ジャン=フィリップ・メルカールト~ノートルダム大聖堂の再開を祝い 歴代オルガニストの大作に挑む
パリのノートルダム大聖堂は、カヴァイエ=コル製作の大オルガンを擁し、フランスのオルガン音楽における特別な場所であり続けてきました。2019年に起きた大規模火災の衝撃から5年、この12月にとうとう一般公開が再開されます。これを記念して、ノートルダム大聖堂の歴代オルガニストによる大作に挑むジャン=フィリップ・メルカールト氏に、フランスで花開いた20世紀オルガン音楽の魅力や今回のプログラムについて伺いました。
東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
ノートルダム大聖堂の偉大なオルガニストの系譜をたどるプログラム
——ノートルダム大聖堂の偉大なオルガニストの系譜を過去100年までさかのぼり、ルイ・ヴィエルヌ、ピエール・コシュロー、そして現代のオリヴィエ・ラトリーの作品を取り上げるとともに、20世紀屈指のヴィルトゥオーゾ・オルガニストであったマルセル・デュプレの作品を取り上げる今回のプログラム。
まず、ノートルダム大聖堂で脈々と受け継がれてきたオルガン音楽の特徴や、その魅力について、教えてください。
メルカールト(以下、M) 音楽の歴史には、音楽の創造に適していると思われる場所があります。オルガンに関しては、17世紀の北ドイツが挙げられますが、パリのノートルダム大聖堂は、とくに20世紀の音楽において特別な場所のひとつだと思います。
ルイ・ヴィエルヌは、この大聖堂の神秘的でありながら荘厳な雰囲気を音楽で伝えることができた最初の人だと思います。そしてピエール・コシュローは、その即興演奏と絶大なカリスマ性で、大聖堂のオルガンを世界に知らしめました。
多くのオルガニストは、J.S. バッハの音楽を通じてオルガンに出会ったと思います。私の場合、ヴィエルヌとデュプレを演奏するコシュローのレコードを通じて、オルガンへの情熱が生まれました。
ノートルダム大聖堂の再開まであと数週間となった今、みなとみらいの聴衆の皆さんと、このレパートリーへの情熱を分かち合えることを願っています。
ベルギー生まれ。パリ国立高等音楽院でプルミエ・プリ、ブリュッセルのベルギー王立音楽院にて修士号、モンス王立音楽院にてクラシック作曲法修士号を取得。2007年、ジルバーマン国際オルガンコンクール第2位、2009年、ブルージュ国際古楽コンクールオルガン部門第2位受賞。2003年から1年間札幌コンサートホールKitara専属オルガニスト、2011~14年まで所沢市民文化センター ミューズ ホールオルガニストを務めた。現在、東京芸術劇場オルガニスト、那須野が原ハーモニーホールオルガニスト、聖グレゴリオの家宗教音楽研究所講師、片倉キリストの教会オルガン教室講師。CD「フランク、ドビュッシー、サン=サーンス オルガン編曲集」(パリ)等をリリース。©Taira Tairadate
——オリヴィエ・ラトリー「サルヴェ・レジーナ」は、まさに、ノートルダム大聖堂の約8,000本のパイプを擁する大オルガンの響きを体感できる作品ですね。グレゴリオ聖歌「元后あわれみの母」を元にした即興を採譜した作品とのことですが、ラトリーさんに師事されていたメルカールトさんにとって、身近で聴いたラトリーさんの即興はどのようなものだったのでしょうか?
M 「元后あわれみの母(サルヴェ・レジーナ)」は、ノートルダム大聖堂でほぼ毎日歌われています。この聖歌の旋律は 2種類ありますが、ラトリーの「サルヴェ・レジーナ」に使用されたのはもっとも古くて、おそらく 11 世紀のものです。
この作品は、ラトリーの即興演奏の特質をすべて備えています。つまり、ひじょうに豊かな和声法と知的なオルガンの使い方、そして素晴らしい演奏技巧です。
——ピエール・コシュロー「シャルル・ラケの主題によるボレロ」は、16世紀の作曲家シャルル・ラケの主題をメロディーに、ラヴェル「ボレロ」のようにリズム主題が繰り返されます。パーカッションと共演するこの作品の聴きどころを教えてください。
M この作品は、オルガンのレパートリーの中でも異彩を放っています。“持続音”楽器であるオルガンと打楽器を組み合わせるというアイデアは、ひじょうに大胆なものでした。コシュローの即興演奏における天才性は、クライマックスでオルガンが打楽器になったかのような印象を与えるところにもみることができます。
——マルセル・デュプレの作品は、本人がヴィルトゥオーゾなだけに、難曲ぞろいといわれています。「前奏曲とフーガ変イ長調 Op.36 No.2」はいかがでしょうか?
M デュプレはルイ・ヴィエルヌのアシスタントを数年務めた後、サン・シュルピス教会のオルガニストになりました。しかし、彼が国際的なキャリアをスタートさせたのは、1919年にノートルダム大聖堂で即興演奏を聴いたロールス・ロイスのジェネラルディレクター、クロード・ジョンソンのおかげです。ジョンソンは感銘を受け、ロンドンで皇太子の前で演奏するようデュプレを招待しました。
今回選んだデュプレの作品はめったに演奏されませんが、私はとくに気に入っています。より自発的なコシュローとラトリーの即興曲に対して、この曲はより知的なスタイルで、対照的なものといえます。
上)マルセル・デュプレ(1886-1971):フランスのオルガニスト,作曲家。パリ音楽院で学び,ローマ大賞を受賞。パリの教会オルガニストをつとめるかたわら国際的な活動をおこなう。1926年から母校の教授として多くの奏者を育てた。作品にはオルガン曲が多い
オルガン交響曲の最後の大作を 横浜みなとみらいホールの名オルガン“Lucy”で味わう
——オルガンの交響曲的な響きが楽しめるオルガン交響曲のジャンルにおいて著名なルイ・ヴィエルヌの「オルガン交響曲第6番」(1930年)も演奏されます。横浜みなとみらいホールのパイプオルガン“Lucy”で、どのような響きを楽しんでほしいですか?
M この曲は、オルガンによる交響曲時代の最後の大作と言われています。1860年代のセザール・フランクに始まるオルガン交響曲のレパートリーはすべて、フランスでカヴァイエ=コルによって製作されたオルガンに完璧に適合しています。
カヴァイエ=コルのオルガンは、ダイナミックス*による表現とオーケストラの音色を豊富に備えています。みなとみらいのオルガンはカヴァイエ=コルの影響を強く受けており、この交響曲はこの楽器のあらゆる可能性を聴くのに最適だと思います。
*ダイナミックス:強弱法
——これらの作品は、オルガンの迫力ある響き、今この場で生まれる音楽という感じが刺激的です。オルガン音楽というとついバッハを想像してしまうのですが、フランスのオルガン音楽の楽しみ方を最後に教えてください。
M 今回演奏するフランス・オルガン音楽は、西洋のクラシック音楽と、ほぼ千年にわたってグレゴリオ聖歌が鳴り響く大聖堂という2つの影響の産物として理解する必要があると思います。
このプログラムに登場する4人の作曲家と即興演奏家は、バッハやロマン派の音楽の訓練を受けていましたが、彼らが音楽を創作した場所は、彼らの中に何か特別なインスピレーションを与えました。それをこのコンサートで、聴衆の皆さんにも感じていただけたら嬉しいです。
横浜みなとみらいホール オルガン・リサイタル・シリーズ47
日時:2024年10月27日(日) 14:00開演
会場:横浜みなとみらいホール 大ホール
出演
オルガン:ジャン=フィリップ・メルカールト
テノール:石川洋人
パーカッション:加藤恭子
曲目
オリヴィエ・ラトリー:サルヴェ・レジーナ ♧
マルセル・デュプレ:前奏曲とフーガ 変イ長調 Op.36No.2
ピエール・コシュロー:シャルル・ラケの主題によるボレロ ♡
ルイ・ヴィエルヌ:オルガン交響曲 第6番 Op.59(全5楽章)
共演 ♧:石川洋人 ♡:加藤恭子
料金
一般:2,500円、学生・障がい者手帳をお持ちの方:1,000円 未就学児入場不可
問合せ:横浜みなとみらいホールチケットセンター 045-682-2000
詳細はこちら
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