1月特集「アニバーサリー」日本×フィンランド国交樹立100年

《フィンランディア》だけじゃない! 苦難のフィンランドを想うシベリウスが書いた胸が熱くなる音楽

読みもの
2019.01.05

2019年で日本との国交樹立100年を迎える北欧の国フィンランド。2004年のフィンランド国営放送が行なった「もっとも偉大フィンランド人」第8位に輝いたのが、大作曲家ジャン・シベリウスです。

シベリウスの愛国者としての一面、フィンランドの暗黒時代ともいえる苦難の日々から生まれた《フィンランディア》だけじゃない、有名でなくとも胸が熱くなるシベリウスの名曲たちを紹介してくれました。

増田良介 音楽評論家
増田良介
増田良介 音楽評論家
ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

《フィンランディア》は普段のシベリウスと何かが違う?

フィンランドは、1917年にロシアからの独立を宣言した。日本は1919年にフィンランドと外交関係を樹立しているので、2019年はそれからちょうど100年にあたる。

フィンランドの音楽家といえばシベリウスだ。20世紀を代表する大作曲家で、名曲もたくさんあるが、たぶんもっとも有名なのは、交響詩《フィンランディア》だろう。重苦しく始まり、激しい戦いのような部分を経て、最後は晴れやかな賛歌が歌われる。わかりやすい構成で、聴けばやっぱり感動する。

交響詩《フィンランディア》op.26/パーヴォ・ベルグルンド(指揮)、ボーンマス交響楽団

この曲が書かれたのは1899年、当時のフィンランドはロシアの支配下で圧政に苦しんでいた。そんな状況でこの曲は、単なる音楽作品を超えた民族意識の象徴となる。
ロシア政府はこの曲を警戒し、なんとか演奏をやめさせようとした。しかし演奏家たちは、たとえば《フィンランドの春が目覚めるときの幸せな感覚》だとか《スカンジナビア合唱行進曲》とか、別の名前でプログラムに載せることで、ロシアを出し抜いた。やがて、この曲の最後に出てくる賛歌のメロディは歌詞を付けられて歌われるようになり、フィンランドが独立国となった現在でも第2の国歌として親しまれている。こういう経緯はよく知られている。

左: 1891年頃に撮影された若き日のシベリウス。

上: ユーロ導入まで使用されたフィンランドの100マルッカ紙幣に描かれたシベリウス。

ただ、《フィンランディア》がシベリウスの代表作だと言われると、ちょっと違和感を覚えるという方はいらっしゃらないだろうか。曲はすばらしいし、知名度も申し分ないのだが、フィンランドの自然や神話の世界を題材として、静謐で深遠な音楽を書き続けたシベリウスの作品たちの中で、《フィンランディア》は、やや性質が違うように感じられる。
デュカスの《魔法使いの弟子》があまりデュカスらしくないように、どうもシベリウスらしくないのではないか。ひょっとしてシベリウスは、このときだけ一時的な熱情にかられて、普段の作風とは違う曲を書いたのだろうか?

《フィンランディア》成立にまつわるフィンランド暗黒時代

ちょっと《フィンランディア》という曲の成立をおさらいしてみよう。時代背景はこうだ。フィンランドは19世紀初頭からロシアに支配されていたが、ある程度の自治は認められていた。ところが1898年にニコライ・ボブリコフがフィンランド総督に任命されると、自治権の廃止、ロシア語の強制、フィンランド軍の廃止など、ロシアはフィンランドに対する圧政を強める。
フィンランドでは、これに抵抗する機運が高まる。総督ボブリコフは1904年にフィンランドの青年オイゲン・シャウマンによって暗殺されるが、この時期はフィンランドにとって非常に暗い時代だった。

ニコライ・ボブリコフ(1839-1904)
ボブリコフを暗殺したオイゲン・シャウマン(1875-1904)2004年フィンランド国営放送局調べの「もっとも偉大なフィンランド人」の投票では34位。

ボブリコフ時代のあるとき『報道の記念日』というイベントが行なわれた。これは、ボブリコフが反ロシア的な新聞のいくつかを発行禁止にしたことに反発して行なわれたもので、その目玉のひとつが『歴史的情景』という、フィンランドの神話時代から現代までの情景を描く舞台劇だった。

シベリウスはこの音楽を担当したが、特に人気を集めたのが、最終場面〈フィンランドは目覚める〉だった。この伴奏音楽に手を加えて独立した曲としたのが《フィンランディア》だ。この劇音楽からは、別の3曲も組曲としてまとめられている。これが組曲《歴史的情景》第1番で、こちらもときどき演奏される。

組曲《歴史的情景》第1番/ユッシ・ヤラス(指揮)、ハンガリー国立交響楽団

祖国への熱い想いを書いた名曲の数々

実は、この時期にシベリウスが書いた愛国的な作品はほかにもいくつかある。

たとえば《アテネ人の歌》(1899)では、「自分の国や町や家のために戦い、前線で死ぬなら死もすばらしい」と歌う。

《祖国に》(1900)は、「この国を決して壊してはならない、希望の国スオミよ永遠なれ!」とスオミ(フィンランド)をストレートに讃える。

《お前には勇気があるか》(1904)では、「お前には、心臓の血とこの世の喜びを、真実と正義のために犠牲にする勇気があるか」と、戦いへの参加を呼びかける。

この時期のシベリウスは、祖国の状況に強い危機感を覚え、作品を通じて人々を鼓舞しようと試みていたことがわかる。《フィンランディア》の激情は、まったく例外ではなかったのだ。

だが、それらの作品の中で、《フィンランディア》以外の曲は、フィンランド国外ではほとんど知られていない。ほかの作品の出来が悪いからではないだろう。シベリウスは、たくさんの人々によりわかりやすくメッセージを伝えるために、それらの作品の多くを、歌詞のある合唱曲として書いた。音楽は世界共通の言語と言われるが、言葉が付くと事情が違ってくるのだ。

しかし、歌詞を探して読んで聴くのが面倒だからといって、まるでそういった作品を取るに足らないもののように扱ってシベリウスを語ってしまうと、やはりこの大作曲家を見誤ってしまう。
歌詞がわからなくても、これらの作品は力強く、伝わるものはあるから、聴く価値は十分にある。そういう作品たちが存在して、その中から《フィンランディア》が生まれてきたということを知っているだけでもいい。それだけで、《フィンランディア》の、あるいはほかの交響詩や交響曲の感じ方が、何かしら変わってくるはずだ。国交樹立から100年の節目となる今年、シベリウスの知られざる熱い音楽に耳を傾け、フィンランドの苦難の歴史に思いを馳せてみてはいかがだろうか。

1900年代初頭の絵葉書に描かれた作者不詳の「スオミ・ネイト(フィンランドの乙女)」。フィンランド国旗を手にして、ポーズはフィンランドの国土を表している。
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