世界を巡る古美術商・毛涯達哉さんに聞く ロシアの市民生活は今どうなっているのか?
いまウクライナとロシアについてのニュースは、どうしても政治や軍事の事柄ばかりになってしまいがちですが、等身大の市民生活はどうなっているのでしょうか。
戦争勃発後もロシアへ頻繁に往復されている毛涯達哉さんは、ピティナ(全日本ピアノ指導者協会)を退職後、サンクトペテルブルクと東京の両方を拠点としながら、ヨーロッパ各地からさまざまな古美術品を仕入れ、日本のアンティーク愛好家に販売する古美術商の仕事をされています。
美術と音楽の両面から、ロシアといまも接点を持ち続ける毛涯さんから、現地の市民生活の最新事情、そして音楽と響き合う古美術の世界について、話をうかがいました。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
毛涯達哉(けがい・たつや):古美術商。1980年東京都生れ。東北大学でバイカル湖集水域の古環境学を専攻。大学院中退後、クラシック音楽関係の会社に就職。仕事の合間に独学でロシア語を習得し、2014年にサンクトペテルブルクへ移住。東京と往復する傍ら、ヨーロッパや中東に通い、古代ユーラシアやオリエント(エジプト、メソポタミア、ギリシア、ローマ、ビザンツなど)の発掘考古およびキリスト教美術を取り扱う。文化的背景や美術様式を学ぶきっかけになるよう、テーマを持たせた展示会を企画している。Instagram:神 ひと ケモノ(撮影:各務あゆみ)
ロシア人たちの間に、世界を敵に回したという意識はある
――毛涯さんはお仕事を通して、ウクライナとロシアとの違いについて、どういう印象を持っていらっしゃいますか?
毛涯 気候はウクライナのほうがどちらかというと温かいし、風土も穏やかです。体制的にも民族的にもロシアと近いですが、ウクライナのほうがヨーロッパに対して開かれているように感じます。日本人もビザがいらないですし。
首都キーウではロシア語が話せる人がほとんどなのですが、何年か前からはカフェのような公の場でロシア語を話すことが禁じられているそうです。僕みたいな外国人にそれが適用されることもないし、それほど厳しくは制限されていないようですが。
――ロシアの市民生活では、特段の変化とか、戦争を感じさせるようなものは?
毛涯 もちろんありますよ。侵攻が始まってすぐロシアに行きましたが、歴史的な場面にいたと今さらながら思います。そのときはみんな途方に暮れていて、職がなくなる人もいましたし、慌てて国外に逃げようとしている人も大勢いました。友人に会いに行ったら、「お前こんな時によく来たな」と笑われましたが、
その数日後にアエロフロート国際線が全便欠航になり、
今はだいぶ落ち着いてきましたが、プーチン大統領を支持する人としない人の間で分断が生まれました。若い人は戦争反対、でも一方で国を守るリーダーとしてプーチンを支持する、その親世代の人もいるわけです。そういう人たちの間ではもう、会話が成り立たない、意見の違いから断絶みたいなことも起こっていました。
――各国の企業が撤退していく象徴として、マクドナルドが閉店になって、よく似た別のハンバーガーショップが開店したと聞きますが?
毛涯 行きましたよ(笑)。開店したというよりは、そのまま居抜きで営業を再開したという感じです。
――味はどうでしたか?
毛涯 不味くはないけど、味はちょっと落ちてるかな。面白かったのは、注文するタッチパネルのメニューがほぼそのままなんですよ。でもあの「M」の字は抹殺されてて、「マックナゲット」はただの「ナゲット」になっていたり。ハンバーガーの包みはロゴのないふつうの紙。
――最後に私がロシアに行ったのは2017年でしたが、ネフスキー大通りはシャンゼリゼ通りや銀座通りと何ら変わらないくらい、欧米や日本と同じ雰囲気で人々が暮らしていました。西側のブランド品も、日本資本のユニクロも、ロシアの人たちに根づいていたはずですよね。そういうものが一切消えた?
毛涯 大型ショッピングセンターにあったブランド店はほとんどが閉店し、人気店は閉店直前に行列ができていました。雇用にも大きく影響したと思います。しばらくそのまま休業状態になっていましたが、テナントも入れ替わってきています。スタバも似たような店に姿を変えました。
――ロシアの人たちの受け止め方はどうなんでしょう。
毛涯 世界を敵に回してるという意識はもちろん持っています。まあそれでも団結してやっていくしかないと……そうなってしまったからには。とはいえ、西側社会だけが「世界」ではありませんし、それほど悲壮感が漂っているわけでもないように思います。
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