読みもの
2022.06.02
日曜ヴァイオリニストの“アートな”らくがき帳 File.33

ボテロのぽっちゃり絵画はマンドリンから始まった〜Bunkamuraザ・ミュージアム「ボテロ展 ふくよかな魔法」

日曜ヴァイオリニストで、多摩美術大学教授を務めるラクガキストの小川敦生さんが、美術と音楽について思いを巡らし、“ラクガキ”に帰結する連載。
第33回は1932年生まれの90歳、最も有名な現役画家のひとり、フェルナンド・ボテロを取り上げます。見るものを包み込む、ぽっちゃりとしたフォルムの源流はマンドリンにあった? 日曜ヴァイオリニスト小川さんの血が騒ぎます。

小川敦生
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

フェルナンド・ボテロ『楽器』 1998年 油彩/カンヴァス 展示風景

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モナ・リザ、聖母子、十字架のキリストまでふくよかに描くボテロ絵画の包容力

南米コロンビア出身の美術家、フェルナンド・ボテロ(1932年生まれ)は、果物や花瓶に入った花などの静物、通りを歩く人々や新郎新婦、モナ・リザなどの名画上のモチーフといったさまざまなものを、ふくよかで、ぽっちゃりとした形で描く。

東京・渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開かれている「ボテロ展 ふくよかな魔法」を訪れ、そのユーモラスな作品の数々を鑑賞する機会を得た。

フェルナンド・ボテロ『モナ・リザの横顔』 2020年 油彩/カンヴァス

少々思い切っているなと思ったのは、ローマカトリック教会の枢機卿や聖母子像、十字架にはりつけにされたキリストなどを描いた作品だ。もちろん、ふくよかな姿で描かれている。はたしてこれらの作品を宗教絵画と呼んでもいいものなのかどうか。たとえば、はりつけにされたキリストの姿はやせているのが定番だ。はりつけにされたキリストには、受難が表されている。しかし、必ずしもそうは見えないのだ。

ここで、考え方を少し変えてみた。宗教は本来幸せをもたらすはずのものだ。ふくよかに描かれ、幸せな寝顔のような表情を見せるキリストの絵は一瞬ふざけているような印象だが、深いところで、実は真実を希求しているとも言えるのではないか。ボテロの絵にはあらゆるものを包み込むような力があるようにも思われる。

筆者は以前、ローマのヴァチカン美術館を訪れた折に、ボテロが描いた、ふくよかなローマ教皇の絵が展示されているのを見て驚いたことがある。一般の美術館ならともかく、教皇の本拠地であるヴァチカンにそんな絵があること自体が感慨深い。教皇や教会もボテロの絵画の存在意義を認めているということだろう。

フェルナンド・ボテロ『コロンビアの聖母』 1992年 油彩/カンヴァス

楽器から生まれたふくよかな表現がもたらす幸福感

さて、ここでONTOMO読者に向けて、特筆しておきたいことがある。ボテロのふくよかな表現のオリジンは、なんと、楽器にあるというのだ。確かにボテロの絵には、しばしば楽器が描かれる。それにしても、あの独自の表現のオリジンが楽器にあるとはどういうことなのか。

時は1956年にさかのぼる。その夜、ボテロはマンドリンを描いていた。マンドリンなどの弦楽器には通常ボディ部分の表板に「サウンドホール」と呼ばれる穴が空いている。弦を振るわせることによって生じ、空洞のボディの中で共鳴・増幅した音を、外に出すための穴である。その時、ボテロはマンドリンの「サウンドホール」を、本来の比率よりもずいぶん小さく描いた。すると、楽器全体がふくよかに見えることに気づいた。そこからボテロ固有の表現が始まったというのだ。

リュートから派生し、17世紀頃に誕生したナポリ型マンドリン。

もともとマンドリンが持っている丸さが、その瞬間にユーモアと包容力を加えて、ボテロに生き生きと語りかけてきた様子が目に浮かんできた。筆者の想像だが、そのマンドリンにボテロは幸福感を見出したのではないだろうか。だからこそ、表現の起点になり、その後の人生を貫くほどの絵画の方向性が定まったのではないかと思うのである。

「ラクガキスト」を自称している筆者は、試しにヴァイオリンのボディに開けられている「f字孔(えふじこう)」という呼称の2つの穴を、すごく小さく描いてみた(本記事の本文の後の「ボテロ風ヴァイオリン」をご参照ください)。

ラクガキストゆえ写実的な描写は苦手なのだが、精いっぱい頑張って、全体の形はできるかぎり普通に描いたつもりだ。その結果、普段はキュッと締まってクールだなぁと思っていたヴァイオリンが、そこはかとなくではあるが、ふくよかな趣を発しはじめた。ちなみに、右手で使う弓のほうは、思い切って実物よりも格段にふくよかにしてみた。かくして、筆者はボテロが持ったであろう感覚を追体験することができたのである。

ふくよかな楽器が奏でる音楽はふくよか?

ボテロが楽器をふくよかに描いたのはあくまでも形についてであって、出てくる音楽を表現しているわけではないともいう。確かにそれはそうなのだろう。ただし、その割には、ボテロの絵には楽器が頻繁に登場する。

楽器を4つ集めて描いた『楽器』という作品もある。

フェルナンド・ボテロ『楽器』 1998年 油彩/カンヴァス

この絵の右上部分に描かれている楽器は標準的な6弦ギターに見えるが、弦は5本しか張られていない。おそらくボテロは、それほど正確に楽器を描くつもりはなかったのだろう。ギターやマンドリンに類する楽器と思っておけば、それでいいのだと思う。何よりも大切なのは、ふくよかであることだ。その下にあるグレーの金管楽器はコルネットの類だろうか。やはり実在の楽器よりはふくよかだ。左上の太鼓も、少々ふくらんでいる気がする。

いずれにしても、ふくよかな表現が画面全体をユーモラスにしている。そして、ふくよかに描かれているがゆえに、楽器から人間のような存在感がにじみ出ている。

『楽士たち』という作品には、『楽器』に描かれた4つの楽器を演奏している場面が描かれている。ボテロが実際に通っていたどこかのレストランの風景を元にした作品なのだろうか。この絵を見ていると、ボテロ自身に音楽を描くつもりがなかったとしても、筆者には、画面いっぱいに人が奏でる温かで楽しい音楽が満ちあふれているように思えるのである。皆さんはどのようにお感じになるだろうか。

フェルナンド・ボテロ『楽士たち』 2001年 油彩/カンヴァス 展示風景
Gyoemon『ボテロ風ヴァイオリン』
こんなに小さなf字孔は、本当にボディから音を外に放出できるのだろうか。弓は実物よりもかなりふくよかな形にした。何となく懐かしの『ポパイ』っぽいとも思う。日曜ヴァイオリニストとして包容力のある豊かな音を出したい筆者の思いも表れているのかもしれない。Gyoemonは筆者の雅号。
展覧会情報
ボテロ展 ふくよかな魔法

会期: 2022年4月29日(金・祝)~7月3日(日)

【会期中のすべての土日祝はオンラインによる入館日時予約が必要】

会場: Bunkamura ザ・ミュージアム

展覧会公式サイトはこちら

映画情報

『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』

上映館: Bunkamura ル・シネマ

上映中、終映日未定(2022年5月30日時点)

小川敦生
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

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