ジャズを初体験! 新たな音楽との出逢いをくれた神戸の旅
異国情緒たっぷりの港町、神戸は、いわずと知れた日本のジャズ発祥の地。旅人・小島綾野さんは、毎度、現地の音楽つながりの知人から情報を得て、立ち寄り先を決めるが、今回は意を決して(?)旅を組み立てた模様。神戸にはどんな体験があったのか。
さあ、オントリちゃんと一緒に、オンガクの旅に出かけよう。
専門は学校音楽教育(音楽科授業、音楽系部活動など)。月刊誌『教育音楽』『バンドジャーナル』などで取材・執筆多数。近著に『音楽の授業で大切なこと』(共著・東洋館出版社)...
行き先は神戸、出逢う音楽は?
本連載ではたいてい目的地が先にあり、さて当地でどんな音楽に出逢おうか……と企画が動き出す。神戸を訪うことになり、旅人の音楽ライター某は現地の知人N氏にヒントを求めた。
「それならなんといってもジャズやねぇ。神戸は『日本のジャズ発祥の地』ですから!」
貴重なアドバイスをくれた氏に心から感謝しつつ、某の心中は若干複雑であった。なぜならあまり大きい声では言えないが……某は、ジャズが苦手なのである……。
だが、ここで先に宣言しておく。本稿はジャズが苦手「だった」某の、神戸での素晴らしいジャズの世界との出逢いの記録である。旅の数日間が1人の人間を変え、音楽と人生の新たな喜びを手に入れた……という、音楽の旅の意義を語るノンフィクションだ。
「苦手」の正体
ジャズには特に嫌な思い出があるわけではない。ではなぜ「苦手」なのか……その正体にも某は薄々気づいていた。それは即ち「知らない」「わからない」ということ。人間は知らないものを愛することはできないし、わからないものに興味をもつことはできないのだ。
そしてもう1つ、ライターとして音楽教育を専門とする某が知っていることがあった。
「鑑賞の授業で、何も知らない子どもたちをその音楽の世界に誘うには?」
……そこで大切なのは名曲や名演をそのまま押し付けるのではなく、取っかかりになる「聴き方」をセットで示すこと。初めて出逢うものの良さや面白さを自力で見つけるのは、実は難しい。そういうわけで、某は知人のジャズピアニストに泣きついた。
「私にジャズの聴き方を教えてください。歴史とか代表曲とか知識ならネットを漁ればいくらでも得られるけど、どんなふうに聴けばその世界を味わえるのか、楽しめるのかが知りたいのですっ」
彼はこの漠然とした問いに真剣に向き合い、そして「オレなりの答えだけど……」と彼自身のジャズの聴き方・楽しみ方を教えてくれた。1つの曲という「枠組み」の中で繰り広げられる、奏者1人ひとりの個性が炸裂する表現。同じ曲なのにアドリブの旋律も、ベースラインの歩き方も、コードの付け方もそれぞれ違う。その音楽そのものも、その奥にある奏者の考え方に思いを馳せることも楽しいのだ、と……。
そこでさらに彼がくれたヒントは、実に有益だったので読者諸氏にもシェアしたい。
「1つの曲を、いろんな奏者の演奏で聴いてみるといいよ」……なるほど確かに、同じ曲を並べてみると違いが明確にわかる。テンポもリズムパターンもさまざまだし、同じメロディに他の奏者と異なるコードをつけていたときには「そう来たか!」と唸らずにはいられない。「この人のこういうやり方、いいな」と思えば、その奏者の別の曲も聴きたくなる。
某にとって、ジャズの入り口が見え始めた瞬間だった。
ジャズの歴史散歩
そして7月末、某とオントリは神戸に降り立った。神戸がなぜ「日本のジャズ発祥の地」かといえば、1923年に初めて、日本人によるプロのジャズバンドが当地で演奏をしたから。
よく知られているとおり神戸は、幕末のペリー来航、その後の開国により設けられた港町のうちの1つ。先に開港した長崎や函館・横浜などと同様、異国情緒たっぷりな街並みや文化が観光客を魅了する。観光案内所のおじさんによると、神戸人は昔も今も「好奇心旺盛」で「新しもの好き」……開港と共に入ってきた異国の人々やその文化に、当地の人々は怯えることなく近づき、柔軟に取り入れて自分たちの生活と融合させ、新たな歴史を築いてきたそうだ。そんな風土の街でいち早くジャズが受け入れられたことはさもありなん。
まずは、そんな歴史が感じられるスポットから散策を始めよう。起点は神戸の賑わいの中心である三宮だ。その南側に開けるのは「旧居留地」。開港当時、外国人が居住したり貿易をしたりするのに定められた区画で、整然とした街路に石造りの洋館が立ち並ぶ通りは、ヨーロッパの街角を思わせる。
フォトジェニックな旧居留地の街並みを抜けて、海岸線まで辿り着くと、海沿いに「メリケンパーク」が広がる。往時の旧居留地の外れ、米国領事館近くの波止場が「メリケン波止場」と呼ばれるようになり、その向かいにできた公園は「メリケンパーク」に。
神戸のシンボル・ポートタワーがそびえ、きらきら光る海と空が広がり、停泊するクルーズ船や観覧車なども一望できる公園は、神戸観光に外せないスポットだ。
西日本最大の中華街「南京町」もこの辺り。朱色と金色を基調にしたカラフルな軒先に立ち並ぶ、飲茶や中華スイーツの出店を覗くのも楽しい。神戸はまるで、世界地図の縮図のようだ。
ユーハイムや神戸風月堂、子供服のファミリアなど、神戸から全国区となったブランドの旗艦店が立ち並ぶ元町商店街を抜けて三宮に戻ったら、今度は山側へ足を進めよう。山と海に抱かれた神戸の街では、北を「山側」・南を「海側」と呼ぶ。
街の背に連なる山々に向かい、ゆったりと続く上り坂を進んでいくと、山手の丘に広がるのが北野の異人館街だ。赤レンガが美しい「風見鶏の館」や、ハイカラなグリーンの塗装が爽やかな「萌黄の館」……ドイツやオーストリア、オランダなど各国からやってきた貿易商らが私邸として建てた家々が、当時の生活をできるだけ残す形で紹介されている。
そして、この異人館街のそこここに座っているのが「ジャズマンの像」。気取らず楽しげにサックスやトランペット、フルートを奏でるミュージシャンたちだ。風景に溶け込むようなさりげなさで佇む像のほどよい存在感は、当時の人々・はたまた今の神戸の人々にとっても、ジャズが気の置けない日常的な音楽であることを匂わせる。
ジャズライブ初体験!
日が暮れたら、いよいよジャズの時間。お酒や食事を味わいながらジャズの生演奏を聴けるジャズバー、そしてそれを気軽に楽しむ文化が根づいている神戸でジャズを体感しよう。
三宮と北野異人館街をつなぐ「北野坂」は、わずか数百メートルに6軒ものジャズスポットが林立し、「神戸ジャズストリート」の異名でも親しまれている(かつてはもっと多かったそうだ)。
そのうちの1軒であり、「神戸でジャズを聴くならここ!」と称されることの多い人気ジャズレストラン「ソネ」を訪ねる。
何を隠そう、某にとってジャズライブ初体験。石造りに観音開きの窓がお洒落な外観……ワクワクとドキドキで高鳴る胸を押さえ、ガラスと木枠の扉を開く。昭和レトロな内装は飴色に磨かれ、長い歴史の中でさまざまな世代のお客さんを常に温かく迎えてきたことが窺えた。
この店では毎日ライブが行なわれる。通常は18時50分、20時、21時10分、22時20分からの1日4回(各回40分)。平日のこの日は18時過ぎからお客さんが集まり始めたが、その顔ぶれはさまざま。ドレスアップしたカップル、仕事帰りらしいビジネスマンのグループ、観光客と思しき夫婦に、ジャズ愛好家らしき1人客の紳士……その誰もを等しく迎え入れ、場の雰囲気が温まっていく。
そしていよいよライブがスタート。この日は木畑晴哉氏(ピアノ)、時安吉宏氏(ベース)、岩高淳氏(ドラム)にヴォーカルの北浪良佳氏が加わった編成。とはいえ、その幕開けは実にさりげなかった。
ピアニストがすっと現れ、店内の話し声に溶け込むようにして音を奏で始め、やがてそれに気づいたお客さんが誰からともなく耳を傾ける。洒脱な和音を凝らしたピアノソロに胸を高鳴らせていると、その音の流れに波を立てぬような繊細な気配りでベースとドラムが加わってくる。
互いの音や表情が、互いの表現を引き出し合うようにして音楽が盛り上がっていく。場の雰囲気と奏者同士の呼吸や目配せ、そして音で交わされるリアルタイムのコミュニケーション。それを初めて目の当たりにして、某は雷に打たれたかのようだった。
何たる喜び、何たる幸せ! こんなに素敵な音楽のコミュニケーションを間近で目撃し、そうして紡がれる音楽に耳を委ね、さらにこの空気を共有する一員として、この場にいられるなんて!
前述のとおり、某は録音された音源を聴くことでジャズを予習してきた。音だけを聴いているときには想像しえなかった、この至高のコミュニケーション……だがそれは「やっぱり音だけじゃダメだな!」ということではない。
某はライブでその存在を知ったことで、音だけを聴くときにもそれを「想像できる」ようになった。この日この場所でライブを観た経験が、某のこの先何十年の生涯にわたる「音源を聴く」という行為を、今までの何倍も豊かなものにしてくれたのだ。
ピアノ・ベース・ドラムのトリオで2曲が演奏され、そして後半ではヴォーカルが加わる。往年の名曲『Moon River』は日本語で。ゆったりと客席を見渡し、友人に語り掛けるように歌う北浪氏。その歌声に呼応してか、間奏もひときわメロディアスな曲調に。微笑みを交わし合いながら音を奏でるプレイヤーの姿に、聴き手の某の胸も幸せに満たされる。
MCで「このメンバーで演奏するのは初めてなんです」と語る北浪氏。
「ソネ」のオーナー、曽根辰夫氏にお話を伺うと、このステージに立つミュージシャンとその組み合わせは曽根氏の采配によるものだという。それぞれの場で活躍しているプレイヤーに声をかけ、ピアノ・ベース・ドラム・そしてソリスト(ヴォーカル、サックス、フルートなどのメロディ楽器)を日ごとに決めるため、この音楽にはこの日この場でしか出逢えない。
また、ライブハウスの中にはピアノとソロ楽器のみの編成が主体となっているところも多いが、ソネはトリオとソリストという組み合わせを基本にし、いつ来ても厚い響きを堪能できることも代々のこだわり。それらが神戸っ子に篤く支持され、先代のオーナーが1969年に店を開いて以来、数多のジャズプレイヤーがこの舞台に立ち、一期一会の音楽で観客を楽しませた。クラシック界でも人気の高いピアニスト・小曽根真氏らも、地元育ちとしてソネにしばしば足を運ぶそうだ。
本格オーディオとコーヒーを堪能、ジャズ喫茶「JamJam」
神戸での数日を経て、まるで別人のようにジャズに傾倒した某。
「もっとジャズが味わいたいのですが、いいスポットはありませんか!?」と神戸嬢のF氏に意気込んで話すと、気立ての良い彼女はわざわざジャズ好きの友人に連絡を取り、某に貴重な情報を分けてくれた。
お薦めいただいたのはジャズ喫茶。こだわりのオーディオで流れるジャズを主役に、コーヒーやお酒を楽しめるジャズ喫茶の数も、神戸は他の地域に比べはるかに多いそう。某にとってはまたしても初体験である。翌日の昼下がり、元町商店街から路地を入ったところにあるジャズ喫茶「Jam Jam」に伺った。
年季の入ったビルの地下に突如表れるポップな看板は、とてもフレンドリーな雰囲気。扉を開けてみると、ブルーを基調にした涼しげな店内に外の暑さや喧騒を忘れる。入って左手は若干のおしゃべりが許される「会話席」、そして右手は会話禁止の「リスニング席」……明確なルールのおかげで、お客さんも自分の望む聴き方・過ごし方を選べる。
某はリスニング席に腰を落ち着けた。正面に据えられた大きなスピーカーから流れるモダンジャズ。レコードを聴くために最適化された環境で充分な音量に身を委ねると、体の芯までリズムに共鳴する心地よさを味わえる。お店自慢のコーヒーとシフォンケーキをいただきながら、全身を音楽に委ねる至福。全席がスピーカーに向いた1人掛けのソファの座り心地も最高で、いつまでもここに身を沈めてジャズの響きに浸っていたい……。あと1曲、あと1曲と腰を上げるタイミングを逸して、気づけば数十分が経っていた。
〒650-0022 神戸市中央区元町通1-7-2 ニューもとビルB1
Tel.078-331-0876
営業時間: 12:00~24:00
ジャズが根づく神戸の街
次いで某が向かったのは、神戸市および近郊の中高生によるビッグバンド・神戸ユースジャズオーケストラによるコンサート「神戸ユースジャズサミット」(8月1日)。神戸周辺にはジャズ部のある学校も多く、ティーンのジャズプレイヤーがたくさんいるのだ。神戸ユースジャズオーケストラは、「ジャズの街神戸」推進協議会や地元企業の応援を得て2016年に結成。地元のプロプレイヤーらの指導を受け、市内各所での演奏で活躍中。
会場のジーベックホールは満席。結成初の単独コンサートに緊張を隠し切れぬ姿は、やはり中高生のそれだが、カウント・ベイシー・オーケストラのレパートリーから演奏が始まり、会場が温まっていくうちに奏者たちにも笑顔が増えていく。
中でもソロは実に見事……仲間の演奏を背負ってスポットライトの中に立ち、自分の旋律を朗々と歌い上げる様は、堂々たるプレイヤーの貫禄。歌が得意なトランぺッターの女の子はマイクを持ち、シンガーとしても活躍する。関西育ちならではのトークも絶品だ。
若く多彩な才能、真摯でストレートなジャズ愛が発揮されたステージ。幕末・明治の開港に始まった神戸のジャズ文化は、現代を生きる神戸っ子たちにも確かに継承され、次世代を支える未来のプレイヤー、そして聴き手を育んでいる。
毎年10月「ジャズ旅」のススメ
「ジャズの街・神戸」を掲げ、年間を通して数えきれないほどのイベントが行なわれている神戸。中でも最大級の催しが、毎年10月に行われる「神戸ジャズストリート」だ。北野坂の愛称と同じ名前を冠するこの催しは今年で37回を数え、現在では全国各地で開催されている「〇〇ジャズストリート」の始祖でもあるのだそう。本年度は10月6日~7日(前夜祭は5日)、北野坂やその周辺に点在する会場で12時から17時までの間、ひきもきらずにジャズライブが開催される。
実行委員長の川崎啓一さんにお話を伺った。この「神戸ジャズストリート」のユニークな楽しみ方の1つは「偶然の出逢い」……国内外から招かれたたくさんのプレイヤーは、1公演ごとにピアノ、ベース、ドラム、ソリストの組み合わせを変えてステージに臨む。1つひとつの公演が奇跡のようなチャンスであり、そこで生まれる化学変化も想像がつかない。
もしその中でお気に入りのプレイヤーを見つけたら、その人が出演するステージを追いかけて各会場を渡り歩くのも楽しそうだ。また、そういう仕組みでプレイヤーもいくつもの会場を行き来するため、来場者とプレイヤーが街角でばったり遭遇して交流することも多いのだとか。
それに、会場には外国人の社交場の「神戸倶楽部」、神戸に住むインドの人々が集う「インドクラブ」など貴重なスポットも目白押し。ジャズを楽しみつつ、それらに足を踏み入れるのも忘れられない思い出になりそう。
17時にイベントとしての演奏が終わった後は、通常営業しているライブハウスへ……昼から夜までジャズに浸れる、充実した2日間になるに違いない。
川崎さんは「小難しいことはお客さんも受け付けないし、プレイヤーもそういうことを楽しいとは考えない。聴く人が心から楽しめるのが、神戸のジャズなんです」と語る。それが、神戸でジャズが広く市民に愛されている所以だとも。
「神戸ジャズストリート」の名物の1つが、各日11時から行なわれるパレード。阪急神戸三宮駅前から北野坂を上る陽気な楽団の演奏に、沿道は多数の観客で賑わう。このパレードは、阪神・淡路大震災が起きた1995年に始まったもの。未曽有の大災害に「神戸ジャズストリート」自体の中止も検討されたそうだが、街の人々は「こんなときだからこそ勇気づけてほしい」と願ったのだという。そんな市民の願いもこめられたジャズのサウンドが、今秋も神戸の街を満たす。
旅の締めくくりには、メリケン公園に隣接する中突堤から遊覧船での神戸港クルーズへ。ジャズ発祥の地とされるアメリカ・ニューオリンズも港町と聞く。神戸港の灯台や造船工場のドックなどを眺めつつ海から見晴かす神戸を、某は「ジャズとの出逢いをくれた街」として生涯忘れないだろう。数日間の旅をきっかけに出逢った音楽。だがそれを味わえる喜びは一生続き、人生を豊かに彩ってくれる。
日時: 2018年10月6日(土)~7日(日)12:00~17:00
会場: 神戸倶楽部、北野工房のまち、NHK神戸放送局、神戸女子大学教育センターほか
※パレードのスタートは両日とも11:00、阪急神戸三宮駅北側より
主催: 神戸ジャズストリート実行委員会、(公財)神戸市民文化振興財団
問い合わせ: 神戸ジャズストリート実行委員会 Tel.080-3864-2011
(公財)神戸市民文化振興財団 Tel.078-351-3597
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