読みもの
2023.11.24

弁護士・阿友子の ミュンヘンからの音楽便り#6 リヒャルト・シュトラウスの置き土産

大好評のONTOMO連載「インターネットと音楽についての法律相談室」でおなじみの弁護士、橋本阿友子さんが、ミュンヘンでの研究生活や、社会人として音楽を学ぶ意義を考えながら徒然なるままに思いの丈を綴る連載。
今回は、日本のJASRACにあたる「GEMA」というドイツの音楽著作権を管理する団体と、リヒャルト・シュトラウスにまつわる話をお届けします。

文・写真
橋本阿友子
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橋本阿友子 弁護士・骨董通り法律事務所

京都大学法学部卒業、京都大学法科大学院修了。ベーカー&マッケンジー法律事務所を経て、2017年3月より骨董通り法律事務所に加入。東京藝術大学利益相反アドバイザー、神戸...

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11月を迎え、ミュンヘンはすでに東京の真冬並みの寒さとなり、夏にはあんなにも生い茂っていた木々が葉を落とし、街並みもすっかり冬景色へと衣替えをしてしまいました。代わりにオペラシーズンが再開し、夕方になると着飾った人が向かう先は決まって歌劇場。とくにここドイツでは、日本に比べてオペラを気軽に楽しむことができます。

オペラ作曲家として知られ、ドイツ・後期ロマン派を代表するひとり、リヒャルト・シュトラウスは1864年に、ここミュンヘンで生まれました。彼はオペラのほか交響詩から映画音楽に至るまで、実に250を超える作品を遺しています。今シーズンはミュンヘンで彼のオペラ作品を観ることはできないのですが、私は2月に《サロメ》を、またオクトーバーフェストの最中には、私が所属するマックスプランクの建物横の広場で開かれた野外コンサートで《アルプス交響曲》を、それぞれ聴く機会に恵まれました。とくに、極寒の中初めて訪れた煌びやかな歌劇場で鑑賞した《サロメ》の刺激的なシーンは、その音楽とともにいまだに強烈に脳に焼き付いています。

去年の秋にエコール・ノルマルの入学手続きのため訪れたパリで唯一観たギュスターヴ・モローが伏線だったのか、《サロメ》はミュンヘンで初めて鑑賞したオペラの演目でした
イェフィム・ブロンフマン(p)、ウラディーミル・ユロフスキ指揮バイエルン国立管弦楽団によるシューマンのピアノ協奏曲と、R.シュトラウスの《アルプス交響曲》。屋外とはいえ、こんなにレベルの高い演奏が無料で聴けるなんて、これだからドイツはすごい
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指揮者としても活躍したR.シュトラウスですが、その足跡は、音楽活動によってドイツ音楽界を牽引したことにとどまりません。音楽活動と同等の、もしくはそれ以上の偉業に、同じく作曲家であったハンス・ゾマー、そして2人の幼馴染であったフリードリヒ・レッシュと協力し、音楽上演権協会 (Anstalt für musikalische Aufführungsrechte; AFMA)を設立した実績が挙げられます。

AFMAは、世界初の集中管理団体となるフランスのSACEMに遅れること50年以上の月日を経て、ドイツ初の音楽著作権集中管理の役割を担う組織として、1903年に生まれました。その後複雑な経緯を経て、現在ではGEMAと呼ばれる組織が、ドイツの音楽著作権を管理するもっとも主要な団体となっています。そう、GEMAは、日本でいうJASRACに相当する団体。その設立にR.シュトラウスが関与していることもあってか、GEMAは首都ベルリンのほか、ここミュンヘンにもその本部を置いています。

左:GEMA(ミュンヘン)の建物 右:11月はエレーヌ・グリモーとロンドン・フィルのブラームスを聴きに行きました。この日は久しぶりに台湾の友人と行きましたが、休憩や終演後に彼女と感想をシェアするのはとても楽しく勉強になります

ただ、やはりここはドイツ、AFMA設立から今日のGEMAの活動に至るまで、戦後の東西分断による影響が、少なからずみられました。R.シュトラウス自身も、ナチス政権下に帝国音楽院の総裁に任命されたこと等から、ナチスとの親密な関係を疑われ、非ナチ化裁判にかけられています(ちなみに、帝国音楽院の副総裁はフルトヴェングラーでした)。

裁判の結果は無罪でしたが、ヒトラーがベートーヴェンやワーグナーの音楽を政治的に利用したきらいもあったため、この時代のドイツにいた音楽家は、どのような形であれナチスと関係せずにはいられなかったともいえるでしょうか。

左:ポツダムにあるツェツィーリエンホーフ宮殿内の一室。この場所でポツダム宣言が言い渡されました 右:Hochschule für Musik und Theater München(ミュンヘン音大)の校舎は、かつてヒトラーのミュンヘンにおける総統官邸だったそうです

R.シュトラウスがナチスとどの程度深いかかわりを持っていたか、その真実を今となっては知る由もありませんが、最後に、音楽家の社会的地位の向上に寄与したR.シュトラウスの功績を讃えて、AFMA時代から引き継がれているGEMAの理念をご紹介したいと思います。

„Die Anstalt verfolgt keinerlei privatwirtschaftliche Zwecke. Sie ist nur eine Vermittlungsstelle. (…) Ein Geschäftsgewinn ist für sie ausgeschlossen. Von den eingegangenen Gebühren werden die Verwaltungskosten abgezogen, ferner ein Betrag von 10% für die Unterstützungskasse der Genossenschaft. Sämtliche übrigen Einnahmen werden bis auf den letzten Pfennig an die bezugsberechtigten Tonsetzer, Textdichter und Verleger verteilt.“-

「この組織は、私的な商業的な利益を追求する目的を有しない。仲介組織にすぎない。(中略)この組織では、営業利益は除外される。手数料から管理費が差し引かれ、さらに協同組合の積立金として10%の金額が控除される。その他の収入はすべて、権限のある作曲家、作詞家、出版社に、最後の1円まで分配される。」

 

出典:https://www.gema.de/de/w/150-geburtstag-richard-strauss-gema-wurdigt-ihren-grundungsvater 

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橋本阿友子
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橋本阿友子 弁護士・骨董通り法律事務所

京都大学法学部卒業、京都大学法科大学院修了。ベーカー&マッケンジー法律事務所を経て、2017年3月より骨董通り法律事務所に加入。東京藝術大学利益相反アドバイザー、神戸...

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