読みもの
2024.03.04
牛田智大「音の記憶を訪う」 #2

《クライスレリアーナ》と牡猫「ムル」の深い関係。そして音楽家のコンディションの話

人気実力ともに若手を代表するピアニストの一人、牛田智大さんが、さまざまな音楽作品とともに過ごす日々のなかで感じていることや考えていること、聴き手と共有したいと思っていることなどを、大切な思い出やエピソードとともに綴ります。

牛田智大
牛田智大

2018年第10回浜松国際ピアノコンクールにて第2位、併せてワルシャワ市長賞、聴衆賞を受賞。2019年第29回出光音楽賞受賞。1999年福島県いわき市生まれ。6歳まで...

撮影:ヒダキトモコ

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

皆さまこんにちは! 私はいま日本へ帰国する機内でこの原稿を書いているところです。2月末から各地でリサイタルをさせていただくことになっています。今回のプログラムで中心に置いているのは、ロベルト・シューマンが28歳のときに手がけた大作《クライスレリアーナ》です。

牛田 智大 Tomoharu Ushida
2018年第10回浜松国際ピアノコンクールにて第2位、併せてワルシャワ市長賞、聴衆賞を受賞。2019年第29回出光音楽賞受賞。1999年福島県いわき市生まれ。6歳まで上海で育つ。
2012年、クラシックの日本人ピアニストとして最年少(12歳)で ユニバーサル ミュージックよりCDデビュー。これまでにベスト盤を含む計9枚のCDをリリース。2015年「愛の喜び」、2016年「展覧会の絵」、2019年「ショパン:バラード第1番、24の前奏曲」、最新CD「ショパン・リサイタル2022」は連続してレコード芸術特選盤に選ばれている。
シュテファン・ヴラダー指揮ウィーン室内管(2014年)、ミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管(2015年/2018年)、小林研一郎指揮ハンガリー国立フィル(2016年)、ヤツェク・カスプシク指揮ワルシャワ国立フィル(2018年)各日本公演のソリストを務めたほか、全国各地での演奏会で活躍。その音楽性を高く評価され、2019年5月プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管モスクワ公演、8月にワルシャワ、10月にはブリュッセルでのリサイタルに招かれた。2024年1月には、トマーシュ・ブラウネル指揮プラハ交響楽団日本公演のソリストとして4公演に出演。
20歳を記念し2020年8月31日には東京・サントリーホールでリサイタルを行い、大成功を収めた。また2022年3月、デビュー10周年を迎えて開催した記念リサイタルは各地で好評を博すなど、人気実力ともに若手を代表するピアニストの一人として注目を集めている。
続きを読む

私が作品に取り組むとき、なによりも大切にしているのはその作品がもつ「本質的な感情(フィーリング)」を理解しようとつとめることです。ソ連の映画監督アンドレイ・タルコフスキーの言葉に「作品をつくりはじめるとき第1段階にあるのは、作品のプロットでもアイデアでも技術的なことでもなく、フィーリングである」というものがあるのですが、音楽もこれに似ていて、つまりどのような作品であっても作曲家のなんらかの感情(フィーリング)が根底にあり、それをもとにいろいろな情報を肉付けした「プロット」がつくられ、具体的な音楽的情報に変換されていくのです。

以前、私の先生(A.アガジャーノフ)がレッスンのときに見せてくれた、音楽家がたどるべきプロセスを説明する図(私が日本語に翻訳しました)。作曲家が踏むプロセスを反対方向から辿っていくのが演奏家です

いわゆる「絶対音楽」では感情やプロット(上の図でいう緑枠の部分)はそれほど重要視されていないことが多いので、それらを理解する作業はさほど複雑ではなく、おおよそ「神への祈り」とか「苦悩からの復活」とか「完全なる調和と美の希求」みたいな比較的パターン化されたものです。純粋に楽譜のなかにある音楽的情報を取り出して整理する作業(上の図でいうオレンジ枠の部分……もちろんそれも困難な作業ですが)を終えたときには、なかば自動的に作品の本質に辿り着くことができています。

しかしシューマンのような「標題音楽」的な作品では、楽譜のなかにある音楽的情報を読み解いたあとに、さらに作品のプロットや感情を理解するという複雑な作業が待っています。こういった作品での音楽的情報はプロットや感情と密接に結びついていて、その内容によって意味が変わってしまうことさえあるのです。

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ