バレンボイムが6月に来日~「3か月ピアノだけに向き合った」ベートーヴェン
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
「過去50年間なかった」ピアノと向き合う時間を経て
ダニエル・バレンボイム(1942〜)ほど、偉大な過去と密接に結びついている人はいない。
フルトヴェングラーやエトヴィン・フィッシャーやナディア・ブーランジェからバトンを受け継ぎ、思想家エドワード・W・サイードと共同作業を行ない、指揮者・ピアニストの両面にわたって、彼ほど広大な音楽宇宙を包括している人が、他にいるだろうか?
そんなバレンボイムが、ロックダウンされた状況にあってとった行動が、ベートーヴェンの32曲のピアノ・ソナタに向き合い、5度目の全集をレコーディングすることだった。
録音:2020年4月(CD11)、2020年5月~6月(CD1~10)ベルリン ピエール・ブーレーズ・ザール/1958年3月(CD12&13)ニューヨーク RCAスタジオA
国内盤:MQA-CD、UHQCD、グリーン・カラー・レーベルコート、生産限定盤、13枚組(UCCG-40116/28)
録音会場は、ベルリンのピエール・ブーレーズ・ザール。ステージを客席がぐるりと取り囲む楕円形の室内楽ホールで、観客と演奏家の密接で新たな関係を作り出す画期的な建築であり、音響設計においても最先端の技術が使われている。
この未来的ホールにひきこもって、バレンボイムはひたすらベートーヴェンのピアノ作品との対話を続けた。「ピアノを弾くことだけに3か月もの時間を費やしたことは、過去50年間なかった」とバレンボイムは振り返る。
この演奏の特徴は、思索的で、誇張がなく、ゆとりに満ちていることである。とにかくスケールが大きい。それでいて、変に構えたようなところもなく、自然体で、音楽の深みをじっと見つめるような、内向的な演奏でもある。
耳を傾けていると、バレンボイムが孤独な状況のなかで、生きた言葉としての音楽を思いのまま感興にのせて、融通無碍に自由に語っているという感じがする。
ベートーヴェンは壮大でドラマティズムが強く、劇場的
この6月には、いよいよバレンボイムのピアニストとしての久しぶりの来日公演が行なわれる。それを踏まえて、4月12日にはバレンボイムのベルリンの自宅と東京の会場をリモートで結んだ記者会見が行なわれた。
冒頭あいさつでバレンボイムは、まずこう述べた。
バレンボイム「(こうして)みなさんのところでお話しできることを、とてもうれしく思っています。日本には数限りない思い出があります。1966年に最初に行ったコンサートは、かなり昔のことになりますが、今でもはっきり覚えています。1984年にはピアノ・リサイタルを、1987年にはベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会を行ないました。
理由はさまざまですが、なぜこれほどまでに日本が印象深く、私の好きな国であるかというと、それはコンサートにいらっしゃる皆さまが、ただイベントに来るというのではなく、非常に強い関心と、本当に真摯な、まっすぐな気持ちで、いらしていただける。つまり、そこに“意義”を認めていらしていただけるということなのです。
今回私はベートーヴェンのソナタだけを演奏します。東京で2回、最初のソナタを4つと、最後の3大ソナタを。その後、大阪と名古屋にも参ります。
このコロナの時期に大切なことは、もちろん、あらゆる手段を講じて健康を守り……そして経済も大切な課題かもしれません。しかしながら、その中にあって、文化、精神世界を決してなおざりにしてはいけないということを申し上げたいと思います。そういった中で、日本でこの機会を設けていただけたことを、非常に喜ばしく思っております」
私からは、こんな質問をしてみた。
——ベートーヴェンのソナタには、特に晩年は変奏曲やフーガのような要素が多く含まれます。バッハの場合、変奏曲やフーガは「永遠」といった感じがありますが、ベートーヴェンの場合はもっと「人間的」な感じがすると思うのです。その違いについてどう思われますか?
バレンボイム「バッハとベートーヴェン、そのものが違います……音楽の世界が違います。ベートーヴェンの変奏曲やフーガ、特にピアノ・ソナタ第29番《ハンマークラヴィーア》に見られるものは、その規模が壮大だということです。大変にドラマティックでもあります。
しかし同時にこれらは、バッハがあったからこそ存在し得たことも忘れてはなりません。キャラクターがまったく違う両者のフーガ……ベートーヴェンの場合はドラマティズムが強く、劇場的ということもできるかもしれません。こういった要素は、バッハでは見られないものです。興味深い質問をありがとうございます」
*
音による「壮大」な「ドラマ」であるということ——。
そこには、オペラ指揮者としてもワーグナーを中心に長く実績を積んできた、バレンボイムならではのベートーヴェン解釈ということもあるだろう。
80歳を前にして実現する今回の来日公演は、これ以上ない貴重な機会となる。
東京公演「ベートーヴェン ピアノ・ソナタの系譜」
6月3日(木)19:00開演 サントリーホール プログラム A
6月4日(金)19:00開演
サントリーホール プログラム B
大阪公演「後期三大ソナタ」
6月7日(月)18:30開演
フェスティバルホール プログラム B
名古屋公演「後期三大ソナタ」
6月9日(水)18:45開演
愛知県芸術劇場コンサートホール プログラム B
出演: ダニエル・バレンボイム(ピアノ)
プログラム:
A「最初のソナタ」
ピアノ・ソナタ第1番 Op. 2-1
ピアノ・ソナタ第2番 Op. 2-2
ピアノ・ソナタ第3番 Op. 2-3
ピアノ・ソナタ第4番 Op. 7
B「後期三大ソナタ」
ピアノ・ソナタ第30番 Op.109
ピアノ・ソナタ第31番 Op.110
ピアノ・ソナタ第32番 Op.111
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