読みもの
2019.02.08
2月「バレンタイン」特集

その愛の形にイラッとする~愛と嫉妬が暴走気味な、オペラの女性たち3選

バレンタインデーは愛の日。オペラに「愛」は欠かせない。でも、オペラに登場する女性たちってちょっと愛をこじらせ気味? ドラマチックだけにより凄みが増す、イヤ~な愛のシーン3選! 恋人への嫉妬はほどほどに……。

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飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

メインビジュアル:オーストリア、サンクト・マルガレーテンの《トスカ》野外公演 © Christian Michelides

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オペラでもっとも大切なテーマといえば、ずばり「愛」。名作オペラは愛にもいろいろな形があることを教えてくれる。純愛、禁断の愛、裏切り、献身等々。
しかし、なかには困った愛もある。たしかに愛されている。でも、なんだか怖い。そんな暴走気味の愛を描いた三大オペラを挙げてみたい。

「カルメン」のミカエラ──なんだかイヤな予感がする

まずはビゼーの《カルメン》。このオペラで真に怖いと思えるのが、ホセの幼なじみであるミカエラだ。
ミカエラの役どころは田舎育ちの純真な娘……のはずなんだけど、どうもこの人はいつも肝心なところであらわれては「イラッ」とさせる一言を残してゆく娘なんである。
第1幕、ホセのもとにミカエラは母親からの手紙を預かって尋ねてくる。手紙とともに少しばかりのお金も持ってきてくれる。そして、もうひとつ渡すものがあるという。

「あなたのお母さんから預かってきたの。お金よりもっといいものよ」(イラッ)

なんだかイヤな予感がする、この言い方。ミカエラが預かってきたのは口づけだ。
もちろん、このままホセとミカエラが結ばれてしまえば、何事も起こらない。しかしカルメンに魅せられたホセは、職を捨てて、密輸団の一味とともに逃亡生活を送る。そこまでしたにもかかわらず、カルメンの心はあっさりホセから離れてしまう。行き場のなくなったホセ。ああ、もう故郷に帰ってしまおうか。

そこで姿を見せるのが、ミカエラだ。えっ、なんでここに来ちゃうの、ミカエラ。というか、密輸団の居場所がこんな田舎娘にもわかってしまうのって、どうなのか?
ミカエラはいっしょに故郷に帰るようホセを諭す。

「お母さんは息子のことで泣いているのよ。かわいそうでしょう。泣いて待っているんだから、帰りましょう」(イラッ!)

ホセは拒絶する。エスカミーリョという恋敵が現われた今、カルメンのもとを離れることは死んでもできない。それなのにミカエラは後出しで「お母さんが危篤なの」とか言い出す。あれはきっとウソ。素朴なように見せかけておいて、実は計算づくの女ミカエラ。ここでミカエラが強引にホセを帰郷させなければ、案外ホセとカルメンは「オレたち、やっぱなんか気が合わないよねー」といって、円満に別れていたかもしれないのに。

ビゼー/《カルメン》第1幕 より”Monsieur le brigadier?” – “Parle-moi de ma mère!”

《ローエングリン》のエルザ──ニックネームで呼べ!

ワーグナーのオペラ《ローエングリン》に登場するヒロイン、エルザも相当に怖い女性である。白鳥の騎士ローエングリンは、素性を隠してあらわれ、窮地のエルザを助ける。あなたのために戦い、勝利すれば夫になりましょう。ただし、決して私の名を尋ねてはいけません。それがローエングリンの提示した条件だ。
エルザはこれを喜んで受け入れる。私を窮地から救ってくれるのですから、約束を守らないはずがありません。名前なんて聞くはずがありましょうか。
そこまで力強く宣言しておきながら、無事に結婚式を終えてふたりきりになってしまうやいなや、あっという間にエルザはローエングリンに名前を尋ねてしまうんである。

「どうして私はあなたの名前を呼べないの? ふたりきりだから、いいでしょう、だれも聞いていないんだし」(イラッ!)

さっき聞かないって言ったじゃん! 本来ならこの先ずーーっと守らなければいけない約束を、なぜ結婚式を終えてすぐに放り出せるのか。
エルサには言いたい。
好きなニックネームを付けて呼べっ!
白鳥の騎士だから「スワンちゃん」とか、「マイ・スワニー」とか、なんでもいいから勝手にニックネームを付けて呼べと言いたい。

ワーグナー/《ローエングリン》第3幕より”Höchstes Vertraun hast du mir schon zu danken”

《トスカ》 ──暴走する嫉妬心とダメ出し

そしてオペラのなかに登場する最凶のヒロインといえば、プッチーニの《トスカ》を挙げないわけにはいかない。オペラのヒロインで歌姫トスカほど嫉妬深い人物がいるだろうか。この悲劇はもちろん悪辣な権力者スカルピアによって起こされているのだが、やるせないのはトスカが扇子を見てカヴァラドッシの浮気を疑ってしまったがために、結果的にスカルピアの部下を別荘にまで引き連れてしまったことだ。この痛恨のミスがなければ、アンジェロッティは逃げられたかもしれないのに。
だが、トスカの嫉妬心が不気味な暗い輝きを放つのはそこではない。第1幕、トスカは恋人カヴァラドッシが描く青い目をした女性の絵を見て、そのモデルがアッタヴァンティ夫人であることを見抜いて、激しく嫉妬する。懸命に宥めるカヴァラドッシに対して、やっと気を取り直したトスカだが、最後に一言付け加えるのを忘れない。

「その絵の女の目、黒く塗っておいて」(イラッ!)

は!? 画家に肖像画の目の色を塗り直せというのか! 同じ芸術家として、その乱暴な要求はどうなのか。クライアントでもないのに、工程無視のダメ出し。もしその場にアンジェロッティが隠れていなかったら、カヴァラドッシは雄たけびを上げながら怒り狂っていたのではないか。
オレの絵に口をはさむなーっ!
カヴァラドッシの魂の叫びが聞こえてきそうである。

 

プッチーニ/《トスカ》第1幕より”Ah, quegli occhi!… Qual’ occhio al mondo”

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飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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