ベネズエラ発「エル・システマ」相馬市から始動した日本版のいま
福島県相馬市からスタートしたエル・システマジャパン。2012年3月の始動から6年経った現在、大槌町、長野県駒ケ根市、東京へと活動を広げている。その現場の子どもたちや支えている地域の様子、音楽活動の実態をお伺いするため、エル・システマジャパンの東京事務所を訪ねた。
社会運動としての音楽教育
音楽で社会を変えることができる。それを実証したのが、オーケストラや合唱といった音楽活動によって貧困や犯罪から子どもたちを守ろうという、ベネズエラの国家的音楽教育システム「エル・システマ」だ。
南米ベネズエラで1975年にホセ・アントニオ・アブレウ博士(経済学者・音楽家)によって創設され、誰もが無償で参加できる教育システムとして、今や約70の国や地域で実施されている。ドキュメンタリー番組などで世界に紹介され、音楽による社会運動の成功例として関心が高まった。
日本で広く知られるようになったきっかけは、エル・システマで育ったメンバーによる「シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ」の来日公演。演奏者一人ひとりの強烈な個性と躍動感が生み出すパワフルな演奏には、独特の高揚感とエル・システマの底力のようなものがあった。
エル・システマ出身の指揮者グスターボ・ドゥダメル(ロサンゼルス交響楽団音楽監督)による、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラの演奏。
そのエル・システマが私たちの身近でも始まっている。活動を推進しているのは一般社団法人「エル・システマジャパン」。代表理事を務める菊川穣氏は、日本で活動を始めるまでの迷いをこう振り返る。
「エル・システマのことは2008年頃から知っていましたが、日本とベネズエラはあまりにも状況が違いすぎる。教育システムの充実した日本にエル・システマをそのままもってきても機能しないだろう、と思っていました」
3年後、東日本大震災の年の秋に、ユニセフ協会職員として被災地の支援に携わっていた菊川氏は、「東北でエル・システマをやるべき」という言葉に背中を押された。進言したのは、ユニセフ親善大使として被災地を訪れていたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ホルン奏者のファーガス・マクウィリアムス氏だった。氏は、スコットランドで独自のエル・システマの立ち上げに関わった人物。
エル・システマは画一的なものではない、地域の実情に沿って実施すればいいと知った菊川氏は、エル・システマジャパン創設に向けて動き出した。
エル・システマ初の被災地支援という形
日本でエル・システマを実施するには「学校をパートナーとして巻き込まないと実現できない」と菊川氏は考えた。そして、震災前から音楽活動が盛んで実績もあった福島県相馬市と「音楽を通して生きる力を育む」事業の協定書を交わす。こうして世界初の「被災地支援」という形でのエル・システマがスタートした。
まずは小学校への「楽器」と「指導」の支援から始め、学校での週末弦楽器教室へと活動を広げていった。エル・システマの枠組みによって、学校や学区を越えた他校の生徒たちも参加できるのが利点だ。
「ヴァイオリンを練習してオーケストラを作ろうという呼びかけに、いったいどれほどの子どもたちが集まるのかは未知数でした。でもスタートしてみると80人ほどが来てくれた。ヴァイオリンは知っているけれど演奏機会がない、無償でヴァイオリンが習えるならやってみたいという潜在的な興味は、世界共通なのかもしれません」
音楽活動がしたいけれどその機会がない、原発事故による避難生活によって部活動ができなくなった、といった子どもたちとって、エル・システマは心のよりどころとなっていった。
合奏でしか学べないものがある
とはいえ、ヴァイオリンはそう簡単にマスターできる楽器ではない。ゼロからスタートした子どもたちが、なぜわずか2、3年でシンフォニーを演奏できるまでになるのか。
その答えのひとつが合奏だ。楽器習得のためのレッスンはマンツーマンが一般的だが、エル・システマは初期段階から合奏を行なう。
「もともとはベネズエラでの創設当時に指導者が足りなかったという経緯もありますが、合奏ならそれほど弾けなくても曲として成立する楽しさが経験できます。また、自分が弾けていないことも自覚するし、うまい人の演奏を聴くことで練習意欲も湧きます。小学1年生から高校3年生までが一緒に練習するという昔の大家族のような空間で、いい意味での競争も生まれ、子どもたちは各自のペースで自然に伸びていくのです」
エル・システマは、個人レッスンではできない「音楽の中での育ち合い」を促進し、子どもがみずからの力で成長していく教育システムだ。それはスポーツとも少し似ている。
「なぜスポーツではなく音楽なのかという質問を受けることもありますが、スポーツは出場人数が限られているのに対して、オーケストラや合唱は人数がフレキシブルに調整できます。それも音楽のいいところだと思います」
被災地から全国へ
相馬市でのエル・システマが始まって6年。新たに合唱のグループも生まれ、相馬子どもオーケストラとの共演や世代を越えた音楽交流へと発展している。2014年に岩手県大槌町で、2017年には国内初の被災地以外の地として長野県駒ケ根市での活動もスタート。東京では聴覚に障がいのある子どもたちによる「ホワイトハンドコーラス」も始動した。
「湧き出る喜びにあふれた音楽。そこに伝えたい何かがあり、聴く人の共感を呼び覚ます。それがエル・システマの本質なのではないかと思っています」
友人関係や家庭の問題、経済的困難など、子どもたちをとりまく環境が複雑化する中、各地で根付き始めたエル・システマの枠組みは、行政のできないことを実現するシステムとしても大きな可能性を秘めている。
現在、公的補助金と個人・企業・団体からの寄付金のみで運営されているエル・システマジャパンが、将来を担う子どもたちのために、より安定的に、そして長期的に継続されることを切望する。日本独自の音楽活動をクリエイトするこの活動の、今後の展開に注目していきたい。
3月24日にエル・システマの創設者ホセ・アントニオ・アブレウ博士が永眠されました。ご冥福をお祈りいたします。
日時: 2018年4月4日(水)14:00開演
会場: 両国国技館
公式サイト: http://suzukimethod-gc.jp/
プログラム:
*ピアノ
~グランドピアノ2台と電子ピアノ20台による
「動物の謝肉祭」より~序奏とライオンの行進・化石(サン=サーンス)
エコセーズ (フンメル)
ソナタK.331 第3楽章(モーツァルト)
*フルート
メリーさんの羊変奏曲(髙橋利夫編)
荒城の月(滝廉太郎)
歌の翼に(メンデルスゾーン)
バレエ音楽「くるみ割り人形」より~葦笛の踊り(チャイコフスキー)
2本のフルートのための協奏曲 第3楽章(チマローザ)
*チェロ
讃歌(クレンゲル)
白鳥(サン=サーンス)
スケルツォ(ウェブスター)
フランス民謡(外国民謡)
*ヴァイオリン
ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 第3楽章(メンデルスゾーン)
*招待演奏 ~エル・システマジャパンの子どもオーケストラによる演奏
アイネ・クライネ・ナハトムジーク 第1楽章(モーツァルト)
管弦楽組曲 第3番より~アリア(バッハ)
*オーケストラ ~スズキ・メソードとエル・システマジャパンの子どもたちによる合同オーケストラ
交響曲 第7番 第4楽章(ベートーヴェン) 指揮:金森圭司
休憩
*特別演奏
宮田 大(スズキ・メソード出身チェリスト)
*ヴァイオリン
ソナタ ト短調 第1,2楽章(エックレス)
アレグロ(フィオッコ)
2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 第1楽章(バッハ)
ユーモレスク(ドヴォルザーク)
*全科による合奏
二人のてき弾兵(シューマン)
狩人の合唱(ウェーバー)
*フィナーレ
メドレー(アマリリス・フランス民謡・楽しい朝・アレグロ)
キラキラ星変奏曲(鈴木鎮一)
日時: 2018年 4月 5日(木)12:00~13:00
会場: イタリア文化会館(九段下駅から徒歩10分、半蔵門駅から徒歩12分、市ヶ谷駅から徒歩15分)
料金: 入場無料・全席自由
プログラム:
ヴィヴァルディ:「調和の霊感」より第6番 イ短調
コレッリ: 合奏協奏曲 第4番 ニ長調
ロッシーニ: 弦楽のためのソナタ第6番 ニ長調より 第2楽章アンダンテ・アッサイ
申し込み: 以下のサイトより
主催 : イタリア大使館
協力: イタリア文化会館、一般社団法人エル・システマジャパン
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