読みもの
2018.10.17
アートを聴く! Vol.7「フェルメール展」

静謐の画家、フェルメールの作品に「静寂」と「音楽」を聴く

「静謐の画家」と呼ばれるオランダのヨハネス・フェルメール(1632~1675)。一方で、楽器が描かれていることも多く、フェルメールの作品は音楽的だ。バロック時代の画家と位置付けられるフェルメールだが、彼の時代で聴かれていた音楽とはどんなものだろう? 現代よりずっと静かな時代に生きたフェルメールが聴いた音に、そっと耳を傾けてみよう。
『フェルメール 静けさの謎を解く』(集英社新書)でフェルメールの静寂を追求したアートライター・藤田令伊さんがご紹介します。

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藤田令伊
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藤田令伊 アートライター

アートライター、大正大学非常勤講師。単に知識としての「美術」にとどまらず、見る体験としての「美術鑑賞」が鑑賞者をどう育てるかに注目し、楽しみながら人としても成長できる...

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東京・上野で「フェルメール展」が開かれている(上野の森美術館、~2019年2月3日。2019年2月16日~5月12日、大阪市立美術館へ巡回)。
私にとってフェルメールは特別な画家である。まだ駆け出しのアートライターだった頃、オランダのハーグにあるマウリッツハイス美術館でフェルメールの《デルフト眺望》という絵を見て、脳天をぶん殴られたような衝撃を覚え、以来、いまでいう「フェルメール巡礼」に出るようになり、アートライターとしてのキャリアを積んできたからだ。

いまでこそ大変な人気のフェルメールだが、30年前にはこんなことはなかった。「誰の絵が好きですか?」と尋ねられて「フェルメールが好きです」と答えても、「フェルメール? 誰それ?」といわれるのが常だった。多くの人はフェルメールの名さえ知らず、17世紀オランダを代表する画家といえばレンブラントというのが通り相場であった。

フェルメールは私だけが知っている画家であり、その静かで決して声高ではない表現の魅力を自分は理解しているのだという、秘密を共有しているような感覚があった。ところが、21世紀に入ったぐらいからフェルメール人気が沸騰し始めた。と同時に、人気が高まれば高まるほど、「私だけのフェルメール」だったはずが「みんなのフェルメール」になっていき、どこか寂しい思いが去来してもくるのだった。

藤田令伊さんの著作『フェルメール 静けさの謎を解く』

フェルメール 静けさの謎を解く
藤田令伊・著
新書: 232ページ
出版社: 集英社 (2011年/12月16日)

静謐の画家、フェルメール

さて、フェルメールはよく「静謐の画家」といわれる。時代区分でいえばバロック期の画家ということになるが、フェルメールの絵はバロックの仰々しさとは無縁である。たとえば、《牛乳を注ぐ女》であれば、台所仕事をしているらしい一人のメイドが器に牛乳を注いでいる場面が描かれているが、その注ぎ方は繊細で、牛乳はまるで一本の糸のように流れ落ちている。喧噪のなかの営みとは到底思われない。

ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女》(1660年頃、アムステルダム国立美術館)

フェルメールの絵に音楽を聴く

フェルメールの絵は音楽的だともよくいわれる。ヴァージナルやリュート、ギター、ヴィオラ・ダ・ガンバといった楽器が画中に描かれていることがあるからで、静かな絵で楽器とくると、おのずから音楽的な印象につながるのである。現存するフェルメールの絵で楽器がモチーフになっているのは10点ほどあるから、30数点という寡作のなかではかなり高い割合といえる。

ヨハネス・フェルメール《リュートを調弦する女》(1664年頃、メトロポリタン美術館)

《リュートを調弦する女》もそんな一枚である。窓辺に一人の女性が座って、いましもリュートの音程を調えている場面が描かれている。女性は窓の外を眺め、調弦に専念しているというよりは、軽くリュートを爪弾いているふうである。

リュートの音色とはどのようなものか。今回の展覧会にちなんで「フェルメール~絵の中の音楽」(キングレコード)というCDが発売されており、そこに本作をモチーフとした「リュートの調弦」という音源が収録されている。試しに聴いてみると、まさに絵の女性がやっているようなチューニングそのままの様子が流れてくる。案外それが面白い。完成された楽曲ではないことがかえって絵の臨場感を際立たせ、絵の世界へと鑑賞者を誘ってくれる。

 

フェルメール~絵の中の音楽

2018年10月3日(水)発売
定価2,315円+税
KICC-1465

音楽を愛したフェルメールが耳にしたであろう、素朴で美しいメロディを現代に再現!世界的リュート奏者瀧井レオナルド、佐藤裕希恵(ソプラノ)のデュオ・Vox Poetica、ソフィオ・アルモニコ(ルネサンス・フルート四重奏)による、本作品のための新規録音音源にも注目。

演奏: Vox Poetica(ヴォクス・ポエティカ)、ソフィオ・アルモニコ 他

リュートの音色は想像とはちょっと違うものだった。「ペーン、ペーン」という張りのある音ながらどこか間の抜けた調子もあって(それは調弦中だからかもしれないが)、音そのものは中近東の楽器を連想させるところがある。あるいは、意外に琴のような東洋の響きに通じるものもある。

リュートの音は画中の女性と一体化し、絵を見ながら聴いていると、ほんとうに絵から音が流れてきているように感じられてくる。静寂のなかで弦が弾かれるたびに発せられる乾いた音が、静かな水面に石を投げ入れたときのように、小さな波紋となって広がっていく。瞑想的な気分になる。

静かだから音が際立つのか、シンプルな音が広がるから静けさが余計に増すのか。主と客の関係性が怪しくなり、因果がもつれて定かではなくなる。そんな境地に浸れるのも、フェルメールの絵なればこそだと思う。

新しいか古いかということでいえば、やはり古風な音色ではある。だが、フェルメールの音世界は心安らぐ世界である。

平穏であること——それは昨今の私たちを取り巻く事情を鑑みれば、ごく貴重なものといっても過言ではない。尋常ならざる台風が毎週のように襲来したり、大きな地震で経験したことのない事態に追い込まれたり、自然災害でなくても信じられないような人物が大国のリーダーとなって世界に混乱をもたらしたり。いやはや、とても心休まるどころではないではないか。フェルメールの人気がこうまで高まるのは、もしかしたら、そんな現実世界に嫌気がさしている人が多いせいかもしれない。

それを現実逃避というなかれ。小市民が小さな自分の世界を守るためにできる、ささやかな抵抗なのである。初めは宗教画を描いていたフェルメールが、あるときからもっぱら小市民ばかりを描くようになったのも、じつは同じような状況があったためかもしれない。

展覧会情報
フェルメール展

会期: 2018年10月5日(金)~2019年2月3日(日) ※日時指定入場制
会場: 上野の森美術館
公式サイト: https://www.vermeer.jp/

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藤田令伊 アートライター

アートライター、大正大学非常勤講師。単に知識としての「美術」にとどまらず、見る体験としての「美術鑑賞」が鑑賞者をどう育てるかに注目し、楽しみながら人としても成長できる...

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