読みもの
2024.05.28
大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その95

ヴァイオリン:イタリア語のヴァイオリン、ドイツ語ではガイゲ! それぞれの語源とルーツを解説

楽譜でよく見かけたり耳にしたりするけど、どんな意味だっけ? そんな楽語を語源や歴史からわかりやすく解説します! 第95回は「ヴァイオリン」。

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...

ヘラルト・ファン・ホントホルスト(1592~1656)《楽しいヴァイオリニスト》(1623年)

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弦楽器の王様、ヴァイオリン。音楽界を長年支えてきた、もっともメジャーでもっとも重要な楽器の一つです。今回は、ヴァイオリンについての歴史を見ていきましょう!

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ヴァイオリンは「小さなヴィオラ」!

まず、中世のヨーロッパでは「ヴィオラ」という言葉が生まれます(詳細は、ヴィオラを参照してください!)。その際、イタリア語のヴィオラ(viola)から派生し、ヴィオラのような楽器の中でも小さめのものをヴァイオリン(violino)と呼ぶようになります。どちらも似た言葉ですね!

少しご説明します! イタリア語では、”-ino”という接尾語がくっつくと、その単語の意味を小さくする役割を果たしますが、これと同じ現象が、ヴァイオリンにも起こったのです。すなわち、violinoviol(a)+inoで、「小さいヴィオラ」という意味なのです!

すでに16世紀初頭には、violino(ヴィオリーノ)という言葉がイタリア語圏で用いられるようになり、フランス語ではvjollons(ヴョロン)の名前で呼ばれます。また、英語圏ではフィドル(fiddle)とも呼ばれるようになりました。

それでは、ドイツ語圏ではなんと呼ばれていたでしょうか…?答えは、ガイゲ(Geige)です! 現在でもこの名前で呼ばれていますが、「ヴァイオリン」とはかけ離れた呼び名ですね……これには訳があります。

プレトリウス「音楽大全(Syntagma musicum)」第2巻より(1614~1620年)
下部、楽器の名称として"Geige(ガイゲ)"が用いられています。
番号1と2はポケットに入る大きさのキット・ヴァイオリン(ポシェット)です...細長いですね!

ジーグと、鹿の足と、ヴァイオリン?

ヴァイオリンとヴィオラは大変似た楽器であり、現在は同じ種類の楽器として扱われますが、実は別のルーツも持っているとされています。中世にアラビアからヨーロッパへ入ってきた、ラバーブという楽器です。

スペインをはじめとするイベリア半島は、718〜1492年まで、イスラム教の国だったのですが、この時にヨーロッパへ流入し、広まります。その後ラバーブはレベックと呼ばれるようになり、踊りながらでも演奏できるほどの小ささだったレベックは、ジーグなどの速い踊りの伴奏で用いられます。

「聖母マリアのカンティガ集」(13世紀)より
左にルバーブを演奏する人が描かれています。ちなみに右の楽器はリュートです。

ジョルディ・サヴァールによるルバーブの即興

ヘラルト・ダヴィト(1460?~1523)「乙女の間の聖母子」
後ろにいる天使が弾いている楽器がレベックです。

レベックによる、「La septime estampie real」

そしてジーグでよく用いられていたレベックは、14世紀ごろから「ジーグ」という愛称で呼ばれるようになります。

ただ、これには卵が先か、ニワトリが先か……のような話があります。レベックの見た目が鹿の足に似ていたことから、鹿のももを指すgigueという愛称がつき、それがドイツ語でGeigeと呼ばれるようになったという説もあります。

とにかく、鹿の足の形に似たヴァイオリンもどきの楽器が、ジーグを踊る際に用いられていたことが、大きく関係しているということです!

もともと、ガイゲという呼称はレベックに対して用いられていたものですが、名残として現在でもドイツ語圏では、ヴァイオリンのことをガイゲ(Geige)と呼びます。ただ、フォーマルな場ではイタリア語の名称ヴィオリーネ(Violine)を使います。

鹿のもも肉のロースト(©︎30seconds.com)
ヴァイオリンには見え...ないかもしれませんが、レベックにはよく似ています!

ヴァイオリンの発展を支えた職人たち

さて、ヴァイオリンは16世紀初頭には、ほぼ現在の形になったとされています。かなり早いですね!(ピアノが現在の形になったのはまだ19世紀だというのに……)

しかし、演奏法は常に進化、または変化しつづけ、たくさんのヴァイオリニストや作曲家が試行錯誤し、現在に至ります。

なかには、今でこそ普通の演奏法として取り入れられたピツィカートでさえ、最初は「なんだ、この安っぽい音は!」と、酷評されました。

ヘラルト・ドウ(1613~1675)「ヴァイオリニスト」(1665~1670年作)
特に17世紀のフランスでは、ヴァイオリンを胸の位置で支え、弓を持つ右手の親指の位置も現在とは異なっていました。

そのかたわら、イタリアではさまざまな職人が、腕を振るってヴァイオリンを制作します。例えば、アマティや、その弟子たちのストラディヴァーリや、グァルネリなど、どこかで耳にしたことのある名前の人たちです!

現在では破格の価値がついていますが、2024年時点でもっとも高価なヴァイオリンは、アントニオ・ストラディヴァーリ作の《メサイア》で2000万ドル、日本円で約30億円!! これまでにナタン・ミルシテインや、ヨゼフ・ヨアヒムなどの著名なヴァイオリニストがこの楽器で演奏していますが、こんな価値のある楽器、持つだけでも手が震えてしまいそうですね!

ヴィクトール・ボブロフ「アントニオ・ストラディヴァーリ」(19世紀後半作)

ヴァイオリンを聴いてみよう

1. ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 RV 813〜第1楽章
2. J. S. バッハ:3つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV 1064R〜第1楽章
3. ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 作品61〜第3楽章
4. パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第4番〜第3楽章
5. ブラームス:ヴァイオリン協奏曲作品77〜第2楽章
6. R. シュトラウス:「町人貴族」作品60〜仕立て屋の登場と踊り
7. コープランド:2つの小品〜「ウクレレ・セレナーデ」

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...

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