読みもの
2019.08.23
「トラベルベース」組立・解体ショー!

コントラバス運搬問題を一挙解決! 解体してコンパクトに持ち運べるトラベルベースで快適な演奏ライフ

楽器奏者の永遠の悩み、それは楽器運搬。特にコントラバス(ウッドベース)との旅はハラハラドキドキの連続だ。電車に乗っては小突かれ、宴の席に行けば平身低頭、そして飛行機では……大惨事!? そんな悩めるベーシストに朗報。世界各地で、音色も抜群の素晴らしいトラベルベースが開発されているというのだ!
そこで今回、実際にヨーロッパやアジアのツアーでもトラベルベースを活用しているベーシスト・小美濃悠太さんに、愛器の「スーツ・ベース」をご紹介いただいた。実際に組み立て、解体もしてもらいました。

ベース運搬問題の解決に光明を見出した人
小美濃悠太
ベース運搬問題の解決に光明を見出した人
小美濃悠太 ベーシスト

1985年生まれ。千葉大学文学部卒業、一橋大学社会学研究科修士課程修了。 大学在学中より演奏活動を開始し、臼庭潤、南博、津上研太、音川英二など日本を代表する数々のジャ...

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楽器奏者にとって、楽器の運搬は常に悩みのタネ。1708年に作られた古楽器、ヴィオラ・ダ・ガンバを航空会社に預けたら、粉砕された状態で戻ってきた事件を覚えている方もいらっしゃることだろう。世界を飛び回って活動する音楽家にとって、飛行機での楽器運搬ほどハラハラするものはない。

小型楽器なら機内に持ち込めたり、厳重に梱包して預けることでリスクを減らすことはできるけれど、大型楽器はうまくいかないこともしばしば。かといって、現地調達も時折ハズレを引くことがあり、コントラバス奏者である私も幾度となく楽屋の隅で涙したものである。しかし、ベーシストの悩みを一気に解消してくれる素晴らしい楽器が開発された。そう、組立式で運びやすいコントラバスである。

今回は、最近では演奏よりも組立・解体ショーの方が注目されがちな私が、未見の方のために組立式コントラバスをご紹介したい。

コントラバスがデカいとこんなに困る!

コントラバスという大きな楽器を弾いて暮らしていると、自分の職業選択を呪いたくなることがしばしばある。その一例をご紹介しよう。

・電車移動が大変

こんなデカいものを電車で運んでいて、ほかの乗客に睨まれないはずがない。睨まれる、舌打ちされる、小突かれる、くらいは日常茶飯事。「これが快感になって初めてベーシストになれると思え」と先輩に言われてきたものだが、その意味ではまだ私は見習いだ(見習いのままでいたい)。

・打ち上げがツラい

コンサートが終わって、打ち上げの席を設けていただくことがある。コンサートを企画できるような文化的なものへの理解のある方が選ぶ会場は、たいていセンスのいいお店なのだ。ここで美味しいものを飲み食いすることが、明日の楽器運搬のモチベーションになる*1。

しかし、なぜかセンスのいいお店は狭い(とりわけ都心では)。普通に考えたら十分な広さだが、コントラバス的には狭い。すいませんすいませんと謝りながらビルの階段を登り、お店のドアを開けてはまず荷物の大きさを謝り、頭上へコントラバスを持ち上げてお店の奥まで運びながら謝り、打ち上げ後も謝りながらお店を出るのである*2。

・飛行機に載せるのも大変

飛行機でのコントラバス運搬については、別に記事がひとつ書けるほどややこしいので省略するが、簡単に言うと、棺桶のようなハードケースに楽器を入れて航空会社に預けることになる。これがとにかく面倒な作業。しかも、飛行機を降りてハードケースを受け取ると、ネックがポッキリ折れた楽器が出てきた……という話も実は珍しくない。

飛行機でのコントラバス運搬はリスキーなので、現地でレンタルすることもしばしば。しかしレンタル楽器がまともな楽器とも限らない。片手でリンゴが潰せる握力が必要なストロングな弦高の楽器が出てきたり、1/8サイズの子ども用のコントラバスがちょこんとスタンドに立てかけてあったこともある*3。

*1 車で来た場合はひとりシラフだったりするので、「次は電車で来るぞ(そして飲むぞ)」というモチベーションにもなる。

*2 この後、電車に乗るときも謝る。

*3 ちなみにこの日のピアノの調律師は泥酔しながら調律していた。結果は言うまでもあるまい。

楽器がデカいなら、バラバラにして運べばいいんじゃない? というソリューション

以上の理由から、多くのベーシストは「コントラバスが分解できたらいいのにな……」と長年にわたって嘆いてきた。しかし、遂に福音がもたらされた。00年代終盤から、運びやすいコントラバスの開発が各社で始まったのである。

代表的なものとして、以下が挙げられる。

コルスタイン・トラベル・ベース(Kolstein Travel Bass)

ニューヨークのベースショップ、コルスタインが開発したもの。持ち運びがしやすいように幅が狭くなっていて、弦長も短い。後にネックが取り外せるモデルも発売された。ミロスラフ・ヴィトウスやチャーネット・モフェットなどの超一流ベーシストも愛用。

エミネンス・ベース(Eminence Bass)

こちらは幅が狭いだけでなくボディが限りなく薄く、エレクトリック・アップライトに分類されるもの。こちらもネックが外せるだけでなく、アンプを使った場合の音がコントラバスに肉薄しており、かなり実用的な印象。コルスタインのトラベルベースと形が似ていて、動画などで遠目に見ると区別がつきにくいことも(音も似ている)。

ザ・チャドウィック・フォールディング・ベース(The Chadwick Folding Bass)

トラベルベースが次々に開発される中で、最初の衝撃的な製品がこのチャドウィックのもの。ボディの背中がパカッと開いて、その中にネックが収納されてしまうのである! 百聞は一見に如かず、こちらの動画をご覧いただきたい。

フライトケース付きで4200ドルという価格は魅力的で、日本にもユーザーがいるようだ。

とにかくネックを外しておけば、飛行機に載せた時にケースの中でネックがポッキリ、というリスクが限りなく少なくなる。飛行機での移動にはこの上なく便利なのだ。

解体できるコントラバス、"スーツ・ベース"

その後、楽器そのもののクオリティが高く、ネックが外せるだけでなく音も良い楽器がヨーロッパのコントラバス作者を中心に開発された。その作者のひとりがフランスのルシアー、パトリック・シャルトン氏。

彼は以前からネックが外せるシステムを提供していたが、その彼が新しく開発したのが「スーツ・ベース」*4。ネックが外れるだけでなく、ボディを半分の輪切りにして、お弁当箱のように収納できる。専用のソフトケースに入れて背負うこともできるし、フライトケースに入れて飛行機に乗せることもできる。

*4 言うまでもなく、スーツケースにかけている。似た名前でスペルが違う製品もあるが、そちらは本当にスーツケースのような直方体。ちょっと気にはなる。

スーツベースを組み立ててみた!

……と、文字で説明してもそのスゴさが伝わらないだろう。前置きが長くなったが、組立式コントラバスを実際に組み立てた様子をご覧いただきたい。

 

輪切りにしたボディの中にネックが収納されている!
魂柱は動かないように台座がついている。動かない代わりに六角レンチでテンションを調整できる。
エンドピンをネジで止める。左側の金属の板が飛び出てるところを踏むと、エンドピンが降りてくる
ボディを重ね合わせる
ネック・ヒール部分は凹みに入れるだけ
弦を駒の溝にセットして
レバーをグッと押し込むと弦が張れます
最後にチューニングします

組み立てるときに「メリメリッ」とちょっと怖い音がするが、基本的には簡単に組み立てられる。黙って組み立てれば4分前後で組み上がるので、現場にいつもより30分早く行ったりする必要もない。

ボディは小ぶり、厚さは半分になるし、ちょっとした小物はボディの中に入れて運べる。しかも音が想像以上に良い。演奏中は誰もコントラバスのことなんか見てないけれど(少なくとも私が弾くときは)、これを解体するときはスポットライトを独占できる。可搬性から自己顕示欲の充足まで、あらゆる面で優れた楽器だ。

収納するとこんなにコンパクト! ベースを背負って現場に登場した小美濃氏。ウッドベースって背負える楽器だったっけ?
ネックと弦。バラバラ!
ウッドベースの駒は大きい!

解体してみた!

ちなみに、これを演奏してみるとこんな感じになる。

どうだろうか。思ってたより音がちゃんとしてる、と思われた方も多いのではないかと思う。普通のコントラバスの音から重さを除いたような、いい音が出るのだ。これを背負って各地を訪れる企画をいつかやってみたい。ちょっとウチまでこれ背負ってきてよ、という要望があれば、ぜひご一報を!

ベース運搬問題の解決に光明を見出した人
小美濃悠太
ベース運搬問題の解決に光明を見出した人
小美濃悠太 ベーシスト

1985年生まれ。千葉大学文学部卒業、一橋大学社会学研究科修士課程修了。 大学在学中より演奏活動を開始し、臼庭潤、南博、津上研太、音川英二など日本を代表する数々のジャ...

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