インタビュー
2025.09.24
じっくりショパコン2025 第4回

審査委員長ギャリック・オールソンが語るショパンとショパンコンクール【後編】

第19回ショパン国際ピアノコンクールで審査委員長を務めるギャリック・オールソンにインタビュー!
後編では、これまでのショパンコンクールで印象的だった演奏や自身が出場したときの思い出、そして審査について語っていただきました。

取材・文
三木鞠花
取材・文
三木鞠花 編集者・ライター

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

©Wojciech Grzedzinski

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

“魔法の瞬間”が訪れる演奏

——これまでのショパンコンクールで、印象に残っている瞬間や演奏があれば教えてください。

オールソン もちろん、たくさんありますよ。もう何時間でも話せます(笑)。

たとえば、私が出場した1970年のコンクールでは、開幕ガラ・コンサートがあって、そのときの審査員のひとりだったロシアのピアニスト、タチアナ・ニコラーエワが、バッハのニ短調の協奏曲をワルシャワ・フィルと共演して演奏しました。それが本当に素晴らしかった。そして、アンコールにはマイラ・ヘス編曲の「主よ人の望みの喜びよ」を弾いたんですが……もう、魔法のような音でした。彼女の音のコントロールがあまりに見事で、まるで同じステージに違うピアノが並んでいるかのように聴こえたんです。本当に信じられない体験でした。

続きを読む
ギャリック・オールソン
1948年にニューヨーク州で生まれ、13歳でジュリアード音楽院に入学。
66年ブゾーニ国際ピアノコンクール、68年モントリオール国際音楽コンクールで優勝後、70年ショパン国際ピアノコンクールにおいて優勝して以来、その堂々たる演奏とゆるぎないテクニックで、世界的なピアニストとしての地位を確立。世界でも有数のショパン奏者とみなされてきたが、実は膨大なピアノのための作品の殆どをレパートリーに持つ。クラウディオ・アラウ晩年の弟子であるオールソンは、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトやロマン派の音楽における、アラウの優れた演奏に影響を受けた。協奏曲のレパートリーも非常に多く、ハイドンやモーツァルトの協奏曲から21世紀の作品まで80曲に及ぶ。
08年2月に、ベートーヴェン・ソナタ全集・第3巻が、グラミー賞のベスト・インストラメンタル・ソリスト賞に輝く。
©Wojciech Grzedzinski

オールソン それから、2015年のコンクールでのことも強く記憶に残っています。私は審査員を務めていて、ケイト・リウというピアニストが登場しました。彼女の演奏には、いくつも魔法のような瞬間がありましたが、とくに印象的だったのが、ノクターン Op.62-1を弾いたときです。彼女が最初の音を弾いた瞬間、時間が止まったように感じたんです。冒頭のアルペジオが美しくゆっくり響いて、次の和音が現れた瞬間、まさに魔法のようでした。そして、完全な静寂が訪れて……。

私は心の中で思いました。「これは本当に魔法だ。でも、このままこの音楽の魔法を維持できるのか?」と。ところが、彼女はそのままノクターンの旋律を奏で始め、8分後、私は自分が“どこか別の世界”へ連れて行かれていたことに気づきました。偉大な芸術だけが誘うことができる夢のような場所へと。私はしっかり意識があるのに、まるで夢を見ているようで、すべての音に心を奪われていました。

この演奏は、のちにネット上でもとても話題になり、今でも多くの人に愛されているようです。時には、生演奏でしか伝わらない魔法というものがありますが、彼女の演奏は、録音を聴いてもなお、その魔法が感じられる稀なものです。

ノクターンって、本当にいろいろな解釈ができる曲ですが、あれ以上の演奏があるかどうか……私にはわかりません。それくらい、人生の中で忘れられない魔法の瞬間(magical moment)でした。

2015年のコンクール第1ステージでケイト・リウが演奏するノクターン

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ