ダンスとヴァイオリン、マラルメの詩による『三つ折りの夜』

勅使川原三郎×庄司紗矢香――劇場で「究極の何か」を共有するダンスと音楽

インタビュー
2020.02.13

2020年3月6日から8日東京芸術劇場、3月12日には愛知県芸術劇場に、究極のコラボレーションが登場する。世界のトップを走り続けるダンサー・振付家の勅使川原三郎が、マラルメの詩をもとにヴァイオリニストの庄司紗矢香、ダンサーの佐東利穂子と3人で舞台を作り上げる。
公演を前に、勅使川原と庄司が特別対談。お互いの印象、作品の構想、音楽・ダンス・芸術について......たっぷりと語り合っていただいた。

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photo:三浦麻旅子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター
高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター
早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

パリ・オペラ座バレエ団に作品を提供するなど国際的にも活躍し、コンテンポラリー・ダンスの世界でトップを走り続ける振付家・ダンサーの勅使川原三郎と、パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールにて史上最年少で優勝以降、世界を股にかけて活躍するヴァイオリニストの庄司紗矢香、そして勅使川原のミューズとも呼ぶべきダンサー、佐東利穂子

彼らがこの3月に送るのは、難解な作風で知られるフランスの詩人ステファヌ・マラルメの「三つ折りのソネ」を原作とする舞台。音楽はバッハの「ラルゴ」、ストラヴィンスキー「エレジー」、イザイ「サラバンド」などが演奏される。超一流の彼らは、どのような化学反応を見せるのか?

アーティスト同士、共有し、世界を広げていく

——お二人は12年のラ・フォル・ジュルネで初共演され、14年にヴェネツィア、17年にナントでも共演されていますね。アーティストとしてのお互いに対してどんな印象をお持ちですか?

勅使川原 まずはもちろん、演奏家として素晴らしいですよね。楽器を弾く演奏家には早熟な方が多い気がするのですが、それはきっと、クラシック、つまり歴史、伝統を学んで演奏の技術を習得することと、その人の人間としての成長が、重なるからではないでしょうか。

古典芸能や職人の世界もそうかもしれませんが、彼らが持つ独特のディシプリン、基準があるように感じる一方、それだけでは生きた演奏にならなくて、個人が持つ内面の生き生きした力があってこそ、音楽になっていく。

庄司さんの演奏を客席から聴いていても、その時その時を生きて音楽を湧き上がらせる方だと感じますが、バックグラウンドには積み重ねてきた鍛錬があるわけです。ですから、ある意味では古く、ある意味ではもっとも若い方であるところが、魅力的ですね。

勅使川原三郎
1981年より独自の創作活動を開始。85年ダンスカンパニーKARAS設立。世界の主要な芸術祭や劇場から招聘され毎年公演。独自のダンスメソッドを基礎に美術と音楽の稀有な才能によって創作を続ける。パリ・オペラ座を始めとした欧州の主要バレエ団に委嘱振付、エクサンプロヴァンスフェスティヴァル、ヴェニス・フェニーチェ劇場でのオペラ演出等、芸術表現の新たな可能性を開くアーティストとして創作依頼多数。2013年に活動拠点カラス・アパラタス開設。2020年に愛知県芸術劇場芸術監督に就任予定。2007年芸術選奨文部科学大臣賞、2009年紫綬褒章、2017年フランス芸術文化勲章オフィシエ他、受賞多数。

庄司 私が観客として勅使川原さんを何度か拝見した印象としては、音楽というものに、もっとも近いダンサーでいらっしゃると、すごく思います。動き一つひとつを音楽に合わせているといった意味ではなく、存在自体が、宇宙にある音の分子のようなものになりきってしまっているというか。もしそれが音楽でなかったら、詩の言葉かもしれないですね。とにかくダンサーという枠すら超えているダンサーだなと思います。

私は普段、音楽家と共演していますが、一緒に演奏するだけではなく究極の何かを共有するところまで行ける方はそんなに多くない。勅使川原さんは、私にとって、空気を共有できる貴重な方。ご一緒できてとても幸せです。

庄司紗矢香 
1999年パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで史上最年少かつ日本人初の優勝を果たして以来、世界の第一線で活躍を続ける。1998年からヨーロッパを拠点に活動し、2004年ケルン音楽大学を卒業。アシュケナージ、デュトワ、ヤンソンス、マゼール、メータ、ビシュコフ、ヤルヴィ等の一流指揮者、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団、ドイツ・カンマーフィル等の著名オーケストラと多数共演。室内楽活動にも力を入れており、これまでにレーピン、ゴラン、イッサーリス、ラン・ランらと共演。数々のCDの評価も高い。使用楽器は、上野製薬株式会社から貸与された1729年製のストラディヴァリウス「レカミエ」。

——今、庄司さんが「空気」「音の分子」とおっしゃいましたが、勅使川原さんのダンス観においても空気はとても大事なものですし、楽器の音にしても空気を伝わって響きますよね。

勅使川原 空気もそうですが、庄司さんの音は、身体によって響かせた音だと感じます。ですから共演しているとき、僕は庄司さんの弾いている音を聴くだけではなく、どういうふうに立っているかな? 膝を使っているのかな? という具合に、庄司さんの身体性を意識しています。

歌手は自分の声を出すから一番そうかもしれないけれど、ヴァイオリニストの場合も、楽器はほとんど身体と一体になっていますよね。手の中に入っている、というより、もはや楽器は手と言ってもいいかもしれない。さらには庄司さんの声も、ヴァイオリンから出ているのではないか? と思うときがあります。

——今もですか?

勅使川原 今もです。身体と音楽が一体となっているから、“磁力”のある音楽になるのではないでしょうか。僕が言う磁力とは、引き寄せる力というより、魂というか心の一番深いところで一体となれる力です。

科学者と違って我々は、あらゆることを科学的に分析し納得できるようにしたりはしませんが、ある種の直感だけではなく、芸術的に、厳密で細かい計算を行なっているんですよ。それはとても面白い作業であって、もしかしたら科学よりも科学的かもしれません。実際、いろいろな科学者が音楽にすごくインスパイアされますよね。ダンサーも同じで、ダンスだけをやっている人間にはダンスはできない。特に僕は、音楽や自然について勉強し、感じないと、踊ることができません。

——庄司さんも大きくうなずいていらっしゃいますね。

庄司 私も、自分の中で音楽とそれ以外のものの境界線が曖昧で、絵画、映画、マイムなどさまざまなものを、音楽と同じように愛しています。音楽のためということではなく、音楽なしの人生を想像できないのと同じように、それらがないことが生きていく上で想像ができないのです。

もちろん、私は音楽家ですから、音楽のことは一番理解しているかもしれないけれど、それは“one of them”。たくさんある芸術の一つのポイントです。歳月が経つごとに知らないものが増えていく感覚が、今はすごく楽しいし、どうして音楽をやっているのかというところにも返ってくる。特に勅使川原さんとは、作っていく過程あるいは共演後などにお話しする中での発見が多くて、そこから世界が広がっていきます。

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭(LFJ)2012にて共演時の映像

屈折し反射し、裏返し続けるマラルメの世界

——今回はフランスの詩人ステファヌ・マラルメの詩「三つ折りのソネ」が題材になるとか。

勅使川原 まず僕が共演をお願いし、内容をどうしよう? となったとき、詩だと思ったんです。他の詩人も浮かんだし、庄司さんも考えてくださったのですが、今回、このタイミングでやれることとして、難しいと言われるマラルメの詩が浮上しました。

マラルメは詩に対してさまざまな解釈をし、自分でジャーナルも作るなどして、世間に情報として流布するポピュラーな言葉ではなく、もっと挑戦的に言葉に向き合い、詩の形式を新たにしようとした人。

ステファヌ・マラルメ(1842-1898)
19世紀フランス象徴派を代表する詩人。非常に革新的で、難解な作品の数々で知られる。

マラルメが主催する「火曜会」という会合にはモネ、ルノワール、オスカー・ワイルド、ドビュッシーなどあらゆるジャンルの芸術家が集まり、音楽家にも影響を与えた。

僕自身、ダンスに対してはある不可能性を感じていて、身体や命があるがままであるということを疑っているし、世界や無、生きていること、存在するということ、それから言葉にも、疑いがある。疑いのかたまりなんです。

だけれども、庄司さんがさっき音楽はone of themだとおっしゃったのに対して、僕にとってはもっと大きい存在で、言葉も、人間の命も、すべて音楽の中に入っているのではないかと思っています。例えば、「プー」とか「ポー」とか、音楽とは言われないような一つのトーンがあるとして、そこに「プープー」とか「たーたー」といった具合に2つ目の音が入ったとき、何かが変わる。それが宇宙かもしれないし、生命かもしれない。

そういうふうに音楽は既にあって、作曲家が作るのはそれの組み合わせではないか、という気すらするのです。

——それだけ根源的なものである、と。

勅使川原 そのように、音楽が古代から成り立っているものだと考えると、その中に詩があって、身体があって、でも身体がなければ人間は存在しないし、人間がいなければ音楽家も音楽も存在しない……。こうやって、考えれば考えるほど、物事は逆転し続けていく。裏返しになってしまう。

ある種の違和感を感じさせるマラルメの詩にしても、裏側の裏側はどうかということを言語に置き換える作業であり、言語によってすべては裏返せるのだと言っている印象を受けます。ものの見方が直接的ではなく間接的で、屈折やリフレクション(反射)によって物事が見えてくるような世界なんです。

庄司 マラルメの詩を読んでいると、勅使川原さんの話し方とどこか似ているんですよね。ユニークで関連性のない言葉が続くけれど、そのようにしか表せないようなものがあって、すごいなとも思うし、とても音楽的だなとも感じます。

過去の力を借りて“向こう側”を見る

——「三つ折りのソネ」は、夕方、夜、朝のある部屋を描いたとおぼしき3篇の詩からなるものですが、具体的には、どのような舞台になるのでしょう。

勅使川原 3つの連なり、合わせ鏡のようなイメージで、3つの場面を作ろうと考えています。夕方から夜、夜から深夜、そこから明け方というふうに移っていきますが、僕は夕方も夜の一部だと考えてますし、明け方にもまだ夜があります。

——3つの場面を設定しつつ、どこか溶け合った部分があるわけですね?

勅使川原 そうですね。部屋という限定された場所が舞台ですが、その場で庄司さんが演奏してくださることによって、光が差すように、音楽が、周りの音が、そこに充満する、あるいは流れてくる。僕が求めているのは、例えば風が空気の動きであるように、音楽がそこに動くこと。ですから、誰々が作曲したこういう曲で、こういうメロディで、ということよりも、音が湧き上がり、あるいは降ってきて、そこに佇み、またすっとどこかに消えていくような、物体のような音楽であることを目指したい。

同様に明かりの変化も重要で、この作品においては、それが“暗さ”として現れます。ただし暗さは、映画『2001年宇宙の旅』に出てくる真っ白の部屋のような形でも表現できる。僕自身も『Here to Here』(97年)で作りましたが、影がない空間は時間感覚を失わせます。そうした“無時間性”も、この作品に有効だと考えています。

——劇場に箱を作って部屋を表現するのでしょうか?

勅使川原 いえ、家具を置くこともあるし、あるいは抽象的な線だけになることもあるかもしれませんが、いずれにしても壁は作りません。壁を作らないほうが、空間を広くも狭くもできるのです。僕が作りたいのは無限性ですから。表側を見たら裏側も見たくなるのが人間ですが、裏を見たら全部終わった、知ったことになるのかといえばそうではない。今回はマラルメの詩を踏まえ、そこから受け取ったものを表現しつつ、詩の中にも音楽の中にもダンスの中にもなかった“出会い”を作って、今まで見えなかったもの、あり得なかったことを、生み出したい。そしてそれはいつまでも継続していて、途中でたまたま自分は死んじゃうけれど、その前にも後にもずっとそれは続いている……。

昨年、東京バレエ団に『雲のなごり』という藤原定家の短歌から生まれた作品を振り付けましたが、言葉に記された思いは、700年以上経った今の我々にも感じることができますよね。“今”や“未来”にばかりとらわれていると、いつも地べたにくっついていなければならないけれど、過去を見れば、高みまで行ってその向こう側を見ることができるかもしれません。過去の力によって我々は少し浮いて、何かを展望できる。それをさせてくれるのが音楽だと思うのです。

——では、マラルメの詩と、音楽と、ダンスからなるこの作品を味わう観客も、ちょっと今から離れて浮くことができる?

勅使川原 そうなるといいですよね。今から離れて、自分を失ってもいいじゃないですか。劇場というのは自分を失っていい場所。「自分はこういう人間だ」「将来こうなるだろう」などとわかった気になるのではなく、あるいはただ「可笑しい可笑しい」で済ませるのでもなく、もっと不思議な場所でいい。そこで自分に足りなかったものを感じたとしても、それを感じているのも自分なのですから、否定するのではなく、より豊かになれる力を得られる場所だと思えるのではないでしょうか。

——そのように機能する劇場は、怖い場所でもありますね。

勅使川原 まさに、劇場というのは危ない場所。だからこそ面白いのです。

——「三つ折りのソネ」が題材で、詩と音楽とダンスによる作品で、出演者も庄司さんと勅使川原さんと佐東利穂子さんの3人。「三位一体」などと言いますが、今作において「3」はキーとなりそうです。

勅使川原 名前にもありますね。「三郎」ですから。

——そうでした! これらの「3」からどのようなものに出会えるか、観客として楽しみです。

庄司 このプロジェクト自体が化学実験みたいなものだと思うのですが、以前、化学者と話したとき、答えはこうだということがわかっていて、それを証明するのだと聞きました。今もたぶん、こうなる、というのはあって、これからそのプロセスをやっていく。

勅使川原 こういう時、「先のことはまだわからないんです」などと言いますが、実はわかってるんです。わかっているけれど、わかっていると思い込まないようにすることが、作品なんです。約束されていないことが、されていないにもかかわらず、できてしまって、でも実はそれはちゃんとプランされている。喋っているとわけがわからない話になっていきますが、本当にそう思っています。

……庄司さん、今日はちょっと稽古したような気分ですね。

庄司 ベースメント(基礎)を作った感じですね。

勅使川原 我々はいつも限られた時間しか会えないけれど、会ったときの、フラグメントのような会話が、ずっと残ります。「そうしようね」と言い合っているわけではないけれど、お互いに覚えているんですよね。

庄司 はい、次に会うまでに言葉が“煮込まれ”て、それが作品に繋がっていくのが、とても楽しいんです。

公演情報
三つ折りの夜

演出・振付・照明・美術・ダンス: 勅使川原三郎 

ダンス: 佐東利穂子 

ヴァイオリン: 庄司紗矢香

東京公演

日時: 2020年3月6日 (金)19:30開演

7日(土)16:00開演

8日(日)16:00開演

会場: 東京芸術劇場 プレイハウス

チケット: 全席指定・税込
S席 5,500円 A席 4,500円
65歳以上(S席) 3,500円 25歳以下(A席) 2,500円 高校生以下 1,000円

詳細・チケット購入はこちらから

愛知公演

日時: 2020年3月12日(木) 19:00開演

会場: 愛知県芸術劇場 コンサートホール

チケット: S席 5,500円(U25 3,000円)A席 4,500円(U25 2,000円)

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