インタビュー
2025.09.23
じっくりショパコン2025 第3回

審査委員長ギャリック・オールソンが語るショパンとショパンコンクール【前編】

第19回ショパン国際ピアノコンクールで審査委員長を務めるギャリック・オールソンにオンラインでインタビュー!
ショパンらしい演奏とは? どこに注目して聴いたらいい? 時に真剣に、時にユーモアを交えて、たっぷりとお話しいただきました。

取材・文
三木鞠花
取材・文
三木鞠花 編集者・ライター

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

©Wojciech Grzedzinski

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ショパンはみんなの心に寄り添ってくれる

——まず、ショパンの音楽が世界中で愛され続ける理由はどこにあるとお考えでしょうか?

オールソン ショパンは、音楽家やクラシック音楽が好きな人たちだけでなく、クラシックにあまり詳しくない人にも好きな作曲家として挙げられることが多い。これってとても興味深いことですよね。「クラシックのことはよくわからないけど、ショパンのメロディが大好き」と言う人もいます。つまり、彼がクラシック音楽史上もっとも偉大なメロディメーカーの一人であるのは大きな理由ですね。

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ギャリック・オールソン
1948年にニューヨーク州で生まれ、13歳でジュリアード音楽院に入学。
66年ブゾーニ国際ピアノコンクール、68年モントリオール国際音楽コンクールで優勝後、70年ショパン国際ピアノコンクールにおいて優勝して以来、その堂々たる演奏とゆるぎないテクニックで、世界的なピアニストとしての地位を確立。世界でも有数のショパン奏者とみなされてきたが、実は膨大なピアノのための作品の殆どをレパートリーに持つ。クラウディオ・アラウ晩年の弟子であるオールソンは、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトやロマン派の音楽における、アラウの優れた演奏に影響を受けた。協奏曲のレパートリーも非常に多く、ハイドンやモーツァルトの協奏曲から21世紀の作品まで80曲に及ぶ。
08年2月に、ベートーヴェン・ソナタ全集・第3巻が、グラミー賞のベスト・インストラメンタル・ソリスト賞に輝く。
©Wojciech Grzedzinski

オールソン さらに、ショパンは「心の詩人」です。彼の音楽には人間的で詩的な魅力があり、哀しみも帯びていて、こうした要素が多くの人の心をつかむのだと思います。

私がショパン・コンクールで優勝したとき、現地の方たちにとってショパンはポーランドの誇りだという思いを感じました。それはたしかにそのとおりで、彼はポーランドに深く根ざした存在です。けれど私はこう言いました。「ショパンは、世界中の人々にとって身近な存在で、みんなの心に近い存在です」と。

とりわけピアニストやピアノの先生にとって、ショパンは特別な作曲家なんです。みなさん偉大な作曲家たちを敬愛していますが、ショパンに対しては、どこか特別な思い入れを抱いていることが多い。ショパンの音楽は、私たち一人ひとりの心の深い部分にそっと触れてくるんです。

——日本でもとくにショパンが好きだという人は多いです。なぜ多くの人々の琴線に触れるのでしょうか。

オールソン それについては、彼の音楽が誰にとっても普遍的なものに感じられる——その一点に尽きるのではないかと思います。ショパンの音楽が呼び起こす感情は、とても個人的で、聴く人それぞれの心に深く響くんです。そして多くの人が、その感情をまるで自分自身のものとして受け取る。たぶん、日本の方々、そしておそらく他の多くの人々にとっても、ショパンは心に直接語りかけてくるような存在なのだと思います。

そしてもうひとつ言えるのは、ショパンの音楽は、聴いたときに「まさにいま、この瞬間に作られている」ように響くということです。あまりにも自然で、まるで即興のように感じられる。実際には彼は緻密に構成を練る作曲家ですが、彼の音楽は、天からそのまま降りてきたかのように、努力の跡を感じさせない。音が、耳と心に、まっすぐ届いてくるんです。

バッハやブラームス、ベートーヴェンを聴くときは、そこに「音楽的な仕組み」や「構造」を感じることが多いでしょう。作品の背後には大きな精神的エネルギーが働いていると、はっきりわかる。でもショパンの場合は、まるで花がひとつ静かに咲くように、あるいは秋の葉がひらりと舞い落ちるように、音楽が生まれてくる。とても自然で、まるで偶然のように感じられるんです。もしかすると、それこそが、日本の人々、そして世界中の人々がショパンに惹かれる理由のひとつなのかもしれませんね。

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