読みもの
2022.12.13
音楽ことばトリビア ~ポーランド語編~ Vol.5

マズルカというダンスは存在しない? 〜ポーランドの5大民族舞踊を徹底解説【前編】

平岩理恵
平岩理恵 ポーランド語通訳・翻訳家

東京外国語大学大学院修士前期課程修了。ワルシャワ大学音楽学研究所に政府給費留学(2001~03年)。ポーランドの舞曲やモニューシュコを研究。訳書 『ショパン家のワルシ...

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ポーランドと音楽とについて語るといえば、やはり民族舞踊のことに触れないわけにはいきません。ちょうど11月末まで来日公演をしていたポーランド国立民族合唱舞踊団「シロンスク(Śląsk」をはじめ、ポーランドにはほかにも「マゾフシェ(Mazowsze」など、世界中で盛んな公演活動をしている民族舞踊団が多くあります。

こうしたステージで踊られる民族舞踊のルーツは、何世紀も前からポーランドの各地域で踊られてきた「民俗」舞踊(フォーク・ダンス)であり、ショパンをはじめとする作曲家たちが芸術音楽として書いた各種舞曲も、ルーツは同じところにあります。今回は、ポーランドの民族舞踊についてごく簡単にご紹介しましょう。

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ポーランドの「5大民族舞踊」にマズルカはない!?

ポーランドには「ナショナル・ダンス(Tańce Narodowe)」として認知されている民族舞踊があります。

ポロネーズ(Polonez)、マズル(Mazur)、クヤヴィアク(Kujawiak)、オベレク(Oberek)、そしてクラコヴィアク(Krakowiak)の5です。

あれ? 「マズル」というのはあるけれど、なんでマズルカはこの中にないの? と驚かれたかもしれませんね。まずはこの謎に迫ってみましょう。

実は、「マズルカ(Mazurka)」という名前のダンスはないんです! それも、二重の意味で「ない」のです。

まず一つには、「マズルカ」はポーランド語ではmazurkaではなく、mazurek(マズレク)と呼びます。「マズレクを演奏する/踊る」など目的語として使われる際に、単語が格変化してmazurkaの形になり、発音も「マズルカ」となるのですが、なんとこちらの語形の方が国外に知られ、広く定着してしまいました。しかしポーランド国内では、今も昔も、舞曲の名称はあくまでもmazurekであり、mazurkaが使われることは「ない」のです。

そして2つめの「ない」は、そもそもmazurekという名の特定のダンスはない、ということです。mazurの愛称形として、またはショパンの作品のように、演奏や鑑賞を目的とした様式化された「舞曲名」としてのmazurekはあるのですが、特定の民俗舞踊を指す名称ではなかったのです!

1890年にポーランドで出版された「ポーランドの踊り」という楽譜集。「マズレク」、「マズルカ」という表記はなく、下方、作曲家名LEWANDOWSKIEGOのすぐ上に「MAZURÓW」(マズルの複数形)とある。
ショパンがドイツのキストナー社から出版した、記念すべき初めてのマズルカ集作品6。タイトルはフランス語で「Quatre Mazurkas」とある。ショパンも外国で出版する場合は曲名を外国語で表記した。

ではショパンはマズレク(マズルカ)という舞曲ジャンルを勝手に創ってしまったのかというと、そうではありません。この「5大民族舞踊」の中の、マズルクヤヴィアクオベレクという、いずれも3拍子のダンスの特徴を組合せたり融合させることによって、mazurekという楽曲形式を打ち立てたのです。

民族舞踊としてのこの3つの踊りはそれぞれはどんなものなのか、ざっと見てみましょう。

マズル Mazur

マズルはマゾフシェ(Mazowsze)という、ワルシャワを含む一帯の地方名に由来します。3/4拍子で、テンポは速く、「タタタンタン」というのが基本的なリズムで(譜例左)、これに付点がつくヴァリエーション(譜例右)や、2、3拍目へのアクセントの移動が顕著です。ダイナミックなステップと、アクセントの箇所で足を踏み鳴らすのが特徴的な踊りです。

民謡としてのマズルは1小節に4つの音節が基本。譜例に示したほかにも、タンタタタンも多く用いられる。またポーランド語のアクセントは単語の終わりから2つ目に置かれることから、リズム上も必然的にアクセントの位置が1拍目以外に移動したり、イネガル的(均等な音価で書かれた音符を不均等に演奏すること)に付点のリズムが生まれたりする。

モニューシュコのオペラ《幽霊屋敷》に出てくる「マズル」。スタニスワフ・モニューシュコ(Stanisław Moniuszko,1819-1872)は「ポーランド・オペラの父」と呼ばれ、作品の中で効果的にポロネーズやマズルなどの民族舞踊を用いた。《幽霊屋敷》は彼の代表作の一つで、このマズルは単独で演奏会に取り上げられることも多い。オペラの中に取り入れられるこうしたダンスは、フォーク・ダンスから見事な様式化をとげた「民族舞踊」であると同時に、鑑賞用に様式化された芸術音楽としての「舞曲」の究極の形でもあり、それらを兼ね備えたステージが観る者に与える影響力は絶大。当時、亡国の時代のポーランド人をいかに鼓舞したかは想像に難くない。

ショパンの曲の中のマズル:「マズルカ Op.7-1」。ショパンの初期のマズレクはそれぞれの民謡・舞踊の要素が比較的分かりやすい形で表れている。(なお、ショパンの名は本来「フリデリク」となります)

クヤヴィアク Kujawiak

クヤヴィアクはもともとこのダンスが踊られていたクヤーヴィ(Kujawy)という地方名から採られた名で、拍子はマズルと同じく3/4ですがテンポは遅く、踊り自体もゆったりとした滑らかな動きが特徴です。また曲は一般的に短調で、哀愁を帯びた旋律をもちます。

この譜例に挙げたリズム形の短い前奏に導かれて曲が開始されることが多い。

ショパンの曲の中のクヤヴィアク:「マズルカ Op.24-1」。クヤヴィアク的な物悲しい唄に始まって、間に朗らかなマズルが挟まる。

オベレク Oberek

オベレクは「旋回」を意味する語からできた呼称で、急速なテンポで、その名のとおり、ぐるぐると回転したり、輪になって走ったりする勢いのある踊りです。基本的に3/8拍子で書かれ、基本的なリズムパターンはマズルに通じますが、より細かい音価の音(十六分音符)が多く連続することもあります。

ショパンの曲の中のオベレク:「マズルカ Op.33-3」

お気付きのように、これら3つのダンスには共通する基本のリズムパターンがあります。大きく異なっているのは、テンポと振付となっています。そして舞台上で実際に踊られる場面ではこれらの舞踊が組み合わせられることも多く、たとえばゆったりとしたクヤヴィアクで始まり、途中からテンポが急速に上がってオベレクに移行する、などというパターンも珍しくありません。

クヤヴィアクとオベレクが続けて踊られる様子。冒頭はクヤヴィアク。04:22頃からオベレクとなる。なおこの映像で踊り手が身に着けているのは、鮮やかな色彩と刺繍で知られるウォーヴィチ(Łowicz)の衣装。

これら3つのダンスがもともと踊られていた地域はポーランドの中央部から北よりに拡がる地方であり、これは少年時代のショパンが親戚や学友を訪問し滞在した地域とも重なります。土着の人々がこれらのダンスを踊る様子、民謡を歌ったり、村の楽師たちが演奏したりする場面を彼が数多く目撃し、ときには自分もその演奏に加わって、文字通り体験し、自分の中に取り込んだだろうことは想像に難くないのです。

ショパンの生誕地ジェラゾヴァ・ヴォラ(Żelazowa Wola)や、前半生を過ごしたワルシャワはマゾフシェ地方にある。またクヤーヴィ地方にはシャファルニャ(Szafarnia)をはじめ、ショパンが夏休みのたびに滞在した学友たちのいなかが点在している。マウォポルスカ地方はクラクフを中心とするポーランド南東部の一帯を指す。ショパンは1829年に一度クラクフを訪れた。ポーランドの民俗舞踊はごく大まかに言って北部では3拍子のものが、また南部では2拍子系が多い。

唯一の2拍子のダンス、クラコヴィアク

地名が由来となっている民族舞踊にはもう一つクラコヴィアクがあります。ポーランド南部の古都クラクフ(Kraków)を中心とする地方で踊られてきたもので、5大民族舞踊の中で唯一の「2拍子系」です。曲は2/4拍子でシンコペーションが多用され、ステップはギャロップが中心の快活な踊りです。

「タターンタ|タタタン|タタタタ|タカタカタン」などのリズム回しで進行していく。フレーズの最後、八分音符3つ分で足を踏み鳴らすことも多い。

ポーランド人は歴史的にとても馬を大切にしてきた民族です。ギャロップで進行していく踊りの様子は、さながら颯爽と走る馬を彷彿とさせます。この地方の衣装は男性の被る帽子につけられる孔雀の羽もまた特徴の一つです。

クラクフの旧市街広場で「クラコヴィアク」を踊る人々

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さて、残るは最も重要な民族舞踊、ポーランドを象徴するダンスともいえる「ポロネーズ」です。…が、今回はもうスペースも尽きてきてしまいましたので、ポロネーズについてはまたあらためて、「後編」で詳しくお話したいと思います。どうぞお楽しみに!

平岩理恵
平岩理恵 ポーランド語通訳・翻訳家

東京外国語大学大学院修士前期課程修了。ワルシャワ大学音楽学研究所に政府給費留学(2001~03年)。ポーランドの舞曲やモニューシュコを研究。訳書 『ショパン家のワルシ...

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