2022年9月初頭にPeter Barakan’s Music Film Festivalを実施 教育的価値があり興味深い『アメリカンエピック』など貴重な音楽映画が目白押しだ
ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。
Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。
●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2022年9月号に掲載されたものです。
ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...
ルーツ・ミュージック その録音の当初を描く映画
去年に続いて、今年も音楽映画祭を開催します。9月2日から15日までの2週間、有楽町の角川シネマで、時代的にもジャンル的にもかなり幅のあるライン・アップです。Peter Barakan’s Music Film Festivalでぜひご確認ください。
すでにこのコラムで取り上げているいくつかの作品のアンコール上映がありますが、日本初公開のものもあります。その中に、内容的に興味深いし、教育的価値が非常に高いドキュメンタリー・シリーズ『アメリカン・エピック』という作品があります。
簡単に言えばアメリカのルーツ・ミュージックがどのようにしてレコードに記録されるようになったか、そのプロセスをとらえた作品です。
時は1920年代半ば、すでにレコードというものは存在していますが、それまでは都会に住む人たちを相手にしていたものでした。
20年代に普及し始めたラジオという新しい媒体に脅威を感じていたレコード会社は、まだ高価だったラジオの受信機が買えない南部などの僻地に住む貧しい人たちに向けたレコードを発売することを考え出しました。
ちょうど1925年に電気録音が可能になり、決してコンパクトとは言えないものでしたが、それでもスタジオはなくても現地録音ができるので、レコード会社のプロデューサーが機材を抱えてアメリカ各地に出かけて行くわけです。
売れない音楽のSPレコードは大量に破棄された
そうして20年代後半から、大恐慌の到来によって商売が成り立たなくなってしまう30年代前半まで、それまでは商品としてほとんど考えられていなかったブルーズ、ゴスペル、カントリー、ケイジャン、ハワイアン、メクシカン、ネイティヴ・アメリカンなどの音楽が次々と記録されていったのです。
しかし、今と違って当時はレコードの寿命は数ヶ月程度のもので、売れないものはさっさと市場から消えていきました。この手の音楽はアルバムにもならず、割れやすい78回転のSP盤のみで存在していたのですが、第2次世界大戦が始まるとSP盤の材料だったシェラックが軍事産業で使用されるため売れ残ったレコードが大量に破壊されてしまいました。元々あくまで田舎の数少ない人々にしか聴かれていなかったこの過去の音楽は、下手すると完全に忘れ去られてしまうところでした。
そこで1950年代の初めに、昔のSP盤の膨大なコレクションを持っていたハリー・スミスという男が『Anthology Of American Folk Music』という6枚組のLP ボックス・セットを編纂します。
ルーツ・ミュージックの概念がまだ存在しない当時、このアンソロジーに収録されている音楽は摩訶不思議なものに聴こえたはずです。それでもハリー・スミスは50年代にしてはかなり詳細な解説もつけていたので、好奇心をそそられた一部の若者たちが更にそれぞれのジャンルを掘り下げ、そうこうしているうちにフォーク・リヴァイヴァルにつながっていきます。
1920年代の録音機材を復元 その時代の音楽を今に蘇らせる「セッションズ」
『アメリカン・エピック』のプロデューサーであるイギリス人のバーナード・マクマホンとアリスン・マゴーティもハリー・スミスのアンソロジーに魅了された二人です。彼らが10年かけて各地で行なった取材をまとめた4部作の『アメリカン・エピック』は2017年にアメリカの公共放送ネットワークPBSで放映されました。劇場で上映されるのは日本が最初です。
『エピソード1 ザ・ビッグ・バン 元祖ルーツ・ミュージックの誕生』『エピソード2 「血と土」過酷な労働から生まれたブラック・ミュージック』『エピソード3 多民族音楽国家アメリカ』『エピソード4 セッションズ』
エピソード1と2は2時間ほどの一つのプログラムにして、エピソード3は1時間半の別のプログラム扱いにしています。そしてエピソード4の「セッションズ」では1920年代の録音機材を復元し、アラバマ・シェイクス、ジャック・ワイト、エルトン・ジョン、ウィリー・ネルスン、ベック、ナズなどを含むミュージシャンたちが20年代の音楽を今に甦らせます。当時最先端だったとはいえ、30年代の後半には新たな技術にとって代わられていたため、復元されるまで誰もみたことがない謎の代物だったそうです。2時間に及ぶこの「セッションズ」では機材も録音方法も十分に堪能できます。
『アメリカン・エピック』は2022年11月18日~12月1日、YEBISU GARDEN CINEMA にて上映ほか全国順次公開
民謡クルセイダーズの『ブリング・ミンヨー・バック!』は世界プレミア上映
日本初公開の他の作品もあります。
例えば『ルンバ・キングズ』は1950年代に誕生したコンゴのルンバ音楽に関する優れたドキュメンタリーです。まだベルギーの植民地だったコンゴではこの音楽の誕生によって人々が民族としてのプライドと新たなアイデンティティを持てるようになった話は感動的です。
『ブリティッシュ・ロック誕生の地下室』は60年代初頭のロンドンで後にローリング・ストーンズなどを結成するR&B好きの若者たちが集まった伝説のイーリング・クラブを巡る話です。
日本の作品では、段々海外で認められていた民謡クルセイダーズの『ブリング・ミンヨー・バック!』は世界プレミア上映になります。
ちょっと懐かしいところでは、今年亡くなったジャン・ジャック・べネックスの監督デビュー作『ディーヴァ』をディジタル・リマスター版で上映します。「音楽映画」と言っていいかどうか分かりませんが、主人公はオペラ歌手ですし、音楽の使い方が非常に印象的な映画です。
去年の映画祭で紹介した『ビリー』や『ジャズ・ロフト』のアンコール上映もあり、もう少しで映画館で見られなくなる『サマー・オブ・ソウル』もあり、皆様のご来館をお待ちしております!
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