ドロテ・ジルベール〜音楽に身も心も動かされる。それが踊るということ
世界最高峰のバレエ団、パリ・オペラ座のエトワールとして輝き続けるドロテ・ジルベール。8月3日、エアウィーヴ特別協賛「ル・グラン・ガラ2023」千秋楽開幕前のひととき、劇場にお邪魔してバレエと音楽についてうかがいました。
踊りと音楽がひとつになる〜エトワールの役づくり
——お会いできて嬉しいです。今回のガラで踊られた『赤と黒』、『ル・パルク』、『マノン』、『うたかたの恋 マイヤーリンク』の4作品は、いずれも短編小説のようなドラマ性があり、音楽もマスネ、モーツァルト、リストとバラエティに富んでいました。
ドロテ 音楽は、私にとってインスピレーションの源です。音楽から生まれた感情をお客さまに伝える、そのことはつねに意識しています。だから、音楽が美しく、心を動かされる作品が好きですね。たとえば『ロミオとジュリエット』、『白鳥の湖』……今回踊った『ル・パルク』のモーツァルトの音楽も本当に美しい。あくまで私個人の好みですが。
——今回、ドロテさんが踊られた『ル・パルク』のパ・ド・ドゥは、モーツァルトの「ピアノ協奏曲23番」第2楽章に振り付けられています。夢のような“フライング・キス”のシーンが有名ですけれど、音楽と踊りがとても自然に、ぴったりとひとつになっていますね。
ドロテ ええ。自然で流れるような振付です。男性と女性がいて、まるで日常のシーンのようにナチュラルに始まる。トウシューズも履かないし、振付もさほど複雑ではないので、お客さまもきっと自分でも踊れるんじゃないかと思えるくらい(笑)。
——いや、思わないです!(笑)
ドロテ 踊っていても心地いいんですよ。
——あのように、音楽とひとつになるためには、どのようにリハーサルを重ねるのでしょうか。
ドロテ 振りを音楽に合わせていくことと、パートナーと息を合わせていくという2段階のステップがあり、それぞれの段階において役柄に合う感情表現を探していきます。あとは、動きの美しさを磨いていくわけなのですが……。
——感情表現については、エトワールとなると任されるのですか? 振付家からはどのようなアドバイスがあるのでしょうか。
ドロテ 振付家によりますね。もう振付家がこの世にいない古典作品の場合、アウトラインは継承されていますが、あとはそれぞれの個性で演じていきます。同じ作品でも、ダンサーが一人ひとり自分なりの表現をすることが許されている。そこが面白いところだと思います。
——『ル・パルク』のパ・ド・ドゥは、少しもの悲しいピアノソロで始まります。あのシーンは、女性が男性に「どうにかして」とお願いしているように感じるんですけれど……。
ドロテ あのパ・ド・ドゥは、実は「身を委ねる」ということがテーマなんです。女性が男性に身を委ねようとする。でも、冒頭のあの音楽は、悲しみというよりも、まだ控えめで、彼に対して心を完全に開いていない、というふうに私は感じます。彼に近づきたいけれど、一歩引いたような気持ちとでもいいましょうか。
——そうだったのですね。モーツァルトの音楽の中に含まれていたドラマが、目の前に現れたようで、見ていて胸が痛くなります。
ドロテ 『ル・パルク』は、ステップの一つひとつが、音楽にとても忠実につくられているのです。一方、『うたかたの恋 マイヤーリンク』(以下『マイヤーリンク』)のパ・ド・ドゥなどは、振付のアプローチはかなり異なっています。
音楽を聴くことで、その世界に入っていける
ドロテ 一方で、『うたかたの恋 マイヤーリンク』(以下『マイヤーリンク』)のパ・ド・ドゥなどは、振付のアプローチはかなり異なっています。
——『マイヤーリンク』は、ハプスブルク帝国のルドルフ皇太子と、17歳の愛人マリー・ヴェッツェラによる心中事件を題材にした作品で、全編、リストの音楽が使われています。今回のパ・ド・ドゥは、舞台上のドラマを追いかけるのが精一杯で、正直、音楽を聴いている余裕がありませんでした。
ドロテ きれいでも明るくもなく、とても奇妙なフィーリングをもつ音楽ですよね。物語を知っているせいかもしれませんが、どうしても闇を感じてしまう。
——アクロバティックなリフトが多く、マリーがルドルフに銃を突きつけるシーンもあったりして、まるで死と遊んでいるような……。
ドロテ そう。あのシーンでは、マリーはすでに死ぬ準備ができているんです。セクシャルな意味でも何も怖くない、何でも受け入れるよ、という気持ちでルドルフのもとへ来ている。闇を感じさせる奇妙な味わいの音楽は、そんな世界観を創り出しています。
——マリーのような役柄を踊るとき、音楽は表現の助けになりますか?
ドロテ もちろん、すごく大切です。今回のように全幕ではなく、パ・ド・ドゥだけを踊る場合は、いきなりマリーにならなくてはならないので大変なのですが、音楽を聴くことで、その世界に入っていける。音楽はいちばん助けになりますね。
——『マイヤーリンク』と同じくマクミランが振り付けた『マノン』の「出会いのパ・ド・ドゥ」も印象的でした。まさに「運命」を感じさせるメロディと共に、美しい少女であるマノンが、神学生のデ・グリューに手を取られて踊り出すシーンが……。
ドロテ マスネの『エレジー』(悲歌)ですね。あのメロディは“マノンのテーマ”のように、彼女が登場するたび、作品の要所要所に使われています。
音楽のないダンスは考えられません〜入団時から認められ、磨いてきた音楽性
——ドロテさんはこれまで、音楽性を磨くために心がけていらっしゃったことはありますか?
ドロテ 自分で申し上げるのもなんですが(笑)、オペラ座に入ったときから、音楽性が優れていると言われてきたので、音楽性は訓練したということはなく、持ち合わせていたのだと思います。経験を重ねるにつれ、音楽のもつ意味、音楽が演じる役をいかに豊かに彩ってくれるかということを、より深く理解できるようになっていきました。音楽のないダンスは考えられません。
オペラ座では毎シーズン、3〜4年クールで作品を上演していきます。リハーサルが始まる前日に、頭の中でその作品の振りを思い返すのですが、全部は思い出せないこともある。でも、ひとたびリハーサルが始まり、音楽が流れると、振りが全部蘇るのです。
——音楽があれば、自然と踊れてしまうのですね。
ドロテ ええ。おそらく音楽と記憶が結びついて、動きが身体に刻まれているのだと思います。
バレエの舞台を観ていただいたら、音楽そのものの印象が変わるかもしれません
——ふだんはどんな音楽を聴いているのですか?
ドロテ 音楽配信サービスのSpotifyを、ジャンルも選ばず流しっぱなしにしています(笑)。流れてくるものを自然に聴いている感じですね。
——日本では、バレエファンとクラシック音楽ファンが、若干分かれている印象があります。クラシック音楽ファン向けに、バレエの魅力についてひと言お願いできますか?
ドロテ バレエ音楽にも、素晴らしい作品がたくさんあります。ミンクスなどは音楽だけだとちょっと退屈で、お聴きになりたくないかもしれませんけど(笑)。でも、実際に劇場へ足を運んでいただいて、生でバレエの舞台を観ていただいたら、音楽そのものの印象が変わるかもしれません。そして、音楽と身体でこんなに豊かな表現ができるんだと、バレエを観ながら感じていただけたら嬉しいですね。
——優れたバレエは音楽の魅力を何倍にも感じさせてくれますね。今日はありがとうございました。
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