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2019.09.04
2019年9月20日公開映画『レディ・マエストロ』

「女性は指揮者になれない」の常識を打ち破ったパイオニア、アントニア・ブリコの半生を描く映画『レディ・マエストロ』

演奏家や作曲家として活躍する女性の数を考えると、いまだに女性指揮者は多いとはいえません。しかし、かつては「女性は指揮者になれない」のが当たり前の時代がありました。

そんな時代に強い信念で常識を打ち破り、女性指揮者のパイオニアともいえる存在になったひとりの女性の半生を描いた映画『レディ・マエストロ』。同じ働く女性として共感と尊敬を込めて、岩崎由美さんが紹介してくれました。

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岩崎由美
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岩崎由美 ジャーナリスト、フリーアナウンサー

東京生まれ。上智大学卒業後、鹿島建設を経て、伯父である参議院議員 岩崎純三事務所の研究員となりジャーナリスト活動を開始。その後、キャスター、レポーターとしてテレビ、ラ...

©Shooting Star Filmcompany-2018

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映画の記事を20年以上書いてきて、特に心惹かれるのは、ヒューマンドラマやドキュメンタリー、そして音楽にこだわった作品。それが音楽や音楽家がテーマならなおさらだ。今回ご紹介する映画『レディ・マエストロ』は、実在した女性指揮者の物語である。

女性の指揮者というのは極めて少ない。めちゃくちゃカッコいい西本智美さんは、男装の麗人のように美しく、私の見る限りいつもタキシード姿。尊敬されるリーダーとして、常に毅然としていないと団員がついてきてくれない世界なのだろう。

映画『レディ・マエストロ』は、女性指揮者のパイオニアとも言えるアントニア・ブリコの実話を下敷きにつくられた作品だ。女性の指揮者がほとんど存在しなかった時代、指揮者になりたいと夢を描き、自分の力でその座をつかみとった。周りからは「かなえられるわけがない」と嘲笑されたが、けっしてあきらめず、1930年ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者としてデビューを果たす。その後も、女性だけのオーケストラを結成するなど、常識を打ち破り続けた女性である。

アントニア・ブリコ(1902-1989)

物語は、1926年、彼女がニューヨークのコンサートホールで客席案内係をしていたところから始まる。どうしても指揮者になりたいという夢を持ち、ナイトクラブでピアノを弾いて音楽学校へいく学費をかせぎ出し、恋人に引き留められても自分のルーツであるアムステルダムに行き、ベルリンでようやく指揮を教えてくれる人に出会う。

彼は彼女に「1人の女性が100人の男性の楽団員を従える。焦っているところを見せないよう汗をかくな。民主主義ではダメだ、専制君主になれ」と指導する。彼女は「女性の生み出す音楽なんて、聴くに堪えないだろう」と蔑視する観客たちに、一矢を報いることができるのか……。

映画を彩る音楽家たちと名曲の数々

劇中、実在の人物がたくさん登場する。オランダを代表する指揮者ウィレム・メンゲルベルク、ベルリンで指揮を教わることになる名指揮者カール・ムック、そして彼女が最初に音楽に魅せられたきっかけを作ったシュヴァイツァー。私たち日本人には医学博士としてのイメージしかないが、実は音楽学者であり、オルガン奏者でもあった。

そして、全編を通して流れる名曲の数々。冒頭にメンゲルベルクが指揮しているのはマーラー「交響曲第4番」、サロンで歌っているのはビゼー《カルメン》、それからドビュッシー《夢》、ストラヴィンスキー《火の鳥》、ガーシュウィン《ラプソディ・イン・ブルー》、彼女のベルリン・フィル・デビューの曲はドヴォルザークの「アメリカ組曲」など、自分のお気に入りの曲を劇中で探すのも楽しい。

音楽を深めるための言葉も散りばめられている。「曲の深みを理解するためには、つくった人を知らずには弾けない。」「感情を押さえていては、よい音楽は奏でられない」「音楽を支配したいわけではない。溺れたい」などなど、なぜ、感動する音楽と、そうでないものがあるのか門外漢の私にも理解できる。

アントニア・ブリコは、指揮をすることがすごく好きだった。だけど門戸が閉ざされている。それでもあきらめず挑み続ける。愛している人に結婚を申し込まれても音楽の道を歩むために断る。しかもその恋人はセレブ。私だったら、きっと断れないだろうなぁ。イヤイヤ、申し込んでもらえない(笑)。

彼女は、指揮者になるために全人生を捧げた。どの世界でも、道を切り開いてきた女性たちは、かつてすべてを捨てて邁進した。それは音楽の世界にとどまらない。日本の働く女性たちも同様、キャリアアップするために家族を持つことをあきらめ、たとえ結婚しても子どもを産まなかった。さまざまなものを手放し、男性と同じように働くために、同じ土俵に立つために、そういう選択肢を選んできた。

私が20代の頃、指導してくれた女性編集長は、「由美さん、これからの女性は働きながら結婚もする。子どもも産む。そういうのがカッコいいのよ。だからちゃんと結婚をして子どもも産みなさい」と諭してくれた。

そして今、仕事をしながら家庭を持ち、子どもを産むのは当たり前の世の中になった。世の中は相変わらず男性優位社会ではあるけれど、活躍する女性が「社会の抵抗や反発には慣れっこ」という時代は終わりをつげ、働く女性の未来への可能性は広がりつつある。

ブリコに続き活躍する女性指揮者たち

アントニア・ブリコ没後30年。今も限りなく狭き門ではあるが、女性指揮者として活躍している人たちがいる。

2005年に女性として初めてハンブルク州立歌劇場の総支配人になったシモーネ・ヤング。彼女は同年、ウィーンフィル管弦楽団を女性指揮者として初めて指揮した。ロサンゼルス・フィル初の女性首席客演指揮者でありヘルシンキ・フィル初の女性常任指揮者を兼任するスザンナ・マルッキ、オーストリア放送響初の女性常任指揮者マリン・オールソップや、バーミンガム市響初の音楽監督ミルガ・グラジニーテ=ティ―ラ。日本では、フランスのブザンソン指揮者コンクールで女性で初めて優勝したアンサンブル・フォルテ指揮者の松尾葉子さん、そして最近話題の三ツ橋敬子さん。アントニア・ブリコのような先駆者がいてくれたおかげだろう。改めて女性指揮者の演奏を聴いてみたい。

私も働く女性の一人として先人に感謝し、敬意を払い、今の環境を当たり前とせず、精進する心を常に忘れずに努力を続けようと心に誓ったのである。

公開情報
映画『レディ・マエストロ』

©Shooting Star Filmcompany-2018

配給:アルバトロス・フィルム

9月20日(金)Bunkamuraル・シネマほか全国公開

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岩崎由美
ナビゲーター
岩崎由美 ジャーナリスト、フリーアナウンサー

東京生まれ。上智大学卒業後、鹿島建設を経て、伯父である参議院議員 岩崎純三事務所の研究員となりジャーナリスト活動を開始。その後、キャスター、レポーターとしてテレビ、ラ...

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