ロベルト・アラーニャ〜人間好きのスター・テノールが40年燃やし続ける歌への炎
この6月に、なんと18年ぶりの来日公演を行なうテノールのロベルト・アラーニャ。抒情的かつ情熱のほとばしる歌声で世界中のオペラ・ファンを魅了し続けるトップ・テノールです。ウィーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場など世界の超一流の歌劇場で活躍を続けるアラーニャが、今回、日本の聴衆のために歌ってくれるのは、今年没後100周年を迎えているプッチーニのプログラム。まさにスペシャルな一夜になりそう。そんなアラーニャが、今回のリサイタルについて、また自身のキャリアについてたっぷりと語ってくれました。
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
プッチーニは「自然な人間性」を表現している
———あらゆるレパートリーを歌っているアラーニャさんですが、プッチーニの音楽の持つ魅力について教えてください。
アラーニャ 世界でもっともよく上演されるオペラを5つ選ぶとしたら、その中に《蝶々夫人》《トスカ》《ラ・ボエーム》の3つが入ってくることは確実でしょう。なぜそれほどまでプッチーニの作品が愛されているのか。それは、その音楽が非常にモダンであり、ある意味映画的で、直接聴衆の心に触れるからでしょう。神話や歴史的な人物などが登場する物語ではなく、素朴なごく普通の人々のお話なので、自然な人間性を表現しているのです。
——今回のプログラムには、「誰も寝てはならぬ」や「星は光りぬ」などの有名なアリアはもちろんのこと、《妖精ヴィッリ》や《エドガール》といった初期作品のアリアが含まれています。こうしたあまり上演機会の少ない作品を入れてみようと思ったのはどうしてですか。
アラーニャ 今年はプッチーニの没後100年なので彼に捧げるコンサートにしようと考えました。私の40年のキャリアの中で、プッチーニを歌わなかった年はありません。それくらい、私にとって重要な作曲家です。プッチーニの作品には、あらゆるタイプの感情を表現する曲があります。今回私は、作曲された時系列でアリアを歌っていく予定ですが、ひとりのテノールがさまざまな感情を表現するアリアを一晩で歌うこの演奏会は、とても興味深いものになると思います。
——プッチーニ作品に登場するキャラクターの中で、もっともご自身に近い人物をあげるとしたら誰になるのでしょう。
アラーニャ 若い頃はやはり《ラ・ボエーム》のロドルフォに自分を投影していたところがあります。最初の妻は、私が29歳の時に病気になり、30歳の時に亡くなりました。その頃はボヘミアン的な生活をしていて、希望や歌う喜びはあるけれどお金がない、というものでした。ですから、ロドルフォと少し似た人生を歩んでいたと思います。
ほかには《つばめ》のルッジェーロに自分を投影していたこともあります。ちなみに《つばめ》はプッチーニ作品の中ではあまり重要ではないと考えられがちですが、決してそうではない、偉大な作品だと私は考えています。
キャラクターの人生を考えることが重要
——オペラの登場人物の中には、良い人もいれば悪い人もいます。例えば《蝶々夫人》のピンカートンは、私たち日本人女性からすると「ちょっと勘弁してほしい」という男性なのですが、こういうよくない行動をとってしまう人物を演じるときに工夫されていることはありますか。
アラーニャ 物語上の役割として良い人、悪い人というのはいますが、その人個人に焦点を当てれば、人間として良い面も悪い面もあるはず。ですから、いつもその役柄のポジティブな面を探すようにしています。ピンカートンは15歳の蝶々さんと偽りの結婚をしますが、彼自身も20歳そこそこの、それほど成熟していない若者だったのではないか。そう考えると、彼のことを一方的に裁くことはできないのではないでしょうか。
確かに蝶々さんは最後に死を選ぶという運命を迎えますが、そのことでピンカートン自身も傷ついている。彼が決して心のない人ではない、ということはプッチーニの音楽が物語っているのです。
結婚に反対する叔父のボンゾには宗教的な理由がありましたし、女衒のゴローもそうしないと生きていけなかったのかもしれない。それぞれの人にはそれぞれの人生がある、ということを考えることが大切なのだと思います。
——そうした解釈が、演出家とぶつかることはないのでしょうか。
アラーニャ オペラの舞台では、歌手や演出家が自分の役柄に対するビジョンを持ち寄り、意見が違う場合には話し合って決めていきます。
以前フランコ・ゼフィレッリ演出の《アイーダ》に出演した時、ゼフィレッリはラダメスのことを「軍人としてロクでもない行動をとる、クズ野郎だ」と言ったんですが、私は《アイーダ》がエジプトにおける《ロメオとジュリエット》であり、ラダメスが高貴な心の持ち主であると反論しました。
彼が軍の秘密を漏らしたのは、そうしたくてしたわけではないし、裁判でも最後までアイーダのことを言わなかった。彼はいろいろな人に裏切られるのに、誰にも復讐しようとせず最後はひとりで死んでいくことを選んだのだから、とても高貴な心の持ち主なんだ。それは最初のアリア「清きアイーダ」にも表れていると主張したら、ゼフィレッリも納得して、私のプランに賛成してくれたんです。
——舞台を拝見していても、アラーニャさんが演じるとそのキャラクターが(例えばピンカートンのような人でも)魅力的に見えてくるのですが、お話を伺っていて、それはアラーニャさんご自身がとても愛にあふれている方だからだと感じました。
アラーニャ 妻からも「あなたはいつも人をかばっている」と言われるんですが、基本的に私は人間が大好きなんです。誰かが何か良くない行動に出る時があっても、それはなぜそうするのか、と考える習慣があります。その人がそうするにはきっと理由があるはず。私はそれを許していきたいんですね。
これは私が文学が好きなことと関係があると思いますし、また、若い頃に歌っていたキャバレーでたくさんの人を観察して、それを演奏に活かしてきたことも大きいかもしれません。誰かと仲良くなるのが得意なので、人は、私のことを昔から知っているかのように感じてくれるのです。
キャリアを保ち続ける秘訣
——アラーニャさんの声は、年齢を経てもまったく変わりなく艶やかですが、具体的に声を保つためにしていることはありますか。
アラーニャ できる限り明るい声で歌うようにすることです。過去の偉大な歌手たちを聴いても、長くキャリアを続けている人はみんな明るい声をしているんです。若い頃にはもう少し暗い声を出していたことがあるんですが、そういう暗い声、成熟した声を出そうとすると、声が歳をとってしまうということに気がつきました。それからは、可能な限り明るい声で歌うことを続けています。
——ずっと第一線で活躍するための秘訣は何なのでしょう。
アラーニャ 勉強です! 勉強と仕事を続けること。もちろん健康も大切ですね。キャリアの中では何度か難しい時期がありましたが、それを、自分が良くなる方向に役立てる、つまり糧にすることが大事だと思います。だから、キャリアを保つ秘訣は何かと問われれば、それは勉強と、そして情熱だ、と答えます。最初にこの仕事を始めた時、私は自分の魂の中で炎が燃え盛るのを感じたのですが、40年経った今でもその炎はますます燃え続けています。
THE GREAT PUCCINI プッチーニ没後100周年 スペシャル・プログラム
日時 2024年6月9日(日)
会場 サントリーホール 大ホール
出演
テノール: ロベルト・アラーニャ
指揮: 三ツ橋敬子
演奏: 東京フィルハーモニー交響楽団
プログラム(予定)
《妖精ヴィッリ》より「幸せに満ちたあの日々」「第2幕の間奏曲《夜の宴》」
《エドガール》より「快楽の宴、ガラスのような目をしたキメラ」
《マノン・レスコー》より「栗色、金髪の美人の中で」「何とすばらしい美人」「第3幕への間奏曲」「ご覧下さい、狂った僕を」
《ラ・ボエーム》より「冷たい手を」
《トスカ》より「星は光りぬ」
《蝶々夫人》より「間奏曲」「さらば、愛の家」
《西部の娘》より「やがて来る自由の日」
《修道女アンジェリカ》間奏曲
《トゥーランドット》より「誰も寝てはならぬ」
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