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2019.01.16
渡辺真弓のバレエに恋して 第6幕

「バレエに選ばれた子どもたち」が踊る《くるみ割り人形》―― 来日間近ワガノワ・バレエ・アカデミー

以前に「芸術監督の仕事 ――バレエ団の階級制度」という記事を紹介したダンサーたちの熾烈な競争は、子どもの頃から始まっているようです......。もっとも権威あるバレエ学校のひとつ「ワガノワ・バレエ・アカデミー」は、入学から選ばれるのは10人に1人! 卒業できるのはその半分以下!?

120年の伝統を持つワガノワの《くるみ割り人形》、2019年1月17日から2月3日までの全国ツアー目前。渡辺真弓さんが「バレエに選ばれた子どもたち」が踊る《くるみ》の魅力を徹底解剖してくれました。

渡辺真弓
渡辺真弓 舞踊評論家、共立女子大学非常勤講師

お茶の水女子大学及び同大学院で舞踊学を専攻。週刊オン・ステージ新聞社(音楽記者)を経てフリー。1990年『毎日新聞』で舞踊評論家としてデビューし、季刊『バレエの本』(...

©HIDEMI SETO

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去る11月から12月にかけて来日したマリインスキー・バレエは、統一のとれた優雅な様式美を見せ、古典バレエの理想像を見るかのようだった。日本人の永久メイをはじめ新星の活躍にも目を見張った。一体この素晴らしいバレエは、どこから生まれるのか。マリインスキー・バレエ団に優れた人材を送り出しているワガノワ・バレエ・アカデミーに思いを馳せずにはいられなかった。

バレエの虎の穴? ワガノワ・バレエ・アカデミーとは

ワガノワ・バレエ・アカデミーとはどんなバレエ学校なのか。その起源は、ロシア皇帝直轄の帝室劇場舞踊学校である。創立は1738年。ちょうど2018年に280年祭を迎えたところで、この歴史は、1661年創立、世界最古の歴史を誇るフランスのパリ・オペラ座バレエ団に次ぐものである。

「ワガノワ」の名称は、ロシア革命後に学校を率いた名教師アグリッピナ・ワガノワ(1879〜1951)に由来し、1957年以来この名称を冠する。ワガノワは、フランスやイタリアなどさまざまな流派が交じっていたのを整理し、「ワガノワ・メソード」という独自の教授法を編み出した。特徴を一言で表現するならば、上半身を大きく使い、音楽と一体になった美を追求することだろう。

アグリッピナ・ワガノワ(1879〜1951)

この学校からは、パヴロワ、ニジンスキー、ヌレエフ、バリシニコフ、ロパートキナなどきら星のようなスターたちを輩出。現在は8〜18歳の約350名が学んでいる。入試には、80名の定員に対し800人もが応募。授業料は無料。毎年進級試験があり、卒業時に残るのは半数以下という熾烈な競争社会である。
そう、このアカデミーに在籍する生徒たちは、踊るために選ばれた、「バレエに選ばれた子どもたち」なのだ。

「少女から大人へ」を体現する若きダンサーたち

ワガノワ・バレエ・アカデミーでは、毎年チャイコフスキー作曲《くるみ割り人形》が上演されているが、この舞台は必見である。
そもそも、このバレエは1892年12月にマリインスキー劇場で初演され、バレエ学校の生徒たちも子役として出演し、記念すべき初演を飾った。さらに、子どもの夢を描いたバレエなので、年齢相応の思春期の子どもが踊るのに、これほどふさわしい演目はないからだ。

第2幕「雪の精の踊り」©HIDEMI SETO

筆者は、旧ソ連時代に、マリインスキー劇場(当時はキーロフ劇場)で、ワガノワ・バレエの《くるみ》第3幕を見て、いつか全幕を、と切望していたところ、2016年の来日公演で夢が叶った。鬘(かつら)をかぶった子どもたちの匂い立つような美しさ。れっきとしたプロの舞台にひたすら感動を覚えた。

このアカデミーが上演しているワイノーネン版(1934/54年改訂)の大きな見どころは、少女マーシャとくるみ割り人形が、夢の場面でプリンセス・マーシャと王子に変身し、「少女が大人の世界へと足を踏み入れるときめき」というテーマが、ファンタジー豊かに描かれている点である。

前回の日本公演では当時18歳のエレオノラ・セヴェナルドがプリンセスを踊り、大器の片鱗を見せた。現地では、低学年で少女を演じて、高学年になってプリンセスを踊って卒業するのがアカデミー生の夢なのだという。

最近、WOWOWの「ワガノワ名門バレエ学校から世界へ~2人の少女の物語~」と題したドキュメンタリー番組でも、この主役を巡って切磋琢磨する生徒たちの姿が放映され、大きな反響を呼んだ。

第2幕、プリンセス・マーシャと王子のパ・ド・ドゥ©HIDEMI SETO

決定版《くるみ割り人形》を日本でも!

ワイノーネン版《くるみ割り人形》が決定版と言われるのは、チャイコフスキーの音楽を尊重し、純粋な踊りの美しさを堪能させてくれる点だろう。

例えば、第2幕で夜中にクリスマスツリーが伸びる場面では、意外に音楽が無視される傾向にあるが、ワイノーネン版をはじめロシア系の演出では、必ずと言っていいほど音楽に沿ってツリーが伸びていく。特にツリーを強調した演出には、マリインスキー出身の大振付家ジョージ・バランシンがニューヨーク・シティ・バレエのために振付けたものがあり、モーリス・ベジャールの現代版でもツリーの曲に深い思いが込められている。

ツリーが伸びるシーンで使われる音楽《くるみ割り人形》~第1幕1場「クララとくるみ割り人形」

さて、ワガノワ・バレエ・アカデミーは、2013年に元ボリショイ・バレエのスター、ニコライ・ツィスカリーゼが校長に就任して以来、以前にも増して優秀な生徒たちを輩出している。この機会に「バレエに選ばれた子どもたち」ならではの別格の舞台に触れてみたらいかがだろうか。

第3幕「夢の国」で、マーシャはプリンセスとなって王子と踊る©HIDEMI SETO
公演情報
ロシア国立ワガノワ・バレエ・アカデミー来日公演

1月17日(木) 

会場: Bunkamura オーチャードホール
演目: 《人形の精》組曲&《パキータ》
開演時間: 19:00/主催:アルス東京

1月18日(金) 

会場: Bunkamura オーチャードホール
演目: 《くるみ割り人形》全3幕
開演時間: 18:30/主催:アルス東京

1月19日(土)

会場: Bunkamura オーチャードホール
演目: 《くるみ割り人形》全3幕
開演時間: 14:00/主催:アルス東京

1月20日(日)

会場: 宇都宮市文化会館 大ホール
演目: 《くるみ割り人形》全3幕
開演時間: 16:00/主催:公益財団法人とちぎ未来づくり財団

1月22日(火)

会場: アクロス福岡(福岡シンフォニーホール)
演目: 《くるみ割り人形》全3幕
開演時間: 18:30/主催:西日本新聞社 企画事業室事業部

1月26日(土)

会場: 兵庫県立芸術文化センター
演目: 《くるみ割り人形》全3幕
開演時間: 15:00/主催:兵庫県立芸術文化センター

1月27日(日)

会場: ハーモニーホールふくい
演目: 《人形の精》組曲&《パキータ》
開演時間:16:00/主催:公益財団法人福井県文化振興事業団

1月28日(月)

会場: 大阪・吹田市文化会館(メイシアター)中ホール
演目: 《パキータ》&《くるみ割り人形》第3幕
開演時間: 19:00/主催:吹田市/(公財)吹田市文化振興事業団

1月29日(火)

会場: 刈谷市総合文化センター アイリス 大ホール
演目: 《くるみ割り人形》全3幕
開演時間: 18:30/主催:中京テレビ放送
共催:刈谷市、刈谷市教育委員会、刈谷市総合文化センター(指定管理者:KCSN共同事業体) (株)中京テレビ事業

2月1日(金)

会場: 岩手県民会館
演目: 《くるみ割り人形》全3幕
開演時間: 18:30

2月2日(土)

会場: 仙台銀行ホール イズミティ21
演目: 《くるみ割り人形》全3幕
開演時間: 17:00/主催:公益財団法人仙台市市民文化事業団

2月3日(日)

会場: 昌賢学園まえばしホール(前橋市民文化会館)
演目: 《くるみ割り人形》全3幕
開演時間: 16:00/主催:一般財団法人前橋市まちづくり公社

渡辺真弓
渡辺真弓 舞踊評論家、共立女子大学非常勤講師

お茶の水女子大学及び同大学院で舞踊学を専攻。週刊オン・ステージ新聞社(音楽記者)を経てフリー。1990年『毎日新聞』で舞踊評論家としてデビューし、季刊『バレエの本』(...

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