読みもの
2022.12.11
特集「ととのう音楽」

シベリウス邸「アイノラ」のサウナ小屋〜フィンランドの大作曲家もサウナでととのっていた?

「ととのう」といえばサウナ! サウナといえばフィンランド! というわけでフィンランドの偉大な「3S」として肩を並べる大作曲家「シベリウス」と「サウナ」(もうひとつは寡黙で勇敢な国民性を表す「シス」という言葉だそうです)のお話。シベリウスの家「アイノラ」の庭に今も残るサウナ小屋を、増田良介さんしてくれました。

増田良介
増田良介 音楽評論家

ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

「アイノラ」の庭にあるシベリウスのサウナ小屋
©︎Paju~commonswiki

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

電気も水道もないけれど、進化系サウナを備えた「アイノラ」

1904年、ジャン・シベリウス(1865-1957)は、ヘルシンキから数十キロ離れた美しいトゥースラ湖畔のヤルヴェンパーという町に「アイノラ」と名付けた家を建て、世を去るまでの後半生をそこで暮らした。
アイノラについては、以前高坂はる香さんの書かれた記事があるのでぜひあわせてお読みいただきたいのだが、アイノラにはシベリウスの生前に建てられたサウナが現存している。
友人たちと酒浸りの生活だったシベリウスに、都会の喧噪を離れたヤルヴェンパーへの移住を強く勧めたのはシベリウスの妻アイノだった。「アイノラ」とは、「アイノのいる場所」というような意味だ。そして、サウナを設計したのもアイノ夫人だった。サウナ小屋は敷地の一番南に建てられ、サウナ室のほかに脱衣場と洗濯場があった。
アイノラの庭園にあるサウナ小屋
©︎Paju~commonswiki
アイノラのダイニング・ルームに集まったシベリウス一家。左からアイノ、娘のヘイディ、マルガレータ、カタリーナとシベリウス。
©︎Eric Sundström
続きを読む

ところで、この「アイノラ」には、建設当初、電気も水道も通っていなかった。引こうと思えば引けたのだが、あえて引かなかったようだ。電気はその後、1919年に使えるようになったが、水道が引かれたのはシベリウスの死後だった。「壁の中を水が通っていると音が気になって作曲ができない」というのがシベリウスの言い分だった。だからサウナで使う水は、サウナの横にある井戸から取っていた。アイノ夫人のアイディアで、井戸からサウナには樋が引かれ、井戸で汲まれた水が直接サウナに行くようになっていた。

興味深いのは、アイノラにあったのは、当時のフィンランドで一般的だった スモークサウナ(Savusauna)ではなかったということだ。スモークサウナというのは、煙突のない丸太小屋の中に設置された石組みのストーヴで薪を燃やし、煙を充満させて室内を暖める方式のサウナだ。入浴するまでの準備に数時間かかるし、火事にもなりやすいのだが、煙には殺菌効果もあるし(だから昔のフィンランド人はサウナで出産することが一般的だった)、香りもよく、今でも熱心な愛好家がいるらしい。

フィンランド式スモークサウナ

しかしアイノラのサウナは、スモークサウナよりも一段進化した形の、煉瓦の煙突のあるサウナで、どうやら、17~18世紀からフィンランド西部の小麦農場などで作られていたモルトサウナと呼ばれるものに似たタイプだったようだ。

アイノラのサウナの内部。
©︎Paju~commonswiki

初代サウナとともに作曲も引退?

さて、これでシベリウスがサウナで名曲の着想を得たというような話があればおもしろいのだが、残念ながらそのような記録は残っていない。ただ、シベリウスがサウナ好きだったことは確かで、何時間も入浴して、その後にはジャムを入れたロシア式の紅茶を楽しんだり、アイノラの管理人でシベリウスと仲の良かったヘイキ・ソルムネンと、世界や人生について話したという。ただ、年を取ると、主屋から遠いサウナに行くよりも、主屋に水を運ばせて、そこで入浴することが多かったようだ。

ところでアイノラのサウナは、1920年代半ばに一度解体され、元の設計に従ってではあるが、新しく建て直されている。火事があったせいとも構造上の問題が見つかったせいとも言われる。現在残っているのは、この二代目のサウナだ。偶然ではあるが、これがシベリウスの実質的に最後の主要作品である交響詩《タピオラ》や劇音楽《テンペスト》を書いた時期と一致しているのはちょっと興味深い。 シベリウスの創作活動は、アイノラの初代サウナとともに終わりを迎えたわけだ。

参考文献
Simo Freese, Ainolan sauna : rakennushistoriaselvitys, 2015
Tomi Makela, Jean Sibelius, 2018
ペッカ・トミーラ『フィンランドにおけるサウナ7世代』, 2010
沼尻良『サウナをつくろう:設計と入浴法の全て』, 1992

ペッカ・ハロネン作《サウナにて》
ハロネンはシベリウスと同い年で、友人だったフィンランド人画家。シベリウスと同じく、トゥースラ湖の湖畔に家とスタジオを構えていた。
増田良介
増田良介 音楽評論家

ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ