イングランドの北部、特にマンチェスター辺りから生まれているジャズに注目 中でも「ゴンドワナ・レーベル」の作品は魅力に満ち溢れる
ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。
Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。
●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2024年1月号に掲載されたものです。
ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...
画一的になったフュージョンとロックミュージック
2回続けてぼくのジャズ感についていろいろと書いてきました。70年代半ば、ファンクのリズムを取り入れたハービー・ハンコックやウェザー・リポートの話もしました。やはりしっくり来るリズム感と即興演奏が混ざった音楽が好きなんだということがよくわかりました。
元々ジャンルにこだわる人間ではなく、むしろ縛りなどなく自由になんでも聴きたいのですが、70年代後半にフュージョンのブームが起きると安易で面白味のない音楽が毎日耳に入るようになり、一時期嫌気がさして聴かなくなったのは確かです。
そして1980年から初めてラジオ番組を持つことになりました。どうしても短めの曲が中心になり、どちらかというとロックやソウルなどをかけることが多かったです。しかし、85年ごろ、アメリカでどのバンドもドラム・マシーンを使うようになるとしばらくの間ロックの新曲はどれも画一的な音に聴こえて、ラジオで紹介したいものがほとんどないので真剣に悩みました。
アシッドジャズそして国境のないジャズへの興味
ちょうどその時期に面白いことが2つ起きました。ひとつはフランス語圏の西アフリカ(セネガル、マリ、ギニアなど)から非常に新鮮に響く音楽が次々と発売されたこと。そしてもうひとつは、新たに登場したCDというメディアがどんどん普及する中で、一度活動を止めてしまったブルー・ノート・レーベルが日本で復帰を果たしたことです。
ドナルド・バードの『ブラック・バード』がきっかけで知ったこの老舗のレーベルから50〜60年代に出た多くの名盤を知らずにいたぼくは、80年代後半にCDで改めて出会うことになりました。一気に自分の音楽的視野が広がっていきました。
そこでいくつかの偶然が重なって、そのブルー・ノートの膨大なカタログの中からハモンド・オルガンをフィーチャーした音源を集めたコンピレイションのCDの監修を依頼されました。自分もロクに知らないさまざまなオルガン奏者のテープをアメリカから取り寄せてもらい、カセットにコピーしたそれらを車で毎日聴きながら半年ほどかけて選曲したそのCDは1990年の秋に発売されると、レコード会社もぼくもビックリするほど売れました。
そのわけはしばらくすると分かりましたが、ちょうどその時期にロンドンのクラブで「アシッド・ジャズ」と呼ばれるようになるこういうR&B寄りの昔のファンキーなジャズのレコードをDJたちがかけて、お客さんが踊ることが流行になっていて、その話題が東京にも及んでいたのです。
アシッド・ジャズのお陰で、ぼくのCD「Soul Fingers…and Funky Feet」を出した時に何の情報もなかったミュージシャンが次第に注目されるようになり、ふたたび新作を出すようになった人もいました。その一環で、いうならばフォーク・ジャズのような音楽を得意とするシンガー・ソングライターのテリー・キャリアーがもてはやされ、90年代にぼくもファンになりました。
90年代以降になると、もはやジャズはアメリカの音楽とは言えなくなり、オーストリア生まれのジョー・ザヴィヌルのバンドにはアフリカ、トルコ、インド中南米などのすご腕のメンバーが次々と集まり、ドイツのECMレーベルからジャンル的に特定することが難しい音楽がどんどん出ました。本当に国境もジャンルの壁も要らない時代の到来です。
イングランドの北部、特にマンチェスター辺りから生まれているジャズに注目
ここ数年ぼくが特に好んで聴いているのがイングランド北部、特にマンチェスター辺りから生まれているジャズです。ナット・バーチョールというサックス奏者をたまたま松浦俊夫のラジオ番組で聴いてその場でファンになりました。それは2019年、当時新しく出ていた彼のアルバムはユセフ・ラティーフに対するトリビュートで、カルテットを率いるナットはユセフが得意とした多くのリード楽器の他にアフリカの楽器なども演奏し、全体がいわゆるスピリチュアル・ジャズ、つまりシンプルなコード進行のモーダルというか、アンビエントというか、ゆったりと聴けるムードでありながら、演奏そのものには十分な存在感があります。
同じマンチェスターで15年前からゴンドワナというレーベルを営みながらトランペット奏者としての自分の活動を続けているマシュー・ハルソールも素晴らしいです。今年発売された彼の「An Ever Changing View」は静かな力作です。優しくうねるビートに乗って、エレクトリック・ピアノ、ハープ、フルート、打楽器、そして本人のトランペットが穏やかに会話するような音楽です。
ピカソの発言にインスパイアされたと言うのです。「子どもは皆アーティストだが、大人になってもどうやってそのままアーティストで居続けるかが問題だ」。そのことを考えつつ、一度リセットして遊び心を生かした音楽を作るべく、北海の海岸を見渡す家に滞在しながら曲作りに臨んだそうです。タイトルの通り、自然界の景観が目に浮かび、ロンドン生まれ、ロンドン育ちのぼくにとって未知の世界といえるイングランド北部に旅したくなるほど魅力に溢れたサウンドです。
ちょうどこの原稿を書いているタイミングで、日本の企画でゴンドワナ・レコードに所属するいろいろなミュージシャンたちの曲を集めたコンピレイションのCD「Gondwana Records For Quiet Corner」が発表されたばかりです。新たな出会いが多いアルバムですが、このレーベルに自分好みのカラーがあることをますます確信しました。
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