読みもの
2020.09.15
大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その21

パルティータ:起源はガリレオ・ガリレイの父?! 定義がなかなか定まらなかった楽語

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

J.S.バッハ《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番》の自筆譜。出版される際はパルティータ(Partita)でしたが、自筆譜にはパルティア(Partia)と書かれています。

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パルティータの始まりは、地動説で有名なガリレオ・ガリレイの父、ヴィンツェンツォ・ガリレイ(1520?〜1591年)にあるとされています。

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作曲家だったV.ガリレイが1584年に書いた「パッサメッツォと5つのパルティ(Passemezzo con 5 parti)」のパルティ(parti)はイタリア語で部分という意味のparteの複数形で、これがいわゆるパルティータにつながったのではないかと言われています。

ガリレイ:《フロニーモ》〜「パッサメッツォと5つのパルティ第6番」

直接的にパルティータという言葉は、イタリア語で分けるを意味する動詞partireの過去分詞(分かれたの意)からきているものの、作曲者によってパルティータ(partita)だったりパルティーテ(partite)だったりと、違いが見られます。

ガリレイの作品は最初のメロディーに続いて5つの変奏があるため、この変奏のことをパルティ(parti)と呼んでおり、同時代の作曲家もパルティータという言葉を同じ意味で用いていました。

「変奏」の意味で用いられたパルティータですが、H.I.F.ビーバー(1644〜1704年)が1680年に書いた《食卓の音楽》の中に、ラテン語で同じく「部分」を表すparsという言葉が登場します。こちらは組曲として書かれました。よく考えてみれば組曲も、前奏曲や舞曲などのいくつかの曲によって成り立っていますよね。そう、この曲においては、「変奏」だった部分が「種々の曲」に入れ替わっているのです! 

この後に続いて、クーナウ(1660〜1722年)が1689年に《新しいクラヴィーア練習曲集 〜7つのパルティー〜》を作曲します。こちらはパルティーと書かれていますが、ドイツ語でも「部分」のことをPartieと書くため、これまでと意味は同じです。もちろん語源も同じです! こちらの曲はビーバーと同じく、組曲形式で書かれています。

さて、クーナウのパルティーに影響を受けて書かれたとされているのが、バッハの《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ》(1720年)、《クラヴィーア練習曲集第1巻 〜6つのパルティータ〜》(1730年)です。

この変遷を見てもわかる通り、作曲家によって綴りも言葉の選び方も違ったパルティータは、言葉の定義が不安定だったため、この名前をわざわざ用いて作曲されることはあまりありませんでした。

W.A.モーツァルト:セレナーデ第10番「グラン・パルティータ」自筆譜
元々題名がなかったにもかかわらず、何者かによって“Gran Partita”と書き足されました。

パルティータを聴いてみよう

1.  フレスコバルディ:《トッカータとパルティーテ 第1巻》〜「パッサカリアと100のパルティーテ」
2. H.I.F.ビーバー:《食卓の音楽》パルス第1番〜第3曲 クーラント
3. クーナウ:《新しいクラヴィーア練習曲集》パルティー第5番より第1曲 前奏曲
4. J.S.バッハ:《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番》〜第3曲 ガヴォット
5. J.S.バッハ:《6つのパルティータ》〜第2番より第6番 カプリッチョ
6. W.A.モーツァルト:セレナーデ第10番《グラン・パルティータ》〜第7楽章

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

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