インタビュー
2024.08.06
8月9日(金)公開! アンヌ・フォンテーヌ監督にインタビュー

《ボレロ》を軸に作曲家ラヴェルの頭の中のサウンドまで美しく描く映画『ボレロ 永遠の旋律』

20世紀クラシック・シーン最高のヒット作《ボレロ》と、作曲家モーリス・ラヴェルを主人公にした映画『ボレロ 永遠の旋律』が日本公開されます。「ラヴェルのアセクシュアルな傾向にむしろ惹かれた」と語る本作の監督アンヌ・フォンテーヌさんは、どのように作曲家と作品の世界を描いていったのでしょうか。本作にとある役で出演! もしている人気ピアニスト、アレクサンドル・タローの秘話も伺うことができました。

取材・文
東端哲也
取材・文
東端哲也 ライター

1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...

映画『ボレロ 永遠の旋律』より

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《ボレロ》が作曲家ラヴェル自身を超えてしまった……?!

——若き日のココ・シャネルを主人公にした『ココ・アヴァン・シャネル』(2009年)や第二次世界大戦後のポーランドで傷ついた修道女たちを救おうとする女医の姿を描いた『夜明けの祈り』(2016年)など、監督は実話を基にしたヒューマン・ドラマの名手として知られています。

本作は単なるモーリス・ラヴェルの伝記映画ではなく、20世紀が生んだクラシック・シーン最大のヒット曲《ボレロ》の誕生秘話にフォーカスして、天才作曲家の内面世界を感覚的に描いた作品になっているところが最高ですね……と、言いますのもラヴェルは“恋多き男”だった同時代のドビュッシーとは対照的に生涯独身で、緻密な作風から冷静沈着で内向的なイメージ。奔放な恋愛遍歴や“愛憎”を自分の芸術に昇華していくようなタイプのアーティストではないので、およそ主人公には向かないキャラクターだと思いますので……。

アンヌ・フォンテーヌ監督(以下A.F) そう。ラヴェルが誰かとすぐに肉体関係を持つようなキャラクターではないところが、むしろ私の興味を惹きました彼のような「アセクシュアル(※恋愛感情の有無に関わらず、他人に性的欲求を抱かない性)」なセクシュアリティの持ち主から、《ボレロ》のような、まるでベッドシーンを思わせる、オルガスムスを体現しような官能的な作品が生まれたことが面白い。

アンヌ・フォンテーヌ ©Marcel Hartmann
1959年7月15日、ルクセンブルク生まれ。1980 年代に女優としていくつかの作品に出演したのち、『Les Histoires d'amour finissent mal... en général』(93)で監督デビュー、ジャン・ヴィゴ賞を受賞した。ヴェネチア国際映画祭で金オデッラ賞を受賞した『ドライ・クリーニング』(97)、ココ・シャネルの半生を描きアカデミー賞衣裳デザイン賞にノミネートされ
た『ココ・アヴァン・シャネル』ほか、その他の主な監督作品にはナオミ・ワッツとロビン・ライトを主演に迎えた『美しい絵の崩壊』(13)、『ボヴァリー夫人とパン屋』(14)、『夜明けの祈り』(16)などがある。
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A.F しかも本人はこの作品のインスピレーションを工場の機械のリズムから得ているので、セクシャルな要素何も意図してい、曲を依頼したダンサーのイダ・ルビンシュタインがリハーサルで披露したエロティックなバレエに激怒してしまう。作品が作者自身を超えてしまうのです

——おまけにラヴェルを演じているのがとてもハンサムでセクシーなラファエル・ペルソナなの素敵ですね(笑)。

そして本作ではドリヤ・ティリエが魅惑的に演じる作曲家のミューズミシアがとても重要な役として登場します。ミシア・セールはラヴェルに詳しいクラシック・ファンにとっては、歌曲集《博物誌》の「白鳥」とバレエ曲《ラ・ヴァルス》を献呈された人物として知られていますが、ここではそれ以上の大きな存在として描かれています

A.F ミシアとラヴェルが親しい関係だったのは記録からも事実だと思いますが、2人のシーンは私がロマンティックに創作したものです。

ミシアを演じたドリヤ・ティリエとラヴェル役のラファエル・ペルソナ

A.F 彼女のキャラクターにフォーカスしたのは、ラヴェルの私生活が秘密のベールに包まれていて、彼が女性とも男性ともいわゆる古典的な恋愛関係を築いたとは断定できず、その“不可能さ”を、一定の距離を置き、お互いの深入りを意図的に避けることを繰り返す、2人のエレガントな関係性うまく表現できると思ったから。

そしてラヴェルが音楽の力を、性愛エロティシズムの代用として人生の中で作用させている、その“神秘”を描きたかったからなのです。

ド・トゥールーズ=ロートレックが描いたピアノを弾くミシア・セール。プルースト、ルノワール、ドビュッシー、ジッド、そしてラヴェル……ミシアは数多くの芸術家のミューズだった

▼ミシアに献呈されたラヴェルの2作品。歌曲集《博物誌》~「白鳥」と《ラ・ヴァルス》

宿敵、風景、音、そしてダンス……ラヴェルの周りのさまざまなものを美しく描いた映画

——またファンにとってラヴェルのピアノ演奏(手の部分)担当しているフランスの名ピアニスト、アレクサンドル・タローが、ラヴェルの作品を徹底的にこきおろす“天敵”ともいえる音楽評論家ピエール・ラロの役を、実に憎々しく(見事に)演じているのも衝撃的でした。

ピエール・ラロは、高名な作曲家エドゥアールを父にもつ音楽評論家。ラヴェルに対しては終生批判的で、辛辣な批評を数多く残している。ちなみにさすがのラロも、ラヴェルが5回目の挑戦となるローマ賞コンクールを予選の段階で落とされ本選に進むことができなかった時は彼を擁護したとか

A.F アレクサンドルにはラファエルのピアノ指導もお願いしたり、モンフォール=ラモーリーにあるラヴェルが実際に晩年の16年間を過ごした「ル・ペールヴェデール」荘での撮影許可に力添えをいただいたりと本当にお世話になりました。

彼から小さい役でもいいから出演したいと申し出があって、あの役を提案しました。私からは少し声を低めにしては…とアドバイスしたくらいで特に何も演技指導はしていません。才能ですね…フランスでの公開時もクラシックに詳しい方でもあれが彼だと気がつかなかった人が多かったみたいです(笑)。

実在の音楽評論家ピエール・ラロを演じたピアニストのアレクサンドル・タロー(右)

——「ル・ベルヴェデール」荘で、実際に彼が使用していたピアノを演奏するシーン素晴らしかったです! あの家の趣味の良い調度品やインテリア、みどりに溢れた庭のたたずまい、家政婦のルヴロ夫人(ソフィー・ギルマン)とのやりとりなど、すべてが美しかったです。

——そして創作に行き詰まったラヴェルが滞在する海辺の別荘、ミシアと歩く波打ち際のシーンも。

A.F  海辺のシーンはラヴェルの生まれ故郷であるスペイン国境に近い港町のイメージですが、実際はブルターニュ地方で撮影したものです。

——また冒頭の工場のシーンしかり、時計のコチコチや鳥のさえずり、風の音といったラヴェル作品の源である、劇中のさまざまなサウンドがとても印象的でした。

A.F 彼が目にしたであろう風景と同様に、彼が耳にしたであろう音、そして頭の中で鳴っていたであろうサウンドを描くのも、私が本作でやりたかったことなのです。

——もちろん、元女優でダンサーの経験もある監督だけに、劇中のダンスシーンは必見です!

A.F モーリス・ベジャールと仕事をしたこともあるベルギーの振付家とイダ役のジャンヌ・バリバールと一緒に創作しジャンヌが代役なしで踊った初演《ボレロ》の撮影は自分のキャリアにとっても忘れられない想い出になりましたが、元パリ・オペラ座のエトワール、フランソワ・アリュが生命力を爆発させるような跳躍で生き生きと踊る《ボレロ》もお見逃しなく。

映画はラヴェルの死で幕を閉じますが決して哀しいだけのエンディングではないのでどうかご期待ください。

ロシア出身のダンサーで、ラヴェルに《ボレロ》を委嘱したイダ・ルビンシュタインを演じたのはジャンヌ・バリバール
映画『ボレロ 永遠の旋律』
公開情報
映画『ボレロ 永遠の旋律』

2024年8月9日(金)TOHOシネマズ シャンテ ほか全国順次公開

 

監督:アンヌ・フォンテーヌ 『ココ・アヴァン・シャネル』、『夜明けの祈り』

出演:ラファエル・ペルソナ、ドリヤ・ティリエ、ジャンヌ・バリバール、ヴァンサン・ペレーズ、エマニュエル・ドゥヴォス

BOLERO/121分/フランス/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/字幕翻訳:松岡葉子

配給:ギャガ

© 2023 CINÉ-@ – CINÉFRANCE STUDIOS – F COMME FILM – SND – FRANCE 2 CINÉMA – ARTÉMIS PRODUCTIONS

公式HP:https://gaga.ne.jp/bolero

取材・文
東端哲也
取材・文
東端哲也 ライター

1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...

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