読みもの
2020.06.05
6月特集「音楽家とペット」

モーツァルトがペットとして飼ったムクドリと、あの名曲との真実の関係は?

迷惑な鳥として知られるムクドリですが、人の声や音楽を模倣する能力では、オウム科の鳥にも匹敵するのだとか。モーツァルトが飼っていたムクドリは、ピアノ協奏曲17番第3楽章の主題を口ずさんだというエピソードが残されています。モーツァルトと彼のペットの関係を覗いてみましょう。

ナビゲーター
飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

メインビジュアル © Ingrid Taylar

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ピアノ協奏曲の主題を口ずさんだモーツァルトのムクドリ

モーツァルトのピアノ協奏曲第17番はとびきりの傑作だ。全3楽章、どこをとっても豊かなインスピレーションに富んでおり、10番台のピアノ協奏曲のなかではひときわ演奏頻度が高い。

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この曲には有名なエピソードがある。モーツァルトが飼っていたムクドリが、第3楽章の主題をさえずったというのだ。

ピアノ協奏曲第17番 第3楽章/モーツァルト

モーツァルトはムクドリをペットとして飼っていた。1784年5月27日の支出簿に、34クロイツァーでムクドリを購入したと記録されている。そして「とてもきれいな声!」と書いて、そばにピアノ協奏曲第17番の第3楽章の主題を記した。ベートーヴェンの《田園》をはじめ、曲中で鳥のさえずりを模倣した例はいくつもあるが、この曲は実在したムクドリのさえずりに由来するという点で、真正の「鳥名曲」と言ってもよい。

モーツァルトがこのムクドリをかわいがっていたことは確かである。3年後にムクドリが死んだ際、モーツァルトはユーモアと愛情が入り混じった追悼の詩を残している。

実はこのエピソードにはやや不確かなところがあり、文献によって細部が違っている。古くから伝えられているのは、モーツァルトはムクドリに自作の主題を教え込んだ、という話だ。曲の完成は1784年4月12日なので、モーツァルトは曲を書いたあとにムクドリをペットとして購入し、近作を歌わせたということになる。なんとも微笑ましい情景が目に浮かぶ。

しかし、最近よく目にする記述はこうだ。モーツァルトは街角でたまたま自分の曲にそっくりの旋律をさえずるムクドリを見つけたので、おもしろがって購入した、というものだ。支出簿に金額とともに曲の主題を書き添えているのだから、買った時点でムクドリが曲をさえずっていたと理解するほうが話の流れに無理がないということなのだろう。

どちらもありうる話ではある。ただ、後者の説明では時系列は自然だが、ムクドリの習性が一切考慮されていない点がひっかかる。ムクドリは模倣が好きな鳥なのだ。鳥の専門家であるライアンダ・リン・ハウプトが著した『モーツァルトのムクドリ 天才を支えたさえずり』(青土社)にはこう記されている。

現代のアメリカ人の多くは、ムクドリがおしゃべりをする、つまり環境音や、ほかの鳥の鳴き声、音楽、人間の声を模倣する力があると言われると、驚く。じつはこの能力に関して、ムクドリはカラスをしのぎ、オウム科の鳥に肩を並べるのだ。(同書 p.82)

つまり、モーツァルトがムクドリ相手に曲を教え込むというのは、できすぎたエピソードなどではなく、むしろムクドリを飼う音楽家ならいかにもやりそうな、ごく自然な行動なのだ。

モーツァルトのムクドリ

前掲書ではメレディス・ウエストの1990年の論文にあるという説も紹介されている。モーツァルトはムクドリを飼う前に同じ店をなんどか訪れており、口笛を吹いたり、曲を口ずさんだりして、先に自作の旋律を教え込んでいたのではないかというのだ。

ペットを飼う際、即決するのではなく、なんども店を訪れて、可能な範囲で相手と交流してから購入を決断するというのは、ごく普通のことだろう。モーツァルトは曲を教え込むのに成功したから、そのムクドリを買った、そして支出簿に得意げに金額とともに自作主題を記した、というわけだ。

なんら実証的なものではないので仮説にすぎないが、ムクドリの習性を考慮すれば腑に落ちるストーリーだ。

日本のムクドリとヨーロッパのムクドリは同じ鳥?

ちなみに、ムクドリは私たちにとってきわめてなじみ深い鳥である。日本全国に生息しており、東京に住んでいても毎日のように見かける。そして、正直なところ、たいへん迷惑な鳥というか、騒音や糞害をもたらす鳥として認識されている。ムクドリがもたらすのは心地よいさえずりではなく騒音であって、なかなかモーツァルトのようにムクドリを愛でる気にはなれないだろう(もともと日本では野鳥を飼うことは禁じられているが)。

そこで、ハタと疑問がわく。そもそも日本のムクドリとウィーンのムクドリは同じ鳥なのか。もしや、ウィーンのムクドリはもっと愛らしいのでは。

答えはすぐに見つかった。たしかに違う。日本のムクドリはくちばしが明るい黄色のあの鳥だ。しかし、ヨーロッパに生息するのはホシムクドリ。暗い茶褐色の体に星状の斑点がちりばめられており、くちばしの色も暗い。

立田大橋の欄干に留まるムクドリ © Alpsdakz
ヨーロッパに広く分布するホシムクドリ © Ingrid Taylar

ところが、このホシムクドリもまた、嫌われ者のようなのだ。国際自然保護連合の「種の保全委員会」が定めた「世界の侵略的外来種ワースト100」に堂々と名を連ねている。ムクドリは世界的に好まれていない。

ピアノ協奏曲第17番の誕生は、人類の芸術史上、人間とムクドリがもっとも幸福な関係性を築いた瞬間だったと言ってもいいかもしれない。

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飯尾洋一
ナビゲーター
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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