スキ? スキー? の謎に決着――ヴィエニャフスキ・コンクールから斬り込む発音問題
東京外国語大学大学院修士前期課程修了。ワルシャワ大学音楽学研究所に政府給費留学(2001~03年)。ポーランドの舞曲やモニューシュコを研究。訳書 『ショパン家のワルシ...
ヴァイオリン音楽に欠かせない作曲家、ヴィエニャフスキ
つい先日、ポーランドはポズナンで行なわれた「ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクール」で、日本人の前田妃奈さんが優勝、というニュースが飛び込んできました。1981年に漆原啓子さんが優勝されたことでも知られる、若手ヴァイオリニストの登竜門となっているコンクールです。
コンクールに名が冠せられているヘンリク・ヴィエニャフスキ(Henryk Wieniawski)は、ヴァイオリン界では誰もが知るポーランドの作曲家です。自身も傑出したヴィルトゥオーゾで、超絶技巧をこらした作品からポーランドの伝統音楽を題材とした情緒的なものまで、協奏曲・小品問わず多くのヴァイオリン曲を書きました。代表作「華麗なるポロネーズ」など、一度聴けばその虜になるに違いない魅力があります。
ヴィエニャフスキ「華麗なるポロネーズ」 ポーランドの偉大なヴァイオリニスト、イダ・ヘンデルの演奏
このコンクール、第16回となる今回はパンデミックにより1年延期で開催されましたが、通常はショパン・コンクール同様、5年に一度開催されています。
2001年の第12回では、当時まだ十代半ばだった神尾真由子さんが4位入賞されているのですが、私事ながら自分も留学生活を始めて1か月余り、秋も急に深まり少し郷愁に浸っていた頃に、コンクールを生中継するラジオから聴こえてきた神尾さんのヴァイオリンは希望に溢れていて、今同じポーランドの地でこんなに頑張っている日本人がいるのだと、鼓舞されたことをよく覚えています。周知のとおり、神尾さんはこの6年後にチャイコフスキー・コンクールで優勝を果たされます。
今回のヴィエニャフスキ・コンクール覇者の前田さんも神尾さんに師事されたとありますから、ご両人とも感慨ひとしおではないかと勝手に想像しています。
2022年10月20日、ヴィエニャフスキ・コンクールのファイナル。ポズナン・フィルハーモニー管弦楽団とヴィエニャフスキのヴァイオリン協奏曲第2番を演奏した前田さん。
「スキ?/スキー?」問題に決着つけます!
さて、「ヴィエニャフスキ」、「チャイコフスキー」とポーランドとロシアの作曲家名が並びましたが、まじまじと見ると語尾のあたり、ちょっと気になりませんか? 「スキ」と「スキー」。
この違い、気まぐれでとか、うっかり不統一で、とかいうわけではないんです。皆さんも何気なく使い分けていると思いますが、その理由を知れば納得、もう「スキ?スキー?」と悩まなくてよくなりますよ!
2人の作曲家名の原語の綴りを見ながら考えてみましょう。
ヴィエニャフスキ Wieniawski
語末の「ski」の母音は「イ」と短く発音する「i」ひとつです。また、ポーランド語は単語のアクセントが「後ろから数えて2つ目の音節」ですので、「nia」(ニャ)をちょっと強めに発音します。必然的に、アクセントのない語末の部分が強調されたり長い発音になることはありません。ですから、「ski」という語尾を持つポーランド人名は、カナ表記の際「スキ」と「短いキ」で止めておくべき、ということになります。
チャイコフスキー Чайковский
一方、ロシア語の方は語尾の「ий」が母音の「イ」+子音の「ィ」の組み合わせとなっています。あえてカタカナで書くと「イィ」という感じです。「ский」は「スキィ」ですが、より日本語として自然に見える「スキー」が一般的なカナ表記になっています。
つまり、ロシア人の姓なら「スキー」だけれど、ポーランド人の姓であれば「スキ」とカナ表記するのが正解です。
「ski」だけでなく「cki」も同様で、パデレフスキ(Paderewski)も、シマノフスキ(Szymanowski)も、ルトスワフスキ(Lutosławski)も、そしてグレツキ(Górecki)も、ペンデレツキ(Penderecki)も、みんな語尾は「スキ」「ツキ」で決定! ということになるのです。
余談ですが、執筆をしていて時々とても悩ましいのは、「誰それ一家」と書きたいときです。「シマノフスキ一家は……」と書こうとすると、この「一」(イチ)が長音の「ー」に見えてしまいそうに思えるのです。「シマノフスキー家」(しまのふすきーけ)と誤読されかねない! という恐怖とは常に戦いを強いられているのでした。
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