読みもの
2024.12.14
牛田智大「音の記憶を訪う」 #9

【牛田智大 音の記憶を訪う】リーズこぼれ話~コンテスタントたちとの忘れがたい日々

人気実力ともに若手を代表するピアニストの一人、牛田智大さんが、さまざまな音楽作品とともに過ごす日々のなかで感じていることや考えていること、聴き手と共有したいと思っていることなどを、大切な思い出やエピソードとともに綴ります。

牛田智大
牛田智大

2018年第10回浜松国際ピアノコンクールにて第2位、併せてワルシャワ市長賞、聴衆賞を受賞。2019年第29回出光音楽賞受賞。1999年福島県いわき市生まれ。6歳まで...

撮影:ヒダキトモコ

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リーズで過ごした日々についてなにか書いてみようと意気込んだわけですが、少々苦戦し……骨の折れる譜読みに追われたりしているうちに浜松国際ピアノコンクールまで終わってしまいました。鈴木愛美さんの深く、誠実で、人間の体温を感じさせる温かい音楽。尊敬する素晴らしいピアニストです。本当におめでとうございます!!!

牛田 智大 Tomoharu Ushida
2018年第10回浜松国際ピアノコンクールにて第2位、併せてワルシャワ市長賞、聴衆賞を受賞。2019年第29回出光音楽賞受賞。1999年福島県いわき市生まれ。6歳まで上海で育つ。
2012年、クラシックの日本人ピアニストとして最年少(12歳)で ユニバーサル ミュージックよりCDデビュー。これまでにベスト盤を含む計9枚のCDをリリース。2015年「愛の喜び」、2016年「展覧会の絵」、2019年「ショパン:バラード第1番、24の前奏曲」、最新CD「ショパン・リサイタル2022」は連続してレコード芸術特選盤に選ばれている。
シュテファン・ヴラダー指揮ウィーン室内管(2014年)、ミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管(2015年/2018年)、小林研一郎指揮ハンガリー国立フィル(2016年)、ヤツェク・カスプシク指揮ワルシャワ国立フィル(2018年)各日本公演のソリストを務めたほか、全国各地での演奏会で活躍。その音楽性を高く評価され、2019年5月プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管モスクワ公演、8月にワルシャワ、10月にはブリュッセルでのリサイタルに招かれた。2024年1月には、トマーシュ・ブラウネル指揮プラハ交響楽団日本公演のソリストとして4公演に出演。
20歳を記念し2020年8月31日には東京・サントリーホールでリサイタルを行い、大成功を収めた。また2022年3月、デビュー10周年を迎えて開催した記念リサイタルは各地で好評を博すなど、人気実力ともに若手を代表するピアニストの一人として注目を集めている。
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コンテスタント同士が仲良くなったきっかけは「冷たい夜」

さて、リーズのお話。主要なトピックは高坂はる香さんがすでに書いてくださったので、ちょっとしたこぼれ話でも思い出してみようかと思います。

2次予選に進んだ24人のコンテスタントは、期間中リーズ大学の学生寮に滞在し、3食をともにしていました。すでに演奏活動を行なうコンテスタントも多かったせいなのか、コンクール特有のギスギスした感じがあるわけでもなく、皆が自然体で仲が良く、本番への不安や懸念を率直に語り合い、アドバイスをしあったり、先にホールで弾いた人が響きや会場の状況をシェアしたりしていました。それはまるでひとつの演奏会を皆でつくりあげるかのようで、私にとってちょっとした喜びでした。

上)リーズ大学近くの街並み
右)学生寮のコンテスタント用の部屋

皆が仲良くなれたきっかけのひとつは、やはりリーズ到着初日の出来事かもしれません。寮の給湯設備のちょっとしたトラブルで、シャワーからお湯が出なくなってしまったのです。この日ほとんどのコンテスタントは深夜0時近くまで練習をしていて、シャワーから冷水しか出ないことに気づいたのは深夜1時過ぎ。「さすがにこの時間からレセプションの当直を叩き起こすのは忍びない」と皆が思ったようで、誰もクレームを入れませんでした。

給湯器のトラブル自体はよくあることなので全然問題ではないのですが、面白かったのは、翌朝8時に朝食をとるために食堂に集まったコンテスタントのほとんどが髪の毛をしっかりとセットしていたことです! 初日で気を遣っていたのか、数人を除いてほとんどのコンテスタントが氷のように冷たい水で2度もシャワーを浴びて身だしなみを整え、何事もなかったかのような顔で朝食にやってきたのでした。

朝になってから故障の報告を受けたコンクール事務局のスタッフが「あなたたち、まさかあの冷水でシャワーを浴びたの!? すぐに連絡してくれればよかったのに……死ぬわよ!」と叫んでいるのをみて、まさに冷たい夜を共に乗り越えたもの同士の妙な連帯感が生まれたのです(ちなみにコンクール事務局のスタッフも同じ寮の別フロアに泊まっていたのですが、なぜかあちらでは問題なくお湯が出たのでした…笑)。

コンテスタント用の食堂。1日3回ほぼ全員がここに集まっていました

……コンクール開幕から1週間が経つ頃には疲れが溜まり、髪の毛のセットや化粧は皆テキトウになっていきました。「顔に美しい絵を描くのは諦めたの?」「見ればわかるでしょ!ポマードをつける量が少なくて済む(=髪が薄い!)のって経済的で素敵ね」などという、どこかからお叱りが飛んできそうな、それでいていたって朗らかな嫌味の応酬が繰り広げられるようになったことも付け加えておきたいと思います。

そのなかにあってもコンクール事務局のスタッフの方々はとても献身的にサポートしてくださっていました。寮の貸出用のドライヤーの風が弱いといえばどこかから新しいものを調達してきてくれたり、手袋をなくしたといえば練習している間に代わりに探してくれたり(笑)。なにより彼らに温かい雰囲気が溢れていたことが、コンテスタントにとって大きな助けになっていたように思います。

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