「平均律」って何? バッハの傑作を紐解く

この「平均律」を聴きたい3選――「平均律クラヴィーア」の奥深い魅力に迫る

読みもの
2019.07.23

ピアノ学習者にとっては、定番の教材ともいえるバッハの「平均律クラヴィーア曲集」。もちろん楽曲としての完成度も非常に高く、深い森に分け入っていくような魅力のある曲集です。
前回は、ジャズピアニストであるキース・ジャレットが挑んだ、ライヴ盤、スタジオ盤についてご紹介しました。今回はクラシックのピアニストたちが録音した名盤についてご紹介。一見ピンと来ないワード、「平均律」についても解説します。

ナビゲーター
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター
飯田有抄
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飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

「平均律クラヴィーア曲集」3選

前稿では、ジャズ・ピアニストであるキース・ジャレットが、真摯に向き合った「平均律クラヴィーア曲集」についてご紹介しました。
ここではクラシックの演奏家によるいわゆる名盤とされている録音についても、ご紹介しておきましょう。

タチアナ・ニコラーエワ

1984年。キース・ジャレットの録音と同時代の作品。ピアノで表現する「平均律」として、詩情あふれる深い作品理解を表現しています。
現在のピアノ演奏の傾向からすると、若干音の立ち上がりの音がキツい感じもしますが、それに捉われずに、音色の豊かな変化を楽しみたい録音です。上述の嬰ハ短調のフーガの詩情は比類のないものです。

グレン・グールド

「楽譜からすると、普通そう弾かないよね……」と言いたくなるような、グールドだから許されるオリジナリティあふれる解釈。超速の前奏曲、揺れるテンポ、歯切れの良すぎるフーガなどなど。たびたび重なるグールドの歌声も聴きどころの1つか。いい意味で、こんなにお手本にしてはならない演奏は、もう現れないだろう。

ティル・フェルナー

1972年ウィーン生まれのティル・フェルナーは、93年のクララ・ハスキル国際コンクールの優勝者として注目された。アタック(音の立ち上がり)が全体的に柔らかで、残響も豊かな録音。だが、音色の幅は豊かで、第5番の前奏曲など、とりわけ素早いパッセージや装飾音の羽の生えたような軽やかさは絶品! モダンピアノで聴く理想的な「平均律」の一つだ。第10番変ホ短調で涙してほしい。

「平均律クラヴィーア曲集」について

クラシック音楽ファンにもJ.S.バッハが好きな方はかなり多いと思うが、「管弦楽組曲」や「ブランデンブルク協奏曲」などの管弦楽曲、「マタイ受難曲」や数多くの「カンタータ」などの宗教曲、オルガンのために書かれた作品群など、バッハの音楽には数々の入り口がある。
また、多くのジャズ・ミュージシャンもバッハの作品をジャズにアレンジして演奏しているため、そこからバッハを知ったという人も少なくないはずだ。

バッハによる「平均律クラヴィーア曲集」第1巻の直筆の表紙。音楽を学ぶ生徒の教材として、また高い演奏スキルをもつ者の気晴らしに良い、と書いてある。

ところで、最初に「平均律クラヴィーア曲集」からバッハの音楽に入ったという人は、どのくらいいるだろう。わりと少ないかもしれない。というのも、「平均律」という日本語タイトルにあるこの言葉が、なんとなく謎めいているというか、近づきがたい印象を持たれるように思うからだ。

バッハはクラヴィーア、すなわちクラヴィコードやチェンバロのような(ピアノが作られるよりも前の)鍵盤楽器のために作った作品は数々あるが、「イタリア協奏曲」や「フランス組曲」や「イギリス組曲」など、お国名を冠した楽しい感じのする作品に比べたら、「平均律」と言われても、ちょっとどうしたら……という気持ちにはならないだろうか。

「平均律」(※注)とは、調律方法の一つである。曲の中で、つぎつぎと調性を変化させても、違和感なく美しく響いてくれる便利な調律の仕方だ。バッハは1オクターブの12音を主音とする長調・短調、つまり24の調性を網羅した曲集を書こうと思った。全調がほどよくきれいに響く調律方法があるなら、ひとつのまとまった曲集を作ることが可能なのだ。

ただし、バッハがこの曲集につけたドイツ語のタイトルを注意深く見てみると、Das Wohltemperirte Clavier、つまり「うまく調律されたクラヴィーア」としか言っていない。「平均律」なんて書いていない。当時はまだ「平均律」が現在ほど一般的ではなかったようなのだが、少なくともバッハは「全調に対応できるように“うまく”調律された」鍵盤楽器を想定していたと思われる。この曲集が日本にもたらされた時、だれかが「だったら当然“平均律”でしょ」ということで、このように翻訳してしまったのだろう。それが定着したことになる。

というわけで、この曲集はそもそも、鍵盤楽器を学ぶ人の教育的な曲集として(だから日本でも、ピアノのを習っている人たちは「教材」として比較的早く出会うことになり、「平均律」という言葉を、この曲集を指して使うことが多い)、1722年に第1巻が、1742年頃に第2巻が完成された。1巻も2巻もそれぞれ、24の調性を網羅しており、一つの調性につき「前奏曲」と「フーガ」がセットになっている。だから、CDなどではそれぞれトラック分けされていると、1巻だけで、(前奏曲+フーガ)×24の調性で48トラック。それが2巻あるので、96トラックという、結構な聴き応えのあるアルバムになる。

(※注)

ある音からその1オクターヴ高い音までを、均等に12の音で分割する方法。現代のピアノは通常平均律で調律されている。ピアノの鍵盤を思い描いていただければわかりやすいと思うが、ドから1オクターブ高いドまでの間には、白鍵と黒鍵合わせて12個の音がある。
本当はオクターブ内の音を12で割り切ることは数学的にムリなのだが、少しずつ妥協して均等化をはかることで、どの調を弾いても違和感を与えない。
しかし、厳密に言うと平均律では本来の音と音のハーモニーの純正な美しさは損なわれている。極めて美しく響かせる純正律や中全音律などの音律があるが、それらは鍵盤楽器のようにあらかじめ弦の音の高さが固定された楽器では、調性が変わると美しく響かなくなってしまうのだ。

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