当代最高のバリトン、レオ・ヌッチが最後の来日~83歳、輝く美声で得意のヴェルディを
60年にわたるキャリアにおいて、とりわけヴェルディの歌唱では当代最高のバリトンと讃えられるレオ・ヌッチ。80歳を超えてなお絶対的な歌唱を聴かせ、2024年2月の来日公演は「歴史に残る」と評された。そのヌッチの最後の来日公演が11月9日、サントリーホールで開催される。演目はヌッチと分かちがたく結びついているヴェルディの2作品。「日本のファンの愛情に報いるために」というラストコンサートにかける思いを伺った。
東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
(質問作成:室田尚子)
作品が上演された時代に立ち返る「宮廷スタイル」のコンサート
——今回の公演は「宮廷スタイル」とのことですが、具体的にどのようなコンサートになるのでしょうか。
注)19世紀の宮廷劇場やコンサートホールでのオペラは、小規模な管弦楽団で演奏されていた。ヴェルディは《ファルスタッフ》の、 レオンカヴァッロは《道化師》の縮小版楽譜を書いた。《カルメン》の縮小版楽譜も存在し、このようにコストやスペースの制約に対応するため、縮小された楽譜の出版が一般的だった。
レオ・ヌッチ フランツ・リストは、《リゴレット》《トロヴァトーレ》《アイーダ》から有名な「パラフレーズ」(編曲)を書きましたし、リヒャルト・ワーグナーも、出版社の同意を得て、《トリスタン》と《タンホイザー》の「レミニセンス」(回想)を書いています。
それは、劇場外で音楽を広める方法でした。ラジオもレコードも存在しなかったことを忘れてはなりません。今ではすべてが当然のこととされ、歴史は退屈なものとして見られがちです。
現在のオーケストラは、19世紀のオペラの世界と比較して人数が倍増しています。ベートーヴェンとワーグナーは大規模なオーケストラのために作曲しましたが、イタリアのオペラの楽器数は最大でも42でした。
フィレンツェのペルゴラ劇場での《マクベス》の初演は、プロセニアム(舞台手前)のボックス席に打楽器を置いた、小規模なオーケストラで演奏されました。ボローニャ歌劇場や他の多くの劇場のように、900席規模の劇場には、ワーグナーが考案したオーケストラ・ピットは存在しませんでした。
現在のオーケストラ編成では、聴衆はどこに座ったらよいのでしょうか? 文献学と歴史的な真実はまた別のものです。
1942年ボローニャ近郊で生まれる。15歳で才能を見出され、自動車修理工場で働きながら声楽を習得。ミラノ・スカラ座の合唱団員として基礎を固め直し、クラウディオ・アバドに見出されて77年、フィガロ役でスカラ座にデビュー。以後は世界の一流劇場を次々と席巻し、瞬く間に国際的スターになった。いまも語り草の名演には、1989年のザルツブルク音楽祭におけるカラヤン指揮・演出のヴェルディ《ドン・カルロ》などがある。
60年にわたるキャリアで、ヴェルディ、プッチーニ、ロッシーニ、ドニゼッティ、チレーア、ジョルダーノ、モーツァルトなど60を超えるレパートリーを誇る。とりわけヴェルディの歌唱では当代最高のバリトンの名をほしいままにしてきた。なかでも当たり役の《リゴレット》の公演回数は、優に1000回を超える ©Roberto Ricci
私にとってリゴレットは、人間の欠点と長所の統合体
――長いキャリアの中で数多くの役柄を歌ってこられたヌッチさんですが、最後の来日公演でヴェルディの2作品を選ばれました。ヴェルディという作曲家はヌッチさんにとってどのような存在でしょうか。
レオ・ヌッチ ヴェルディを選んだのは、私がもっとも多く歌い、多くの理想的な価値観によって彼と結びついているからです。
公式なキャリアの最後の25年間、3つの演目を除いて、私は常にヴェルディだけを歌ってきましたし、ヴェルディの「父親役」を歌ってきました。そして、リゴレットは東京の親愛なる友人たちが私にリクエストした役です。
サントリーホールでの私たちの夜の《椿姫》では、聴衆への敬意とヴェルディへの愛のために、アリアのみを演奏することをお知らせしておきたいと思います。
その後で、室内オーケストラのために楽器編成を縮小した《リゴレット》を演奏します。合唱や他の登場人物は、オペラ公演全体には必要ですが、リゴレット、ジルダ、そして公爵という人間のドラマとは真のつながりはありません。ヴィクトル・ユゴーの戯曲『王は愉しむ』に由来する悲劇の核は、3人が織りなす心理的・人間的ドラマにあります!
――リゴレットはヌッチさんの当たり役と言われていますが、ご自身
ヌッチ 私にとってリゴレットは、強制、屈辱、復讐、責任の放棄など人間の欠点と、もしあれば、いくつかの長所すべてを併せ持つ人間としての統合体です。ヴェルディが当時、障害のある人間を舞台にかけることについて批判された時、彼はこう答えました。「この障害によって、彼の人間性はより強く現れる」と。
80歳を超えて声を保つ秘訣は――情熱と絶え間ない勉強です!
――最後の来日公演になるとのことですが、これまでの来日の中で印象に残っている出来事があれば教えてください。
ヌッチ 私が愛する日本での思い出はたくさんあります。1981年のスカラ座の最初のツアーで、《セビリアの理髪師》のフィガロ役でデビューしたこと。その他にも数えきれないほど多くの思い出がありますが、2024年の最後のコンサート、82歳でサントリーホールで演奏したことは、いつまでも私の心に残っています!
――80歳を超えても輝かしい声を保ち続けてきた、その秘訣はなんでしょうか。
ヌッチ 秘訣はありません。情熱と絶え間ない勉強です!
――ヌッチさんの歌声を楽しみにしている日本のファンに向けて、メッセージをお願いします。
ヌッチ 親愛なる日本の友人たちへ。あなたたちに再会したいと心から願っています。83歳になったことは事実ですが、あなたたちを驚かせるために準備を進めています。あなたたちの温かさと愛情に報いるため、あなたたちが私に与えてくれている栄誉を返すために……。
またすぐにお会いしましょう。
あなたのレオ・ヌッチ
日時:2025年11月9日(日)13:30開演
会場:サントリーホール 大ホール
出演
バリトン:レオ・ヌッチ
ソプラノ:エリーザ・マッフィ/テノール:イヴァン・マグリ
演奏:アンサンブル・ヴェルディ
曲目
前半:ヴェルディ 歌劇《椿姫》ハイライト
後半:ヴェルディ 歌劇《リゴレット》ハイライト
チケット:S席 28,000円/A席 23,000円/B席 18,000円/C席 14,000円
問合せ:ticket-concert@mail.rakuten.com
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