ガルシア・ガルシアが考える最高のピアニストとは? 楽器との関係や時間の重要性を語る
2021年に開催されたショパン国際ピアノコンクールで第3位に入賞し、一躍人気者となったマルティン・ガルシア・ガルシアが初来日! ピアノ演奏についてはもちろん、幼少期やプライベートのことまでたっぷり語ってもらいました。演奏中と変わらぬ印象のチャーミングな語り口調のなかに、深い深いピアノ論が炸裂します!
2019年夏、息子が10歳を過ぎたのを機に海外へ行くのを再開。 1969年東京都大田区に生まれ、自然豊かな広島県の世羅高原で育つ。子どもの頃、ひよこ(のちにニワトリ)...
2021年10月にワルシャワで開催された第18回ショパン国際ピアノコンクールで、スペイン出身のマルティン・ガルシア・ガルシアさんは第3位を受賞しました。ガルシアさんは2022年6月現在、日本ツアーの真っ只中。予定されていた9公演のほかに、6月16日には読売日本交響楽団の名曲シリーズにも急遽、出演が決まりました。日本滞在中のガルシアさんに、お話をうかがいました。
——初来日だそうですね。日本の感想をお聞かせください。
ガルシア すべてが素晴らしい! みなさんとても親切ですし、建築物も独特だと感じます。どこへ行っても楽しいです。今回の滞在は1ヶ月ほどの予定ですが、すでに半月が過ぎました。
——この日本滞在でやってみたいこと、行きたいところは?
ガルシア やりたいことは山ほどあり、「京都へ行ったほうがいいよ!」とみんなから言われています。でも、その時間はまったくなさそうです。
——日本のホールやピアノについて。
ガルシア ファツィオリのピアノを弾いていますが、世界中でトップの楽器だと思います。ホールについては、いい意味でとても驚きました……働いているみなさま、そして聴衆のみなさまも。特に、ミューザ川崎シンフォニーホールは、これまで演奏したホールのなかでもトップ2に入るほどのすばらしい音響でした。演奏した音でホールすべてが埋め尽くされますが、同時に自分の部屋で弾いているような……すべてが自分にも返ってくる感覚でした。
——なぜニューヨークを拠点に?
ガルシア 修士をとるために、そしてジェローム・ローズ先生のもとで学ぶためにニューヨークに住みました。いまもそのまま住んでいます。さまざまな国へ演奏旅行に出かけていますが、ニューヨークはとても便利で、移動も楽です。
——ショパンコンクールの前後で、演奏活動の変化はありましたか?
ガルシア 大きく変わりました。精神面でも変わったと思います。というのも、コンクールの1年前はまだ学生でしたし、自分自身を形成しつつある段階で、コンクールに向けて準備をしていました。どちらかというと、今はプロフェッショナルになったように感じます。
楽器は自分との境目が消えてしまうくらい親しい存在
——先日、東京オペラシティでのリサイタルを聴きました。深い陰影をほどこした大きな広がりのある音楽に感動しました。色彩豊かで、画家、詩人、歌手、ダンサーがガルシアさんのなかで一体となっているように感じました。
ガルシア 音楽は抽象的なものなので、画家でもなければいけない、詩人でもなければいけない、歌手でもなければいけない……特に歌手とダンサーにならなければいけません。
——ファツィオリの高音域で奏でられるメロディは、歌手の歌のようでした。
ガルシア どんな楽器にも二面性があります。ヴァイオリンもそうですし、人間の声でも同じことが言えます。楽器は、親しい友でなければいけません。自分との境目がないぐらい……その境目が消えてしまうような存在でなければならない。同時に、自分が意図するものを引き出せる度量がなければいけません。その両面が重要だと思います。
——音と音との間やそのつながりの美しさを感じました。演奏する時、時間の設計などどのようにお考えですか?
ガルシア 時間はとても重要です。基本中の基本です。多くの人は、音楽は耳で聴くものだと思っています。もちろん、聴くために耳は必要ですが、それ以上に時間が重要なのです。まず、楽譜を見てもわかります。調性があってリズムがある……音楽が始まるのはそのあとです。リズムがあってからこそ音楽がある。ですから、私たちは音色や音の長いラインを考えますが、それ以前にリズムがなければいけません。
そして、音楽は主観的にとらえるものです。例えば、会話をしていて、1時間があっという間に過ぎるときもあれば、会話がつまらなければ時間が長く感じられるときもありますよね。だから、主観的なものなのです。音楽のなかでも、ここは重要だと思ったところには時間を割かなければいけません。聴衆のみなさまに、そこは大事なのだと感じていただかなければいけません。
——空間の広がりも、ガルシアさんの音楽の魅力だと思っています。
ガルシア ピアノは、音がすべて天井から落ちてくる感覚といいますか、音が消えていくわけです。鈴の音ように消えていく…だけれど、一つひとつの音をつなげていくことを考えなければいけない。音そのものだけではなく、それがどうやって消えていくのか。その音の残り方も考えなければならないので、音の生まれた瞬間からなくなるまでをすべて網羅してとらえる……それらがすべてあってこそ、音楽はひとつのものになっていくのです。
ガルシア・ガルシアのショパン観~人物像と作品のイメージの違い
——もともとショパンがお好きだったのですか?それともコンクールのため?
ガルシア もしもショパンの音楽が好きでなければ、それは彼の音楽が理解できないということでしょう。もちろん、ショパンの音楽は大好きですし、彼は天才だと思います。
コンクールに参加する前は、ショパンだけではなく、いろんなレパートリーに取り組んでいました。もちろん、子どもの頃から彼のエチュードなど取り組むべき曲はすべて勉強してきましたが、自分にとってショパンは特にフォーカスする作曲家ではありませんでした。ただ、コンクールに参加するのであれば徹底的に勉強をしなければいけませんので、深く掘り下げて勉強しました。
——ショパン演奏では、淡さについて語られますが、ガルシアさんのショパンを聴いていると、深みのある色合いで、音楽が活き活きとしていますね。
ガルシア 淡いという言葉は、ショパンに関連してよく使われます。彼は身体的に繊細で弱く、病気で若くして亡くなりましたが、とても多くの作品を残してくれました。でも、彼の音楽そのものは、それほど淡いとは思いません。
ショパンの創作に影響を与えたのは、バッハやイタリアのオペラです。イタリアのオペラはその正反対でしょ? 体格の大きな人たちが笑って歌っているみたいな。バッハも、大地のような作曲家でしたから。
第18回ショパン国際ピアノコンクールのファイナルでの演奏(2021年10月)
演奏者ではなくて作曲家の音楽が聴こえてくるのが最高のピアニスト
——ガルシアさんは、スペインのチャイコフスキー音楽院で学んでいたとうかがっています。
ガルシア そうです。スペイン北部にある子どものための音楽学校です。その学校を創立したのは、ソヴィエトからスペインに逃れてきたご夫妻で、お二人ともネイガウスらの流れを汲むピアニストです。
——ガルシアさんの音には、すごくパワーがみなぎっていますね。ロシアでは、倍音の響かせ方などを徹底的に学ばされると聞いたことがあります。
ガルシア 音楽を勉強するとはそういうことです。ちょっとピアノを弾ければいいなという話ではありません。たしかに、ロシア・ピアニズムは、子どもの頃に音楽院のお二人の先生から教わりました。自分の身体がピアノを弾くための道具だとすれば、その道具をしっかりと準備してくれたのはお二人の先生でした。
ロシアピアニズムでは、手をいかに成長させるか、どのように手を使うかを徹底して叩き込まれます。例外もいますが、偉大なピアニストは、みなさんすごい手をしていますよね。多くは、ロシアピアニズムに由来しているか、その流れを汲むピアニスト、あるいはその真似をしているピアニストだと思っています。そして、手や背中、身体とくに上半身を正しく使うことです。ピアノという楽器はとても大きいので、どうしても身体を使って演奏しなければなりません。現代のピアノは、ショパンの時代のプレイエルなどとはまったく違います。
——子どもの頃に目指していたピアニストは?
ガルシア ラドゥ・ルプーさんとアルカディ・ヴォロドスさんです。ふたりとも自分と似ているからかな。同じガリーナ・エゲザロワ先生の弟子だったということもあるのかもしれません。
ガルシア 聴いていると、誰が弾いているのかが気にならない、つまり、作曲家の音楽が聴こえてきて、演奏家の存在が感じられない……それが最高のピアニストなのではないでしょうか。
——ピアノ以外の趣味は?
ガルシア 時間があったら、美術館や博物館へ行きたいですし、本をたくさん読みたいですし、パイロットのライセンスをとるのも夢です。でも、いまはそのような時間はありません。それから、車全般も大好きだけれど、まだ運転免許をとっていなくて……やりたいことはたくさんあります。
——11月に再び来日しますね。その前の予定を教えてください。
ガルシア この日本滞在後、すぐにパリで演奏しますし、マドリッドでもリサイタルがあります。NYのマーキンホールが7月、カーネギーホール・デビューは10月。それから、ワルシャワ・フィルとの共演のほか、8月にはリサイタルも入っています。
とてもバタバタしていますが、こういうコンサート生活に憧れて頑張ってきたので、今はとても充実しています。
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