藤木大地が明かす“選ばれし声”と歩んだ音楽人生秘話 45歳の集大成リサイタル開催
日本が世界に誇るカウンターテナーの一人として八面六臂の活躍を繰り広げている藤木大地さんが、45歳の誕生日にあたる来年1月17日に浜離宮朝日ホールでリサイタルを開催します。歌を始めた時から現在に至るまでの道のりを振り返るように、これまでの歌手人生で記憶に残っている大切な作品を時系列に沿って並べたプログラム。藤木さんに、アニヴァーサリー・リサイタルにむけての思いや、歌手としての立ち位置などについて語ってもらいました。
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
よく歌うためには「幸せに生きること」
——いつもひじょうにテーマ性の高いプログラムを組む藤木さんにしては珍しく、とても個人的な思いのつまったリサイタルを企画されましたね。
藤木 たとえば90歳まで生きるとして、45歳というのはちょうど人生が半分終わったことになります。残り半分は何をするのか、と考えたときに、到底90歳まで歌い続けることはできない。ならば、今やれることをやらせてもらおうと思い、これまでを振り返るプログラムを組むことにしました。
ただ、この曲順には音楽的な理由はあまりないので、オーディエンスの皆さんの耳が自然についてきていただけるのかが心配ではあります。なので、今回は曲目解説も自分で書こうと思っています。いずれにしても、こういう記念公演はこれが最初で最後になるかもしれません。
——藤木さんは以前にも、50歳が歌手としての区切りになるのではないか、ということをおっしゃっていましたが、今でもその気持ちは変わらないのでしょうか。
藤木 45歳で声が出ているというのも、僕からしたらボーナストラックというか、ラッキータイムなんですよ。カウンターテナーとして仕事を始めた時には、45まで絶好調で歌えるなんて思っていませんでしたから。
——そのラッキータイムを保つための秘訣は?
藤木 とくに何もしていないんですが、しいていうなら、幸せに生きること、かな。人生の中では苦しいことや辛いこともありますが、歌う時にはできるだけ楽しくいたい。そんな僕の歌を聴いた皆さんが楽しくなってくだされば、それで僕は幸せになれて、次もまた頑張ろうと思える。その繰り返しです。
2017年、オペラの殿堂・ウィーン国立歌劇場にライマン《メデア》ヘロルド役で鮮烈にデビュー。東洋人のカウンターテナーとして初めての快挙で、大きなニュースとなる。2012年、第31回国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクールにてオーストリア代表として2年連続で選出、世界大会でファイナリストとなり、ハンス・ガボア賞を受賞。同年、日本音楽コンクール第1位。2013年、ボローニャ歌劇場にてグルック《クレーリアの勝利》マンニオ役に抜擢されてヨーロッパデビュー。国際的に高い評価を得る。
2020年、東京文化会館にて企画原案・主演をつとめた新作歌劇『400歳のカストラート』が大成功をおさめた。また、新国立劇場2020/21シーズン開幕公演 ブリテン『夏の夜の夢』にオーベロン役で主演、続けてバッハ・コレギウム・ジャパンとのヘンデル『リナルド』でもタイトルロールを務め、その圧倒的な存在感と唯一無二の美声で聴衆を魅了し、オペラ歌手としての人気を不動のものにする。
2022年から自身がプロデューサーを務めた横浜みなとみらいホールで、オーケストラ公演や室内楽公演を次々と企画。全国各地の劇場との連携事業や学生と共に創りあげる新作音楽劇を成功へ導くなど、その手腕に注目を集めている。
2023年は<全国共同制作オペラ> J.シュトラウスⅡ世《こうもり》オルロフスキー公爵役、2024年は東京芸術劇場コンサートオペラ オッフェンバック《美しきエレーヌ》オレステス役で出演。デビューから現在まで絶えず話題の中心に存在する、日本が世界に誇る国際的なアーティストのひとりである。
洗足学園音楽大学客員教授。横浜みなとみらいホール 初代プロデューサー(2021-2023)。2024年度より大和高田さざんかホール レジデント・アーティスト。www.daichifujiki.com
20年前の辛い日々が蘇る1曲
——確かに、藤木さんの舞台からは、いつもとてもポジティブなものを受け取っている気がします。
藤木 それはすごく嬉しいですね。大学を卒業してプロとして歌い始めた頃、僕は「音楽はあくまで仕事である」と考えてしまっていたんですが、当時それをある方に話したら「そういう人の演奏はお客さんには響かないのでは?」と言われたんです。
自分自身が楽しんでいない人の歌はお客さんも楽しめない、というのはその通りだなあと思って。どんな時でも舞台に立つ時には楽しくなければだめだし、それが舞台へのリスペクトだと思うようになりました。だからこそ、歌うことが楽しく思えなくなった時に、歌をやめようと思ったんです。
——それはいつ頃のことでしょうか。
藤木 20年前、まだテノール歌手だった時代、イタリアで2か月間研修を受けたんですが、その時の先生から言われてゼロから発声法をやり直すことになりました。
その時、教材として渡されたのが今回のプログラムにも入っているメルカダンテの「星」という曲です。今までやってきたことを全部否定されて、ゼロからやり直すのはとても辛い作業でした。今回はカウンターテナーの声では初めて、20年ぶりにこの曲を歌います。
——日本音楽コンクール優勝やウィーン国立歌劇場デビューなど、私たちが知ってからの藤木さんはいつもキラキラしたところにいる人、というイメージでしたが、そんなご苦労があったんですね。当たり前ですが、ひとりの歌手が生まれ、育っていく過程にはさまざまなことがあったんだなあと思います。今回のリサイタルは、そうした藤木大地の知られざる一面も垣間見えるものになりそうですね。
作品を初演し再演していくことも自分の使命
——プログラムの中で、他に思い出のある作品はありますか。
藤木 何よりもまず、西村朗さんとアリベルト・ライマンさん、そして谷川俊太郎さんがもうこの世にはいない、ということがとてつもなく寂しいです。これらの曲を歌った時には、彼らはまだリビング・コンポーザー、同時代の詩人だったわけですから。これからそういうことが増えてくると思いますが、だからこそ、作品を初演してそれを再演していく、ということがとても大切です。
そういう意味で、加藤昌則さんの「てがみ」(2017年藤木大地委嘱作品)や、木下牧子さん(詩:谷川俊太郎)の「シャガールと木の葉」(2022年浜離宮朝日ホール委嘱作品)をプログラムに入れられたのはとても嬉しいです。また、今回のリサイタルのために加藤さんに委嘱した新作「風のうた」を世界初演します。
——ピアノは東京藝術大学で同期だった松本和将さんですね。
藤木 僕は、いわゆる伴奏を専門とする方ではなく、ソリストや指揮者や作曲家といった人たちと一緒にリサイタルをするのが好きなんです。それは、そういう人たちと演奏するといつも必ず「何か」が生まれるから。いつも同じことはしたくない。主張してくれるピアニストがいいんですね。その意味で、松本くんはいちばん古い仲間のひとりです。
——節目のリサイタルは、まさに「歌手・藤木大地」の集大成になりそうです。
藤木 カウンターテナーは特殊なものではなく、声楽の中のひとつの声種である、ということが最近やっとわかってもらえるようになってきたと思います。若い歌手もどんどん出てきていますし、そういう状況の中で行なう今回のリサイタルは、僕にとっての記念碑というか、やはり大切な機会となるのは間違いありません。
日時:2025年1月17日(金) 19:00開演
会場:浜離宮朝日ホール
出演:藤木大地(カウンターテナー)、松本和将(ピアノ)
曲目
F.シューベルト:音楽に寄せて
G.ジョルダーニ:カーロ・ミオ・ベン
G.マルティーニ:愛のよろこびは
越谷達之助:初恋
R.シュトラウス:献呈
S.メルカダンテ:星
G.F.ヘンデル:オンブラ・マイ・フ
J.S.バッハ:《マタイ受難曲》より「憐れみたまえ、わが神よ」
B.ブリテン:歌劇《夏の夜の夢》より「野生のタイムが咲き乱れる堤を知っている」
R.ヴォーン・ウィリアムズ:静かな真昼
西村 朗:木立をめぐる不思議 ※藤木大地委嘱作品(2015)
加藤昌則:てがみ ※藤木大地委嘱作品(2017)
武満 徹:死んだ男の残したものは
武満 徹:小さな空
A.ライマン:歌劇《メデア》より「女は王のもとへ行ったのだ」
木下牧子:シャガールと木の葉 ※浜離宮朝日ホール委嘱作品(2022)
加藤昌則:風のうた ※世界初演・本公演委嘱作品
村松崇継:いのちの歌
加藤昌則:もしも歌がなかったら
木下牧子:夢みたものは
チケット
全席指定・税込:一般 5,000円、U30(30歳以下) 2,000円
※U30席は座席選択できません。
問合せ:朝日ホール・チケットセンター 03-3267-9990(日・祝除く10:00-18:00)
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