。もちろん、どんな曲でもいいというわけではないので、読み始めるにあたり、大いに張り切って選曲したものだ(途中で曲を変えたことも)。この遊びをやった経験がある人もいるのではないだろうか。

ここまで意図的には行なわないにしても、曲を聴くことでかつての記憶が蘇る、というのは、誰にでも覚えのあること。チリの劇作家アリエル・ドーフマンが書いた『死と乙女』でも、この“記憶”が重要なテーマとなっている。

シューベルト弦楽四重奏曲第14番を象徴的に用いる、ドーフマン作『死と乙女』

舞台『死と乙女』は、91年にロンドンで初演され、ローレンス・オリヴィエ賞最優秀新作賞を受賞。翌年にはブロードウェイでグレン・クローズ、リチャード・ドレイファス、ジーン・ハックマンという豪華キャストで上演され、グレン・クローズはトニー賞最優秀女優賞に輝いた。94年にはロマン・ポランスキー監督によって映画化もされている(映画邦題『死と処女』)。

本作のタイトルは、《死と乙女》と呼ばれるシューベルトの弦楽四重奏曲第14番から来ている。シューベルトは死の床にある乙女と死(神)の対話を描いた自作の歌曲「死と乙女」のピアノ伴奏部分を、この弦楽四重奏曲の2楽章に用いた。

命の火が消えんとしている乙女の悲嘆や抗い、安息を描く、憂いと甘美さのないまぜになった音楽は、聴く者の心を捉えて離さない。この憂いと甘美さが、ドーフマンの劇の中でも重要な役割を果たす。

シューベルト: 弦楽四重奏曲第14番《死と乙女》~第2楽章アンダンテ・コン・モート

物語の舞台は、17年間続いた独裁政権から民主政権に移行したばかりのある国。かつて反政府活動を行ない、今では旧政権の弾圧や人権侵害を暴く査問委員会の主軸メンバーに選ばれた弁護士ジェラルドは、嵐の中で車の故障に見舞われて立ち往生し、通りかかった医師ロベルトに送られて帰宅する。ところが、ロベルトの声を聞いたジェラルドの妻ポーリーナは、彼こそが、かつて体制側の男たちが彼女を監禁して行なった拷問に立ち会った医師であり、彼女を何度もレイプした男だと主張する。ロベルトを捕らえ、真実を告白させる“裁判”を自宅で開こうとするポーリーナ。果たして真実の行方、そしてポーリーナが最後に取る行動とは?

シューベルトの弦楽四重奏曲第14番は、ここではかつて医師がポーリーナを含む囚人たちに繰り返し聴かせた音楽として登場する。医師によれば、それには心身ともに傷ついた人々の警戒心を解き、苦痛を和らげる効果があったが、聴く前そして後に味わった恐怖を象徴するものともなった。

どうやら医師にとって反政府運動を展開する人々は憎悪の対象であり、彼は職権を用い、他の者と一緒になって自身の欲望を満たしたようなのだ。死と隣り合わせの状況での、それぞれの立場の恐怖と恍惚が、この曲の主題と奇妙に重なっていく。

《死と乙女》は多くのアート作品でも扱われた。
画像はオーストリアの画家エゴン・シーレ作「死と乙女」(1915年オーストリア・ギャラリー所蔵)。

独裁政権を経験した作家アリエル・ドーフマンが描く、人類の罪と向き合う人間の姿

この『死と乙女』には、ドーフマン自身の体験が反映されている。

彼は42年、ユダヤ系の両親のもとアルゼンチンで生まれ、45年に一家でアメリカに移住するが、赤狩りを嫌って54年にチリに移る。チリの大学で教鞭を取っていたが、73年9月11日に起きた軍事クーデターにより成立したピノチェト独裁政権下で弾圧を受け、オランダ、次にアメリカへ亡命。チリではピノチェト政権が16年半続いたあと、90年に民政移管し、ドーフマンも帰国するが、ピノチェトがその後も陸軍総司令官として影響力を奮ったことは周知の通り。つまり、『死と乙女』に描かれているのは、まさにピノチェト政権後にドーフマンが経験したことなのだ。

アリエル・ドーフマン

彼は人権活動家としても知られ、作品の多くはその活動とも深く関わっている。本作と、軍事政権によって成人男性がいなくなった村での女性たちを描いた『谷間の女たち』、検閲官が自身の人生と類似した内容の文章に遭遇する『ある検閲官の夢』は、ドーフマンの「抵抗三部作」として知られている。

04年には新国立劇場のために、戦争状態にある2国の国境に住む老夫婦を描いた『THE OTHER SIDE/線のむこう側』を書き下ろした。

いずれにおいても、国や時代を明示はせず、しかし極めて克明にリアルに、人類の罪と、そこに向き合う人間の姿を描いているのが特徴だ。

小川絵梨子演出による、緊密な空間での3人芝居

日本でもこれまでに何度か上演されている『死と乙女』だが、今回のシス・カンパニー公演では、新国立劇場演劇部門の芸術監督でもある演出家・小川絵梨子のもと、ポーリーナを宮沢りえ、ジェラルドを堤真一、ロベルトを段田安則が演じる。15年の『三人姉妹』でも共演している彼ら。息の合った演技を期待できそうだ。

終始、ポーリーナとジェラルドの家の中で展開する衝撃の3人芝居。シス・カンパニーで17年に同時上演したストリンドベリ作『令嬢ジュリー』『死の舞踏』でも、緊密な室内で3者それぞれの心理が息づき、ぶつかり、思いがけない地点へと到達するさまを、濃厚な死や破滅の香りとともに表現した小川だけに、今回、シューベルトの弦楽四重奏曲をいかに響かせ、登場人物たちの感情をどのようにあぶり出し、さまざまな解釈ができそうなラストシーンをどう浮かび上がらせるのか、楽しみでならない。

小川絵梨子演出『死の舞踏』
左から神野三鈴、音尾琢真、池田成志。
撮影:加藤孝
小川絵梨子演出『令嬢ジュリー』
左から小野ゆり子、城田優、伊勢佳代。
撮影:加藤孝
シス・カンパニー公演『死と乙女』

作:アリエル・ドーフマン

翻訳: 浦辺千鶴

演出: 小川絵梨子

出演: 宮沢りえ/堤真一/段田安則

東京公演

公演期間: 2019年9月13日(金)~10月14日(月・祝)

会場: シアタートラム

大阪公演

公演期間: 2019年10月18日(金)~21日(月)

会場: サンケイホールブリーゼ

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