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2022.06.03
大塚直哉レクチャーコンサート「バッハ“平均律”前夜~月明かりのもと書き写した楽譜たち~」

青年バッハは勉強熱心だった~大塚直哉にきく「バッハ“平均律”への道」

2018年から2022年にかけて、「大塚直哉レクチャー・コンサート」で取り組まれてきたバッハの“平均律”。2月に全2巻48曲を完奏したシリーズの番外編として、7月に彩の国さいたま芸術劇場で、『平均律クラヴィーア曲集』が生み出される前の修行時代のバッハに着目した公演が行なわれる。
若きバッハが書き写して勉強したとされる作品や、“平均律”に繋がっていく作品を、チェンバロ奏者・大塚直哉の演奏とお話で楽しみ、さらに当時の紙やペンの様子、古楽器に使われた羊皮紙などについて、ゲストのお話も聞ける。
“平均律”やバッハをもっと知りたい人にぜひおすすめしたいこの公演について、大塚直哉さんにお話を伺いました。

ONTOMO編集部
ONTOMO編集部

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

photo:横田敦史

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バッハの修業時代

——バッハが10代のころ熱心に研究した作曲家・作品にはどのようなものがありますか?

大塚 次男のC.P.E.バッハは、若い頃父が夢中になっていた作曲家として、フローベルガー、ケルル、それから”カノン”で有名なパッヘルベル、ブクステフーデや、イタリアの天才フレスコバルディらの名前を挙げています。

またリューネブルクの学校の寄宿舎に入ってからは、同じ建物に住んでいた、フランス人のダンス教師トマの指導のもと、フランスの舞曲に親しんだり、その町にいた大オルガニスト・ベームからも大きな影響を受けていると考えられます。

そんなわけで、中部・北ドイツから外に出ることはなかったと言われているバッハですが、しかし音楽の面では、南ドイツ、フランス、イタリアといった具合に、おどろくほど広い地域の音楽を熱心に勉強していたようです。

月明りの下で兄の楽譜を書き写したエピソード

——そんな勉強熱心なバッハの姿を現すエピソードを一つ、教えてください。

大塚 バッハの伝記を読むと、まだ10歳になったばかりくらいのバッハが、人々が夜寝静まるのを待って、小さな手を戸棚の格子から差し入れ、お兄さんの楽譜を取り出して月明かりの下で夢中になって書き写していた、なんていうエピソードが伝えられています。もっとも、そのために晩年目を悪くしてしまったのかもしれない、とも言われていますが。

“平均律”に見られる他の作曲家からの影響

——『平均律クラヴィーア曲集』にも、バッハが若い時から受けてきた他の作曲家からの影響を見ることができるということですが、大塚さんは演奏されていてどのようなことを感じられますか?

大塚 例えば、直接的なところでは、南ドイツのフィッシャーの作品からテーマをそっくり拝借しているフーガがいくつかあります。また、北ドイツのブクステフーデらの華麗な鍵盤技術を思わせるパッセージがあるかと思うと、装飾音や和声の美しさから同時代のフランスのクラヴサン音楽の影響が聞こえてくることもあります。

また、とくにフレスコバルディやその弟子のフローベルガーらの作品にみられるような、イタリア由来の美しいしっとりとした対位法と、新しい世代のヴァイオリン音楽を思わせる、跳躍の多いパッセージを組み合わせた対位法の対比もとても魅力的です。

大塚直哉:東京藝術大学大学院チェンバロ専攻、アムステルダム音楽院チェンバロ科およびオルガン科修了。アンサンブル・コルディエ、バッハ・コレギウム・ジャパンなどのアンサンブルにおける通奏低音奏者として、またチェンバロ、オルガン、クラヴィコードのソリストとし て活躍。また、こうした古い時代の鍵盤楽器に初めて触れる人のためのワークショップを全国各地で行なうなど、後進の育成とバロック音楽の普及にも力を注い でいる。現在、東京藝術大学音楽学部教授、国立音楽大学非常勤講師。宮崎県立芸術劇場、彩の国さいたま芸術劇場のオルガン事業アドヴァイザーを務める。アンサンブル・コルディエ音楽監督。 NHK-FM「古楽の楽しみ」案内役として出演中。公式HP http://utremi.na.coocan.jp/

青年期の作品からは「やんちゃな」バッハも聞こえてくる

——バッハの長兄ヨハン・クリストフが編纂したとされる楽譜集に、バッハの青年期の作品が含まれているということで、今回の公演でも演奏されますが、実際に弾かれてみてどのようなことを感じられましたか?

大塚 まず驚くのは、取り組んでいるジャンルの幅広さと、完成度の高さです。

例えば手鍵盤のためのトッカータや、オルガンのためのパッサカリアのような、現在でもバッハの名曲として弾かれる作品も、すでにこのヨハン・クリストフ編の楽譜集に含まれています。

この楽譜帳が書き込まれたころのバッハはおそらく20代、考えてみるとあらためてすごいなと思います。また同時に、もっと後のバッハの作品とは違った「やんちゃ」なところも聞こえてくるのが面白いです。

——今回の公演の聴きどころ、見どころを教えてください。

大塚  今回は、“平均律”前夜、ということで、“平均律”のような「体系的な」曲集が生まれる前の、勉強して影響を受けたり、いろいろな実験をしてみたり、というような若き日のバッハの作品を中心に、またバッハが書き写したと思われるマルシャンとか、フローベルガー、ベームなどの鍵盤作品も取り混ぜながら、チェンバロやポジティフ・オルガン、クラヴィコードによる演奏をお送りする予定です。

そして、その間には、羊皮紙研究家の八木健治さんとのトークも楽しんでいただこうと思います。

大塚直哉レクチャー・コンサートでは、これまで“平均律”全2巻48曲をポジティフ・オルガン(左)とチェンバロ(右)の両方で聴き比べてきた©横田敦史

「書く」ことを通じて「音楽」をしているような美しい楽譜

——ゲストの羊皮紙研究家の八木健治さんとのトークでは、どのようなことを取り上げられるのですか?

大塚 さきほどご紹介した、幼いバッハが月明かりの下でいろいろな作曲家の作品を書き写しながら勉強した、というエピソードにヒントを得て、「書き写す」バッハに注目してみたい、ということで当時の紙とか筆記具に詳しい方を探していて出会ったのが、八木健治さんなのです。

バッハは『平均律クラヴィ―ア曲集』第1巻の美しい「浄書譜」を残しています。これは以前に作曲したものを清書しているはずなのですが、機械的な筆写ではなく、「書く」ことを通じて「音楽」をしているのでは、と思わせるような美しい楽譜です。

バッハが使っているのは高価な羊皮紙ではなく、植物由来の「紙」ですが、そういった当時の「紙」や「筆記具」の事情を八木さんに伺いながら、「書き写す」バッハの姿に想いを馳せたいと思っています。

そこから、もしかすると“平均律”の中にたくさん溶けているはずの、バッハの学んだ先輩音楽家たちの音楽からの影響も、また違った風に聞こえてくるかもしれないと期待しています。

 

大塚直哉レクチャー・コンサート バッハ“平均律”前夜~月明かりのもと書き写した楽譜たち

日時:2022年7月3日(日) 14:00開演

会場:彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール

出演:大塚直哉(ポジティフ・オルガン、チェンバロ、クラヴィコード、お話)

ゲスト:八木健治(羊皮紙研究家)

料金:全席指定 2,200円

曲目:ブクステフーデ:前奏曲 ト短調 BuxWV 163/J. S. バッハ:カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに」BWV 992/J. S. バッハ:トッカータ ニ長調 BWV 912/マルシャン:組曲 ニ短調 より、ほか

詳細はこちら

大塚直哉が彩の国さいたま芸術劇場のガルニエ作ポジティフ・オルガンで演奏したCD『J.S.バッハ 平均律クラヴィーア 第1巻』が発売 [WAON RECORDS WAONCD-380/381]
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