読みもの
2021.08.25
高橋彩子の「耳から“観る”舞台」第24回

「狂気」をテーマにシェイクスピアなど3作をダンスと音楽に──「HUMAN.」

演劇・舞踊ライターの高橋彩子さんが、「音」から舞台作品を紹介する連載。今回は、ロンドンを拠点に活動するプロダクションカンパニー、ファビュラ・コレクティブによる日英コラボレーション「HUMAN.」。ウィリアム・シェイクスピア、オスカー・ワイルド、ルイス・キャロルの物語からインスピレーションを受け、「狂気」をテーマにしたトリプル・ビルが世界初演される。音楽も、本公演のために書き下ろされたもの。高橋さんが、その魅力を解説してくれました。

高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

『レディマクベス』イメージ写真。
©Amber Hunt

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夏は、国内外で活躍するダンサーたちが名作の見せ場や小品を踊る、コンサート形式の公演が盛りだくさん。それぞれに趣向が凝らされていて面白いのだが、今回はユニークなコンセプトのトリプル・ビルをご紹介したい。英国の気鋭の振付家たちによるファビュラ・コレクティブの来日公演「HUMAN.」だ。上演される3作すべて、今回の日本公演が世界初演。使用楽曲も全て書き下ろしなので、ONTOMO読者のために行った振付家へのインタビューの助けを借りてご紹介していこう。

気鋭の振付家3人が1つのテーマのもと集う

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2019年にロンドンで設立され、同年5月にセルリアンタワー能楽堂でジェームズ・ペット振付・出演『掟の門』、トラヴィス・クローセン=ナイト振付・出演『塩と水』、ジェームズ・ペット&トラヴィス・クローセン・ナイト振付・出演『Informal Between』を上演したファビュラ・コレクティブ。今回の「HUMAN.」公演では、クリストファー・マーニー振付『レディマクベス』、トラヴィス・クローセン=ナイト振付『Everything Would Be Nonsense』、ジェームズ・ペット振付『ドリアン・グレイ』の3作が上演される。

クリストファー・マーニーはイギリス出身。マシュー・ボーン作品で主要な役を踊る。マシュー・ボーン『SWAN LAKE』王子役やウィル・タケット演出・振付『鶴 The Crane Maide』鶴女房役などで日本の舞台にも立った。現在は振付家として活動し、セントラル・スクール・オブ・バレエの校長およびバレエ・セントラルの芸術監督も務めている。

クリストファー・マーニー

トラヴィス・クローセン=ナイトは南アフリカ出身で、イギリスで活動。やはりマシュー・ボーン作品などに出演後、カンパニー・ウェイン・マクレガーのダンサーとして舞台に立ち、現在は、ダンサーに振付家にと活躍の幅を広げている。

トラヴィス・クローセン=ナイト

ジェームズ・ペットはイギリス出身。体操選手としてイギリス代表になるなどのキャリアを経てダンスの分野へ。カンパニー・ウェイン・マクレガーほか幾つかのカンパニーで舞台に立ち、現在はダンサーとして、振付家として、活動中。

ジェームズ・ペット

共通テーマは「狂気」!

注目したいのは、そんな3人が手がける作品には、「狂気」という共通テーマが設定されていること。

『レディマクベス』

上演作の一つ、シェイクスピアの戯曲『マクベス』を原作とする『レディマクベス』では、その理由は明確だろう。魔女たちからスコットランドの王になると言われたマクベスは、マクベス夫人(レディマクベス)に励まされて現国王らを殺害し、権力の座に就く。しかし王となったマクベスは宴席で殺した者たちの霊を見て取り乱す。気丈に振る舞ってその場を収めたマクベス夫人もやがて精神に異常を来し、死亡してしまう。その際、王殺害時の幻覚を見て、手についた血の臭いをどうしても洗い落とせないと嘆く場面はあまりにも有名だ。

振付のマーニーは、今回、マクベス夫人が戯曲の中の出来事を回想する形で作品を構成するという。マーニーいわく「7つの場面がありますが、特に注目していただきたいのは、マクベス夫人の精神が錯乱するなか、ダンカン王殺害の罪の意識に苛まれて狂気の淵に堕ちていくクライマックスです。ありもしない血痕を拭おうとする場面や、夢遊病者のように徘徊するマクベス夫人、といった有名な場面も登場します」。

『レディマクベス』イメージ写真。
©Amber Hunt

『ドリアン・グレイ』

次に、オスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』に想を得た『ドリアン・グレイ』。こちらも美青年ドリアンの造形を通して、人の心の闇、ある種の狂気が描かれそうな1作だ。ドリアン・グレイは画家バジルが自身を描いた肖像画を前に、「自分の代わりにこの肖像画が歳を取ればいいのに」と願う。そのあと、彼は恋人シヴィルを傷つけて自殺に追い込んだことから、快楽主義者ヘンリー卿からの影響のまま堕落的な生活を送るようになり、数々の悪行を重ねる。すると、肖像画は醜くなっていき、ドリアンが行動を改めても元に戻ることはなかった。耐えられなくなったドリアンが肖像画をナイフで刺すと、ドリアン自身が倒れ、その顔は醜くなり、肖像画はかつての美しさを取り戻す、という物語。

振付のペットは、「この作品で1番表現したいのは、純粋な青年が混沌として堕落した世界にたどり着く旅路です。“美しさ”“優雅さ”“スリル”“堕落”“殺人”“愛”にあふれた、ジェットコースターのような作品になるでしょう」と話す。

『ドリアン』イメージ写真。
©Alex Kingston

『Everything Would Be Nonsense』

残る1作、『Everything Would Be Nonsense』は、ルイス・キャロルの児童小説『不思議の国のアリス』をもとにしているということで、他の2作に比べると、どの辺りに狂気を表すのか少し想像しにくいところがある。

しかし、振付のクローセン=ナイトは「多くの人にとって狂気とは、規範的なものと比べると理解し難い、見知らぬものといった感じがあります。クレイジーなファッションのエキセントリックなデザイナー、クレイジーな科学者の思いついた宇宙の奇妙な理論、或いは独自の方法で音楽を湾曲する作曲家、といった感じです。でも、彼らは本当にクレイジーだったのでしょうか。それとも、他の人の真似はしないと決めた人なのでしょうか?」と投げかける。

『Everything Would Be Nonsense』の稽古風景。
©Gabija Cepelyte

「歴史を見れば、かつてクレイジーだと言われた人々が沢山いますが、今、我々は彼らの発見したものを使っていますよね。狂気は、壮大なアイデアを包括していますが、限定的でネガティブな知覚のせいで精神の崩壊と見なされたり、美化されたり、誤解されたりしています」「皆さんは日々の生活の中で、ふと疑問に思うことはないでしょうか。今自分がやっていることは、本当に自分のためにやっているのか、それとも人にそうするよう言われたからやっているのか……。自分の中の規範を抜け出して冒険をしてみたいけれど、他の人と違うと思われることを恐れてしまったことはありますか? それ自体クレイジーなことではないでしょうか。型にはまるために努力をしたり、自分らしくあることを制限することに従ったり、我々の自分らしさを否定したりすること自体がクレイジーです」。

そんな彼が作る『Everything Would Be Nonsense』は、「自分の個性を認め、自分を取り囲む世界を壊すことを恐れない場所、複雑でうつろいゆく世界への思いやりを育むことができる場所」になるという。

想像力を喚起させる作品群

では、各作品は、具体的にはどのような舞台になるのだろうか?

まず『レディマクベス』は、女性ダンサー、チラ・ロビンソンがマクベス夫人役で中心を担い、男性ダンサーのバリー・ドラモンドとマーク・サマラスが、スコットランド王ダンカンとマクベスの親友バンクォーの亡霊役として登場するという。マクベスの同志的存在だった“男勝り”のマクベス夫人だが、今回、彼女以外のダンサーが男性であることから、その女性としての思いや立場に焦点が当たると予想される。

「この時代の文献を読んでいてもっとも興味深かったのは、女性は結婚するまでは父親の所有物で、結婚してからは夫の所有物とされていたことです。今読むと衝撃的な内容ですが、マクベス夫人に課せられた重圧をとてもよく表現していると思います」(マーニー)

『レディマクベス』トレイラー

『ドリアン・グレイ』の振付を手がけるペット自身がドリアン役となり、『Everything Would Be Nonsense』振付のクローセン=ナイトを共演者に迎えて踊る。

「今回、ドラマトゥルクを担ってくれるイギリス人作家ベン・ルイスと共に、トリロジー(三部作)やトライアングル(三角)をコンセプトで作品を作っています。三角の点を成しているものは“純粋さ”“混沌”“愛”。これは原作の中でドリアンが出会い、彼のキャラクターと生き方に影響を与える3人の登場人物から着想を得ています。原作の小説や、その分析研究によれば、バジルやヘンリー卿といった人物は最初からドリアンの一部で、すでにドリアンの内側にあるものなのかもしれません。このコンセプトは特に振付を考える際にとても興味深かったですね。最後にはこの三角形の真ん中に立たされたドリアンに向かって、それぞれの影響力を持って、この3点が彼に迫って来ます。トラヴィス(・クローセン=ナイト)が誰を演じていたか、ぜひ観終わって考えてみていただきたいです」(ペット)

『ドリアン・グレイ』トレイラー

『Everything Would Be Nonsense』は、オーディションで選ばれた日本人ダンサー、富岡カイ、加藤美羽、土田貴好、岩瀬斗羽によって踊られる。

「作品の中での役割のようなものはありますが、皆さんが想像するようなアリスやマッドハッターなどではなく、もっと身近でリアルなものを作りたいと考えています。この作品で中心的な位置にあるのはテーブルで、さまざまなやりとりの中心を象徴しています。観客はいわば4人の“お茶会”を通して、この作品を観る私たちは自分の中にあるものを、みつめることになります。お客様にどのように解釈していただけるのか、とても楽しみです」(クローセン=ナイト)

原作とのそれぞれの距離や表現の仕方を通して、観る側の想像力も大いに刺激されるに違いない。

『Everything Would Be Nonsense』トレイラー

書き下ろされた楽曲が振付の物語性を豊かに引き立てる

さて、冒頭にも書いた通り、「HUMAN.」の音楽はすべて、今回の作品のために新たに書き下ろされたものだ。

『レディマクベス』の音楽を手がけるのは、ドイツ生まれの作曲家で、ヴァイオリニスト兼俳優でもある、ジョナサン・エミリアン・ヘック。振付のマーニーはその音楽をこう紹介する。

「ジョナサンと組んで作品を作るのは今回が初めてですが、彼の曲を聴いたことはあり、その雰囲気と楽器の選び方が好きでした。私もそうなんですが、ジョナサンも物語に沿って作品を作り上げるのが好きなアーティストで、このバレエのために私が書いたあらすじをもとに、作曲してもらいました。例えば冒頭は、スコットランド北部、ハイランドの早朝、冷たくじめじめした空気が表現され、これから起こることを予期するかのような重い空気感を生み出す、といった具合です。全体的に、物語の舞台であるスコットランドを彷彿とさせる音楽になっていると思います」

『ドリアン・グレイ』の音楽は、ショーン・ペット。振付のペットの弟であり、誰よりも気心の知れた相手だ。ペットは言う。

「創作のプロセスを通してショーンと常に相談しながら作りました。クラシック音楽と電子音、そして“独特な雰囲気の音”のハイブリッドです。この3種類をショーンがうまくブレンドし、抽出し、引き伸ばして、現代的な音にしてくれました。ドリアンの旅が進むにつれ、彼を取り巻く環境や感情を、音楽が引き立ててくれます」

『Everything Would Be Nonsense』の音楽を書き下ろしたのは、イギリス出身のサイモン・マッコリー。チェロを学んだあと、ダラム大学では哲学を専攻したというマッコリーとの共同作業を、振付のクローセン=ナイトは以下のように描写する。

「サイモンは多才なアーティストで、古典的な技法と実験的な音をうまくブレンドすることができる。そのバランスがとてもエキサイティングです。初めは支離滅裂に思えるアイデアでも、彼は恐れずクリエーションを続け、そこに調和を見出し、ある種独特な、心が震えるような音を作るんです。彼の音楽により、私の振付には豊かな物語性が加わりました。音楽を聴いた観客はきっと、自らの内なる声を発見するような体験をするのではないでしょうか」

踊る身体を楽しむのみならず、現代のクリエイターたちが人間をどうとらえ、作品として表すかを、視覚・聴覚ともに楽しめそうな公演「HUMAN.」。その全貌が現れるのを心待ちにしたい。

公演情報
HUMAN.

日時:2021年8月28日(土)19:00 開演、
2021年8月29日(日)12:00 開演、17:00 開演

会場:新国立劇場 小劇場 

演目:

『レディマクベス』(初演)
振付:クリストファー・マーニー
出演:チラ・ロビンソン バリー・ドラモンド マーク・サマラス

『ドリアン・グレイ』(初演)
振付:ジェームズ・ペット
出演:ジェームズ・ペット トラヴィス・クローセン=ナイト

『Everything Would Be Nonsense』(初演)
振付:トラヴィス・クローセン=ナイト
出演:富岡カイ 加藤美羽 土田貴好 岩瀬斗羽

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高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

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