「パリは燃えているか」を作曲した加古隆にきく「映像の世紀コンサート」制作秘話
NHKスペシャル「映像の世紀」は、世界中に保存されている映像記録を発掘、収集し再構成した画期的なドキュメンタリー・シリーズ。臨場感あふれる迫力の映像で、20世紀の人類社会を鮮やかに浮き彫りにしてきた。
これらの映像が大スクリーンに投影され、ステージ上で加古 隆とオーケストラが番組を彩ってきた名曲の数々を生演奏するのが「映像の世紀コンサート」。
毎回、「パリは燃えているか」が演奏されると客席から嗚咽が漏れるという、別次元の衝撃と感動を与えられるコンサートとして、2016年以降、再演を繰り返してきた。
今年はついに音楽の殿堂、サントリーホール公演が実現するということで、音楽とピアノを担当する加古 隆に、通常の映像コンサートとは一線を画すこのコンサートの制作過程や名曲誕生のエピソードをきいた。
東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
音楽と映像がまったく対等の、これまでにないコンサートができるまで
——「NHKスペシャル 映像の世紀コンサート」は、第1部:映像の始まり、第2部:第一次世界大戦、第3部:ヒトラーの野望……といったように、合わせて7部のテーマで構成されており、それぞれのテーマに加古さんが作曲された後に映像編集を行い、ナレーションを付けるという制作過程を踏んでいるとお聞きしています。
それぞれのテーマを作曲される過程はどのようなものだったのでしょうか。映像編集に使う映像をたくさんご覧になって、そこからインスピレーションを得ていかれたのでしょうか?
加古 1995年の「NHKスペシャル 映像の世紀」と2015年の「新・映像の世紀」の番組のために作曲した数々の曲の中から、テーマにふさわしいような曲を選び、ピアノとオーケストラ用にアレンジし直しました。
ピアノ・ソロやデュエット、ブラスだけの編成なども挿入して、まず音楽だけでも大オーケストラ作品としてコンサートで成立するように考えて構成したものを作りました。
次に、その音楽の流れに沿ってNHKサイドが映像を選び出し、編集し直して物語を紡いだものが、コンサートバージョンとして出来上がりました。
このような時間と労力をかけた結果、音楽と映像のどちらが主でも従でもない対等の関係で、しかも生のコンサートでお互いがぶつかり合うという、唯一無二の圧倒的な迫力に満ちたステージが生まれたのだと思います。
“絵画でも映像でも、私は音で「説明する」という手法を使いません”
——視覚は、人間のもつ感覚の中でもっとも情報量が多いものです。パウル・クレーの作品にインスパイアされた作品でも有名でおられる加古さんにとって、目で見る絵画や映像は、ご自身の作曲や演奏にどのような影響を与えるものなのでしょうか?
加古 絵画でも映像でも、私は音で「説明する」という手法を使いません。
例えば絵画ですと、黒だから重低音を使って作曲しようというようなことではなく、色、形、光や影などからハーモニーやリズムを感じたり、音のイメージが生まれたりします。
一枚の絵や画集を見ながら作曲するということではなく、いったん画集などを閉じて、ピアノに向かいます。視覚から詩想として心の印画紙に焼き直しているのかも知れません。
映像は、監督さんや演出家から「コンセプト」や「キーワード」を聞き出すことから始めます。この2点はひじょうに大事な要素なのです。たとえば打ち合わせで「この映画のキーワードは“風”かな」と監督さんがひと言話してくだされば十分なのです。実はその時点ではほとんどの場合、まだ撮影に入る前で、映像自体はできていないことが多いのです。
「パリは燃えているか」が生まれた瞬間のこと
——「映像の世紀」といえば「パリは燃えているか」 。これまでの「映像の世紀コンサート」でも、この名曲に多くの観客が感動の涙を流してきました。この名曲の誕生ストーリーをお聞かせください。
加古 1995年の「NHKスペシャル 映像の世紀」の音楽の初めての打ち合わせで、プロデューサーから次のように言われました。「20世紀100年間の壮大な歴史のうねりを表現してほしい」「放映時間がお茶の間のゴールデンタイムなので、テレビの前の人々に馴染みやすい印象的なメロディーを」。
そこで私が思い描いたのは、「アラビアのロレンス」などの大河ロマン映画のテーマ音楽のようなものでした。
作曲に取りかかって、「これかな?」と気に入ったフレーズが生まれましたが、その時はショパンの「雨だれ」のように静かで哀しげな感じだったので、とても壮大さは感じられず、「ダメだな」と思っていたのです。
ちょうどそこへ、NHKサイドから番組のオープニングに使うという短いCG映像が届きました。それはたくさんの写真のコラージュと、時代を象徴するようにデフォルメされた文字が交錯する、躍動感に溢れた新鮮な映像だったのです。それを何度も見ているうちに、ふと「あの曲をテンポを上げて勇壮に弾いてみたらどうだろう」と思いつき、そこですぐに映像に合わせてみたところ、ピッタリ! だったのです。
映像×音楽で200%を超える圧倒的な感動を
——この「映像の世紀コンサート」は、2016年から2022年にかけてこれまで全10回の公演が行われ、約2万人の観客を集めてこられました。
これまでを振り返って、改めてこのコンサートの魅力や、作曲家・演奏家としてこのコンサートが特別だと感じられる点について、お聞かせください。
加古 普段は音楽のみで100%のコンサートをやっているつもりですが、このコンサートは映像の100%の力と掛け合わされて、200%を超えた圧倒的な感動が押し寄せてくるのだ、と感じています。
音楽にも映像にも言葉という説明はないのですが、だからこそ言葉を超えた心の震える感動が起こるのだと思います。それは私にも想像以上の体験でした。
一方で私自身の音楽体験、クラシック、ジャズ、現代音楽というすべての要素が見事に花開いたコンサートです。我が人生の宝物とも言えるコンサートになりました。
——最後に、現在の世界情勢の中で「映像の世紀コンサート」が開かれる意義について、ご自身のお考えや公演にかける思いをお聞かせください。
加古 音楽には国境も人種もありません。言葉を超えた感動を共有できる、心を通じて分かり合える、目には見えない「言語」なのです。
戦争を繰り返す人間は何と愚かなのか、平和がいかに大切なのか、この地球がいかに美しい惑星なのか、ということをこのコンサートで感じられると思います。
だからこそ、「あなたが想像する以上の感動が待っている前代未聞のコンサート、見逃さないでください!」と言いたいです。
◆東京公演
日時: 2022年6月10日(金)19:00開演
◆長崎公演
日時: 2022年6月26日(日)15:00開演
◆名古屋公演
日時: 2022年9月19日(月・祝)17:00開演
演奏: 加古 隆(ピアノ)、岩村 力(指揮)、東京フィルハーモニー交響楽団〈東京〉、
ナレーション:山根基世
※中高生招待あり(先着)
公演詳細、中高生招待はこちら
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