イベント
2020.01.31
2月28日 若手クリエイターによる公開試演会

新作の日本語オペラをめぐる試行錯誤には“カメラータ”が必要なのか?

まったくオリジナルの台本、新しい楽曲で、若手クリエイター4組が日本語のオペラをつくっていく試みがある。その制作のプロセスでは、どのような悩みや議論があるのだろうか。

ナビゲーター
林田直樹
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林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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オペラに日本語は不向きか?

私たちは日本語の話者である。日本語でものを考え、日本語に反応し、日本語の歌を心底愛している。日本語の演劇を楽しんでいる。

であるなら、日本語のオペラの名作が生まれて当然ではないか。

だが、1952年の團伊玖磨《夕鶴》初演以来、世界中で繰り返し上演されるスタンダードと言うべき日本語オペラの名作が、いま果たしてどれほどあるだろうか?

よく言われるように、オペラに日本語は不向きなのだろうか?

やはり日本人作曲家のオペラであっても、英語やドイツ語で作ったほうが、いいのだろうか?

いや、そんなことはないはずだ……。

 

実は、これはアジアに共通の問題でもあるらしい。

たとえば、韓国では自国語オペラの創作を後押しする「世宗(セジョン)カメラータ」という先行事例があり、人材の育成に一定の成果を収めているという。

このカメラータというのは、17世紀初頭にフィレンツェで歴史上初めてオペラが生み出される原動力となった、知識人や芸術家たちの集まりのことである。

 

オペラは、あらゆる舞台がそうであるように、個人の作業だけで閉じてはいない。

さまざまな人々が出会い、刺激し合い、ときには議論を戦わせる、一種の磁場のなかからオペラは生まれてくる。芸術を生み出す揺籃となるような創造的な集まり(=カメラータ)が必要なのだ。

そうした考えのもとに、2018年に開始されたのが、文化庁の委託事業として昭和音楽大学が制作している「日本のオペラ作品をつくる~オペラ創作人材育成事業」である。

いろいろな発声が同居してもよい“声の芸術”へ

このプロジェクトは、作曲家と台本作家の協働を、作曲家や歌手や演出家など、豊富な経験あるファシリテーターが継続的にサポートし、議論を進めながら作品を高めていこうとするものだ。3年間にわたるワークショップを経て、新たな日本語オペラの完成へと向かう

これまでのワークショップでは、台本の練り直しや試演会を重ねつつ、多くの議論が、ファシリテーターと、台本作家や作曲家との間で、活発に行なわれてきた。

現在、このプロジェクトのメイン・ファシリテーターは作曲家の池辺晋一郎さん。オペラのみならず、映画やテレビドラマや声楽・劇作品まで、数多くの楽曲において、これまで日本語とクラシック音楽の問題に最も切実に向き合ってきた一人である。

メイン・ファシリテーターを務めるのは、作曲家の池辺晋一郎さん。©長澤直子
ファシリテーターの郡愛子さん(声楽家/日本オペラ協会総監督)。©長澤直子
ファシリテーターの齊藤理恵子さん(劇団青年座/演出家)。©長澤直子
アドバイザーの李建鏞(イ・ゴニョン)さん。作曲家で、前述した韓国・世宗カメラータの創設者である。©長澤直子

これまでのワークショップでも刺激的な発言をされているので、その一部をご紹介しよう。

「自分は、オペラというのは欧州で生まれたあの様式だけを言うのではないと常に主張している。歌舞伎も能もオペラであり、文楽は人形オペラである。インドネシアのワヤン・クリ(影絵芝居)もそうだし、京劇やミュージカルも……演劇的なものと音楽が一体となったものはすべてオペラであると思いたい。

(中略)オペラとは、どんな形態をとっていても『声の芸術』である。日本には偉大な先達がいる。世阿弥(1363-1443/室町時代に活躍し、能の様式を確立した)である。世阿弥の思想は、今のオペラにも生きるものだと思っている。このように幅広く、総合的にオペラを捉えたいと思う」

「新しいオペラのあり方として、日本語のオペラとしては、ひとつの作品にいろいろな発声がキャラクターによって同居していてもよいと考えている。プロジェクトを組むのは難しいが、方向性として目指してもよいと考えている。

オペラをつくる際には、言葉、発声、オーケストラなどさまざまな要素があるが、結局何が大切かといえば、すべてキャラクターをつくるため、色をつくるために考えることである。最終的には劇的な空間を作ることが目的で、そのために、歌舞伎や能もみんなオペラなのだという持論をこのまま続けていくつもりである」(池辺晋一郎さん)

新作オペラをつくる若手クリエイターたちの試行錯誤

今回のプロジェクトで制作過程を共有し、試演会を重ね、ワークショップの対象となっているのは、以下の4つの新作オペラ。すべて若手のクリエイターによるものだ。

《あなにやし―古事記外伝―》(作曲:茂木宏文 台本:山口茜)

作曲の茂木宏文(右)と台本の山口茜。©長澤直子

《咲く ~もう一度、生まれ変わるために》(作曲:竹内一樹 台本:宇吹萌)

作曲の竹内一樹(左)と台本の宇吹萌。©長澤直子

《ヒメアザミ》(作曲:永井みなみ 台本:中屋敷法仁)

作曲の永井みなみ(左)と台本の中屋敷法仁。©長澤直子

《父から継いだオペラハウスを1年で黒字化する10の方法》(作曲:藤代敏裕 台本:重信臣聡)

作曲の藤代敏裕(右)と台本の重信臣聡。©長澤直子

台本はすべてオリジナル(有名な原作からの翻案ではなく!)で、時代劇の要素を取り入れたものから、近未来SF風なもの、コメディタッチなものなど、テーマはさまざま。楽曲も実験的なものからミュージカル風の親しみやすいものまで、多彩である。

ワークショップでは、若手クリエイターの側からも活発な発言があった。たとえば、作曲家の茂木宏文さんからは、こんな興味深い疑問も。

「作曲をしていて、ここは歌ではなく台詞としてしゃべって欲しいという部分がある。だがオペラ歌手は台詞をしゃべるときに歌うようになってしまうこともある。どのようにアプローチすればよいのか?」

作曲家の藤代敏裕さんからは次のような疑問が。

「作曲において、もらった台本から、かなり繰り返しの言葉を増やしたり、語呂を合わせたりと手を加えた。そのあたり、どの程度、作曲家が踏み込んでいくべきか?」

もちろん、ファシリテーターは意見を言うけれども、これだけがただ一つの正解、というような解決方法が示されるのではなく、いろいろなやり方があるに違いない。

むしろ、こうした迷いや試行錯誤を明確化することにこそ、大きな意味がありそうだ。

オペラのみならず、そもそも舞台は、結果としての本番よりも、往々にして、リハーサルや稽古(=過程)が面白かったりするものである。

私たち聴き手も、出来上がった完成品や保証された結果ばかりを求めるのではなく、生まれたばかりの新しい未知のもの、あるいは迷いながら生まれようとする未完成の過程に興味を持ち、それを共有するという意識を、もっと持ってもいいのではないだろうか?

料理は厨房が面白いのと同じ道理である。

初年度の試演映像によるプレゼンテーション(第2回公開)。©長澤直子
郡愛子さんの指導による歌手たちの実演(第6回)。
能楽師の清水寛二さんと創作する回も設けられた(第3回)。
ファシリテーターと新作のあり方について議論される(第7回)。©長澤直子

来たる2月28日(金)は、昭和音楽大学ユリホールにて、上記の4作品の試演会(各20分程度の抜粋)が行なわれ、翌年度にオペラ作品として完成させる1作品が選定される。入場無料。事前申し込み不要。

生まれようとする新しい日本語オペラの4つの萌芽を聴いてみるのも、刺激的な体験となりそうだ。

※公演は開催中止になりました

文化庁委託事業 2019年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業
「日本のオペラ作品をつくる 〜オペラ創作人材育成事業」第Ⅱ期公開試演会

日時: 2020年2月28日(金)17:00開演 ※公演は開催中止になりました

会場: 昭和音楽大学 南校舎5F ユリホール

料金: 入場無料/事前申し込み不要

主催: 文化庁、昭和音楽大学

企画協力: 日本オペラ振興会

詳しくはこちら

 

ナビゲーター
林田直樹
ナビゲーター
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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