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2022.11.19
日曜ヴァイオリニストの“アートな”らくがき帳 File.35

「物」と「音」をスクラップブックに貼り付けた大竹伸朗

日曜ヴァイオリニストで、多摩美術大学教授を務めるラクガキストの小川敦生さんが、美術と音楽について思いを巡らし、“ラクガキ”に帰結する連載。今回は東京国立近代美術館で開かれている「大竹伸朗展」で出会った「物」と「音」のコラージュ作品。「美術館自体をスクラップブックにしてしまったのではないか」と語る魅惑の世界を紹介してくれました。

小川敦生
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

「大竹伸朗展」会場風景。エレキギターが描かれた作品は《ストラト》(1975年)

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東京・竹橋の東京国立近代美術館で開かれている「大竹伸朗展」に出かけると、思わぬ「音」に出会う。大竹伸朗は、ヴェネツィア・ビエンナーレなどの国際美術展やドイツの芸術祭ドクメンタに出品するなどの経歴を持つ国際的な現代美術家である。

《スクラップブック #68 /宇和島》(2014.2.14–2016.5.25)展示風景

大竹の代表的な表現手法として挙げられるのは、コラージュだ。この展覧会でも、雑誌の切り抜きなどを無数に貼り付けた大きなスクラップブックが多く出品されていた。中には重さが10キロを超える巨大と言ってもいいものもある、迫力のある展示だった。そんな大竹が、「音」をどのように作品に取り込んでいるのか。本記事でぜひお伝えしたい。

「大竹伸朗展」会場風景。会場入り口入ってすぐのところ。手前の作品は《男》(1974-75年、富山県美術館蔵)

「物」が伝える楽しい音楽の記憶

会場の入り口を入ると、まず最初になかなか強烈なインパクトを持つ、少々うらぶれた、しかし、いい味を出した人形型の作品が立っている。そのすぐ後ろには、エレキギターを描いた作品が展示されていた。

「大竹伸朗展」会場風景。エレキギターが描かれた作品は《ストラト》(1975年)

エレキギターを作品に登場させるのは、大竹の一つの基本的な表現形式と見られる。会場を歩くと、本物のエレキギターをコラージュの素材にした作品も散見された。

2012年にドイツのカッセルで開かれた芸術祭「ドクメンタ」に出品された《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》は、小屋をスクラップブックのように使ってさまざまなものをコラージュした立体作品だ。若い頃大竹が人生経験にと自ら働きに出た北海道・別海の牧場があった地域の農協の看板が貼り付けられているかと思えば、雑誌の切り抜きのようなもの、落書きのような絵も貼られており、小屋の外観を見ているだけでもうきうきしてくる。中を覗くと、エレキギターやスピーカーがあることが視認できた。

《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》部分(2012年)展示風景
《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》部分(2012年)展示風景
コラージュされた看板に書かれている農協のある「別海」は、大竹が雑誌のルポ記事を読んで「体験したい」と高校卒業後1年間を過ごした北海道の牧場があった場所だ
《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》部分(2012年)の中を覗くと、ギターやスピーカーがあることが視認できる

小屋の中のエレキギターは人感センサーによって自動演奏をする仕組みを持っているというが、常に音を出しているわけではない。しかし、楽器がそこにあるというだけで、音楽を愛する者は何となくうれしくなってくるものではないだろうか。レコード盤を重ねた作品もあった。レコード盤は、ターンテーブルの上に置いて針を載せて回さなければ音楽は聴こえてこない。しかし、大竹の作品を見ていると、レコード盤という存在自体が人々に伝えてきた音楽の楽しみを感じることができた。レコード盤に馴染みのない世代が見た時にどう感じるのかも聞いてみたいものである。

「大竹伸朗展」会場風景。手前のレコード盤を重ねた作品は、《時憶/フィードバック》(2015年)

人は皆、それぞれの記憶の蓄積の上で生きている。エレキギターにしてもレコード盤にしても各人各様の異なる記憶があるだろう。ただし、これらの素材はおそらく多くの人には、いい思い出を呼び起こす役割をはたしてくれるのではないだろうか。頭の中で呼び起こされる音はきっと皆違うのに、何か幸せな共感ができる。レコード盤はそんな素材なのではないか。

形ある物と等しく並ぶ「音」

この展覧会には、「音」というテーマを立てた章がある。実は、普段東京国立近代美術館で開かれている展覧会では、企画展示は1階のスペースのみで完結するのが常なのだが、この展覧会の「音」の章は、2階のコレクション展示のスペースを独立する形で使っていた。それゆえ、「音」の章は、格別の存在感を放つ空間になっていた。
 
中でも、強いインパクトを放っていたのが、《ダブ平&ニューシャネル》という作品だ。これもまた、コラージュ作品である。さまざまなものが立体のステージにぎっしりと貼り付けられたり配置されたりしており、エレキギターやドラムもあった。そのステージと客が向き合った背後には、人一人が入るほどの大きさの小部屋がある。そこでステージ上の音を制御することができるような仕組みになっているのだ。
 
プレス内覧会の当日は、大サービスで大竹さん自身がその中に入ってステージ上からさまざまな音を出していた。そしてわかったのが、「音」も間違いなくコラージュの素材だということだった。
《ダブ平&ニューシャネル》(1999年、公益財団法人 福武財団蔵)展示風景
《ダブ平&ニューシャネル》部分(1999年、公益財団法人 福武財団蔵)展示風景
《ダブ平&ニューシャネル》コントロールブース(1999年、公益財団法人 福武財団蔵)を操作して、ステージから出す「音」を制御する大竹伸朗
こうした「音」のコーナーを大竹が個展で設置するのは、今回が初めてだという。しかし大竹は、1982年の初個展よりも前にロンドンでサウンド・パフォーマンスに参加し、東京でもバンド活動をしていた。
 
大竹は、武蔵野美術大学を卒業した1980年にアーティストのラッセル・ミルズの個展を見るためにロンドンに赴き、そのミルズの誘いで音楽を交えたライヴ・パフォーマンスに参加する。そのパフォーマンスの間、ステージ上では音楽が鳴っていたのだが、大竹の身体にはその音は音楽というよりも「響き」として入ってきたという。
 
この展覧会で展示されている《ダブ平&ニューシャネル》は、そんな経験を積み重ねる中で、自動演奏をする無人バンドとして制作した作品だった。1999年に東京の世田谷美術館で、2000年にKPOキリンプラザ大阪で行なわれたライヴ・セッションなどに参加したほか、演奏を収録したCDも制作されている。
 
さらには、こんなエピソードもある。大竹は初めてロンドンに行った1977年、こわもてのイラン人の男と一時同居していた。言葉が通じない中で、その男は毎晩遅く帰ってきて、ラジオをすごい音量で鳴らしていたという。大竹はとても迷惑に思っていたのだが、その男が退去した後、今度は逆に大竹はラジオが欲しくなって、なけなしの金をはたいて買ったそうだ。そしてそのラジオから聞こえてきたのが、パンクロックやレゲエなどの音楽だった。大竹が持つ唯一のオーディオ機器から聴こえてくる音楽は貴重だった。一時冷めていたロックに対する熱が再燃するきっかけになったという。
《スクラップブック #59 /宇和島/ロンドン》(1999.12.13–2000.8)展示風景
スクラップブックの背表紙にエレキギターを貼り付けた作品
大竹は美術家としての活動を始めてからも常にロンドンのパフォーマンスに端を発する「音」が体の中でうごめき、コラージュの素材にしてきた。それは、形のある物質と形のない「音」を等しい扱いで構成材料としてきた、大竹独特の表現だったのである。
 
大竹はこの展覧会で東京国立近代美術館自体をスクラップブックにしてしまったのではないか。その中に身を置くと、コラージュされた無数の物や音に埋もれる快感に浴することができる。
Gyoemon《うわいおりんのネコラージュとしての自画像》

大竹さんが住んでいる宇和島に敬意を表して、筆者の愛するヴァイオリンを「うわいおりん」とさせていただきました。ネコラージュの猫はいつも眠っているので、ネズミさんも安心です。それにしても、こんなヴァイオリンがあったら、欲しくなりますよね。
展覧会情報
大竹伸朗展
 
会場 東京国立近代美術館
 
会期 2022年11月1日〜2023年2月5日
※愛媛、富山に巡回予定
 
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小川敦生
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

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