読みもの
2025.04.09
牛田智大「音の記憶を訪う」 #11

【牛田智大 音の記憶を訪う】「自然なピアノ」を実現するための技術~基本に戻った2年間 

人気実力ともに若手を代表するピアニストの一人、牛田智大さんが、さまざまな音楽作品とともに過ごす日々のなかで感じていることや考えていること、聴き手と共有したいと思っていることなどを、大切な思い出やエピソードとともに綴ります。

牛田智大
牛田智大

2018年第10回浜松国際ピアノコンクールにて第2位、併せてワルシャワ市長賞、聴衆賞を受賞。2019年第29回出光音楽賞受賞。1999年福島県いわき市生まれ。6歳まで...

撮影:ヒダキトモコ

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ワルシャワに春が近づいてきました。まだまだ天気は不安定で、20度近くまで気温が上がったかと思えば翌日には一気に2度くらいまで冷え込んだり。5月くらいまでは晴れの日が少なめで、たまに青空を見ることができたときには特別に晴れやかな気持ちになります。天気予報のアプリを必要以上にチェックしてしまう日々です。

牛田 智大 Tomoharu Ushida
2018年第10回浜松国際ピアノコンクールにて第2位、併せてワルシャワ市長賞、聴衆賞を受賞。2019年第29回出光音楽賞受賞。1999年福島県いわき市生まれ。6歳まで上海で育つ。
2012年、クラシックの日本人ピアニストとして最年少(12歳)で ユニバーサル ミュージックよりCDデビュー。これまでにベスト盤を含む計9枚のCDをリリース。2015年「愛の喜び」、2016年「展覧会の絵」、2019年「ショパン:バラード第1番、24の前奏曲」、最新CD「ショパン・リサイタル2022」は連続してレコード芸術特選盤に選ばれている。
シュテファン・ヴラダー指揮ウィーン室内管(2014年)、ミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管(2015年/2018年)、小林研一郎指揮ハンガリー国立フィル(2016年)、ヤツェク・カスプシク指揮ワルシャワ国立フィル(2018年)各日本公演のソリストを務めたほか、全国各地での演奏会で活躍。その音楽性を高く評価され、2019年5月プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管モスクワ公演、8月にワルシャワ、10月にはブリュッセルでのリサイタルに招かれた。2024年1月には、トマーシュ・ブラウネル指揮プラハ交響楽団日本公演のソリストとして4公演に出演。
20歳を記念し2020年8月31日には東京・サントリーホールでリサイタルを行い、大成功を収めた。また2022年3月、デビュー10周年を迎えて開催した記念リサイタルは各地で好評を博すなど、人気実力ともに若手を代表するピアニストの一人として注目を集めている。
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バッハ「インヴェンション」から得た別次元の学び

4月の間はいくらか落ち着いて、新しいレパートリーを譜読みしたりする時間に充てています。じつは先週アパートで練習していたところ、ひとつ上の階に住んでいる方が怒りながら訪ねていらして「長く弾きすぎよ!」と……(笑)。大家さんも交えた話し合いの結果、無事そのまま弾いていても良いことになったのですが、とはいえあまり不快な音にならないように特別に気を遣いながら練習するようになりました。そして実のところ、この状況はかえってひとつひとつの音に耳を澄ますことにつながり、良かったかもしれないと思えてきたところです。

思えば、2020年初めにも同じような日々を過ごしていたことがありました。コロナ禍がおとずれ、少なくとも向こう数か月の空白期間が決まったとき、私は基礎的なテクニックをもう一度見直したいと思い立ちました。レガートの質を見直し、ポリフォニーの精度を高め、単純なスケールやアルペジオをより美しく弾けるように、そしてひとつひとつの音により神経を通わせられるようになりたいと考えたのです。

数か月のあいだ曲の練習を最小限にして(まったくしない日もありました)取り組んだのは、バッハの2声のインヴェンションとクラーマー(=ビューロー)の練習曲でした。ピアノを学んでいれば誰もが最初期に課題として取り組む作品ですが、じっさい音楽として素晴らしく、なにより少ない音数を丁寧に処理していくことで指や耳の状態を研ぎ澄ませることにつながり、多声のフーガや難しいエチュードとはまた違う次元での学びがあります。

単純な音型ひとつひとつに対して、理想的な指遣いはどれか、自然な手や手首の位置はどのようなものか、非和声音から和声音への自然な移行ができているか、フレージングは理にかなっているか……本番で演奏するときに無意識下に追いやってしまいがちな要素をひとつひとつゆっくりと見直すことができるのです。

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