ダンサー・柄本弾の自己探究——バレエを「踊る」だけではない「つなげる人」へ
東京バレエ団のプリンシパルを長らく務め、近頃ではメディア出演にも積極的なダンサー柄本弾。
音楽との関わりから、バレエ団全体のこと、世間とバレエとのつながりなど、さまざまな考えを実行に移し、成果をあげる柄本に話を聞いた。
岩手県出身。地元の大学で美術を学び、23歳で上京。雑誌『ロッキング・オン』で2年間編集をつとめたあとフリーに。ロック、ポップス、演劇、映画、ミュージカル、ダンス、バレ...
東京バレエ団、37年ぶりにリニューアルした『くるみ割り人形』
東京バレエ団の『くるみ割り人形』が37年ぶりにリニューアルされる。
少女マーシャが体験するクリスマスの夢と冒険の物語は、世界中のバレエ団の冬の風物詩だが、今年創設55周年を迎える東京バレエ団にとっては、カンパニーのルーツともいえる重要な作品だ。
正式な団体名に「チャイコフスキー記念」を冠する東京バレエ団は、1960代に開設された「チャイコフスキー記念東京バレエ学校」を母体とし、ロシアバレエに源流をもつバレエ団として活動をスタートさせた。そのとき初めて上演されたのが『くるみ割り人形』だったのだ。
バレエ学校は4年で閉校したが、舞台監督の佐々木忠次が存続を委託され「東京バレエ団」として復活する。プロのバレエ団として1972年に初演した『くるみ割り人形』は、ヨーロッパ各国をめぐった海外公演でも上演を重ね、好評を得ている。
メインのダンサーはトリプル・キャストで、東京バレエ団のプリンシパルが踊る。初日の12月13日の「くるみ割り王子」は、2008年に入団して以来、トップを走り続ける柄本弾。本番に向けて新演出の稽古が進むなか、インタビューを行なった。
オーケストラとの共演は驚きとハプニングの連続!
「新しい『くるみ割り人形』は、音楽そのものはチャイコフスキーでほとんど変わっていませんが、装置や衣装はすべて変わります。長く踊り続けてきた従来の版に、芸術監督の斎藤友佳理が新しい演出をつけています。稽古もいよいよ大詰めです」
バレエは音楽と切り離せないアート。毎回オーケストラとの共演では、どのようなことが起こるのだろう?
「『くるみ割り人形』で大きなハプニングが起こったことはないですが……オーケストラで心に残っているのはモーリス・ベジャール振付の『第九交響曲』をズービン・メータさんの指揮でイスラエル・フィルと共演したときのことですね(《奇跡の響宴》2014年)。地面が震えるような、底から響く音楽が忘れられません。オーケストラも、リハーサルと本番では違うこともあるのでダンサーとしては大変なんですが、素晴らしい演奏を肌で感じながら踊るというのは特別な経験です。テンションも上がってきますし、よりいいものをお客さんに届けたいと思うようになるんです」
東京バレエ団のダンサーには特別な音楽性が求められる。クラシック・バレエを基礎に、ベジャール、ノイマイヤー、キリアンといった現代振付家のユニークな舞踊言語も表現する。特に東京バレエ団のレパートリーの重要な柱となるベジャールは、ストラヴィンスキーの『春の祭典』『火の鳥』『ペトルーシュカ』をはじめ、前述のベートーヴェン『第九交響曲』や、ギリシアの民族音楽にもバレエを振り付けている。委嘱作品である『ザ・カブキ』は黛敏郎の作曲で、東京バレエ団の海外公演では熱狂的に迎えられる。主役の由良之助は柄本の当たり役だ。
「今年はウィーン国立歌劇場とミラノのスカラ座、ポーランドの劇場で『ザ・カブキ』をやりましたが、特にウィーンでは珍しく一幕が終わるまでずっと緊張していました。客席からの視線が熱かったですね……ウィーンもミラノも芸術の街だと思いました」
背中で引っ張れ!――今の自分ができるまで
京都市出身。バレエを始めたのは兄と姉が地元のスタジオで習っていて、母親と送り迎えをしていたことがきっかけだった。
「母が子どもの頃にバレエを習いたかったのに果たせなかったので、兄と姉に夢を託したんです。兄もバレエダンサーになり、姉は宝塚歌劇団に入団しました。僕が好きだったのは、本番でお客さんから喝采をもらえる瞬間だったんです。本番での達成感があるから練習を続けられましたが、子どもの頃はさぼってばかりでしたから、もう少し早く練習の大切さに気づくべきだった(笑)。東京バレエ団に入ろうと思ったのは、たまたま通っていたスタジオに元プリンシパルの高岸直樹さんが発表会のゲストで出てくださって、ワークショップなどもされていたからなんです」
2008年に入団して以来、華のある存在感とずば抜けた表現力で多くの主役を演じてきた。その中でも柄本自身に大きなインパクトを与えたのは、2015年に踊ったベジャールの《ボレロ》だった。
「《ボレロ》の“メロディ”は以前から踊りたかった役ですし、当時は他にも、いろいろな主役をやらせていただくことがあって、自分も少し天狗になっていて(笑)『やっと来たぜボレロ!』みたいなところがあったんですが」
0:47~からが柄本の踊る《ボレロ》のメロディ役
「今まで、あの円卓を囲んで踊っていた自分が、その上で踊るというのはまったくの“異空間”の経験でした。あの段差分以上に違う世界があって、他の作品と違って選ばれた人しか立てない場所だと思った。だけど、初めて踊ったときは野外ステージで雨が降っていて床は滑るし、始まって1分半くらいで落ち込んだんですよ」
「でも、そのときに気づいたのは、自分の出来がよかろうが、悪かろうが、いい舞台に与える影響はそんなに大きいことではない。一人の努力よりも、みんなで同じ方向を向いて強い舞台を作ろうと思ったほうが、圧倒的にいい舞台になると思ったんです。だから主役だけが頑張る、コールド・バレエ(群舞)だけが頑張るというのは意味がない。
初めて《ザ・カブキ》をやったとき、まだぺえぺえでしたが、指導をしてくださった高岸直樹さんに『背中でみんなを引っ張れ』と教えられました。実際に先頭に立ったとき、それを知ることができたんです」
入団から11年。生え抜きの「東京バレエ団っ子」の柄本だが、同年代の新しいプリンシパルが次々と入団し、同じ主役を踊るケースも多くなった。
「彼らとはいい関係です。うまいし、盗めるところは盗んで、いい刺激を与えあっていると思います。仲も良くて、休みの日に一緒にご飯を食べたり、一時期は一緒に旅行もしていました(笑)。僕自身は、主役を踊り始めた頃よりも、今のほうがだいぶ楽ですね。自分がやらなきゃならないことがはっきりしているんで。
プリンシパルの中では上野水香さんの次に、男性ダンサーの中では一番長くなってしまった。昔と違って、自分の踊りだけを考えているわけにはいかない。バレエ団をひっぱっていくことを考えなければならないと思っています。バレエ団の本番がよくなるために何をしなければならないか、ということをつねに考えて行動しています。それが少しずつ、自然にできるようになってきました。
昔はスランプに陥るとシャットダウンしてしまって、周りをピリピリさせていましたから……『話しかけるな』オーラを振りまいて。若かったですね(笑)」
舞台での柄本弾をデビュー以来観てきたライターとして、このインタビューで彼に会うまで、どういうパーソナリティの持ち主なのか想像できなかった。プレッシャーに強く、どんな課題も乗り越えていく、すごい精神性の持ち主だということは知っていた。
ジョン・ノイマイヤー振付の『ロミオとジュリエット』を東京バレエ団で初演(2014年)したとき、技術的にも体力的にもハードなロミオ役を見事にこなした柄本は、天性のダンサーだと思った。一言では表せないが、大きな「愛」のようなものを内側に抱えている。表現する人間に必要な炎のようなものが彼にはあるのだ。
メディアへの出演で、多くの人にバレエを知ってほしい
10月からスタートしたNHK Eテレ『旅するフランス語』では、「旅人」としてナビゲーターを務める。習い始めたばかりのフランス語で体当たりのコミュニケーションをし、トゥールーズ現地のバレエ団のレッスンを受けたり、ラグビーチームに参加したり(!)、宇宙開発ステーションで無重力を体験したりする姿に、バレエファンは意外なスター・ダンサーの一面を見た。
「ダンサーなので、人前でしゃべることはすごく苦手だったんです。でも、メディアに出るようになって、緊張する場面が減りました。緊張が邪魔に感じられるというか……適度な緊張は必要なんですけどね。テレビを見た人が『バレエダンサーってこういう人なんだ』『バレエを観てみたいな』と思ってくれるきっかけになれればいいと思っています。今30歳で、これまでずっとバレエに育ててもらいましたから、今度は僕がバレエに恩返しをしたい。バレエを踊るだけじゃなくて“つなげる人”になりたいんです」
人として、表現者としてどう生きるべきか。ダンサー柄本弾の自己探求の旅は終わらない。
【東京公演】
日時/キャスト:
12月13日(金)19:00
川島麻実子(マーシャ)/柄本 弾(くるみ割り王子)
12月14日(土)14:00
沖 香菜子(マーシャ)/秋元康臣(くるみ割り王子)
12月15日(日)14:00
秋山 瑛(マーシャ)/宮川新大(くるみ割り王子)
会場:東京文化会館
【京都公演】
日時/キャスト:
2019年12月22日(日)14:00
川島麻実子(マーシャ)/柄本 弾(くるみ割り王子)
会場:ロームシアター京都 メインホール
【横須賀公演】
日時/キャスト:
2019年 12月24日 (火) 18:30
沖 香菜子(マーシャ)/秋元康臣(くるみ割り王子)
会場:よこすか芸術劇場
音楽 :ピョートル・チャイコフスキー
台本 :マリウス・プティパ(E.T.Aホフマンの童話に基づく)
改訂演出/振付 :斎藤友佳理(レフ・イワーノフ及びワシーリー・ワイノーネンに基づく)
舞台美術 :アンドレイ・ボイテンコ
装置・衣裳コンセプト :ニコライ・フョードロフ
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