インタビュー
2023.07.06
町田樹「エチュードプロジェクト」Specialインタビュー〈後編〉

インスピレーションはアニメのスヌーピーから〜《チャーリーに捧ぐ》に込められた想い

元オリンピアンで研究者の町田樹さんらによる「エチュードプロジェクト」。許諾も使用料も必要なく、誰でも自由に滑れるフィギュアスケート作品を——という画期的かつ斬新な世界初の試みは、2023年7月1日、YouTubeで作品が公開されるやいなや、あっという間に話題となりました。
前編ではプロジェクトの概要をご紹介しましたが、後編は作品や制作過程などについて、より詳しくお話を伺いました。

取材・文: 坂口香野

写真: 松谷靖之(実演)、編集部(ポートレート、インタビューほか)

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原点はアニメ「スヌーピーのスケートレッスン」

——「私のお父さん」(イタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニのオペラ《ジャンニ・スキッキ》のなかで歌われるアリア)を口笛とハープで演奏するという発想はどこから生まれたのでしょうか。

町田 実はこの作品、スヌーピーの短編アニメーション映画『She’s a Good Skate, Charlie Brown(邦題「スヌーピーのスケートレッスン」)』にインスピレーションを受けているんです。Apple TVなどで有料視聴できますけれど、ちょっと見てみますか? (パソコンを開いて映像を見せていただく)。

このアニメの主人公は、スポーツ万能の女の子、ペパーミント・パティ。フィギュアスケートの競技会を目指して、早朝から凍った池で熱心に練習しています。スヌーピーはうるさ型のコーチ役で、相方のウッドストックは興味深げに見守っています。ペパーミント・パティが演技に使っている曲が「私のお父さん」なのです。

——なんと、ここから!! だからタイトルが《チャーリーに捧ぐ》なんですね。

町田 スヌーピーの生みの親であるチャールズ・M・シュルツさんは、スケート文化を心から愛した方で、ご自身もアイスホッケー選手でした。スケート愛が昂じて、地元のカリフォルニア州サンタローザに私設スケートリンクをつくってしまったくらいなのです。

さて、競技会当日、スヌーピーは音響係を務めているのですが、いざというときにテープが壊れてしまうんですね。そこでウッドストックが機転を利かせて、毎朝練習で聴いていた「私のお父さん」を口笛で見事に演奏するのです。おかげでペパーミント・パティは完璧な演技ができ、見事優勝することができた、というお話です。

——素敵! パティの動きが、とてもリアルですね。

町田 フィギュアスケーターの実写映像からアニメに落とし込む、ロトスコープという技法を使っています。ですから、ジャンプやステップもとても正確に描かれている。実写映像の撮影に協力したスケーターのひとりは、シュルツさんのお嬢さんだそうです。今回の作品では、シュルツさんへの敬愛を込め、要所要所でアニメの振付を引用しています。現実からアニメ作品に昇華された動きを、ふたたび現実の世界で再現してみたわけです。

《チャーリーに捧ぐ》というタイトルには、実はもうひとつ意味があります。本作品は、トウループジャンプを学ぶためのエチュードになっていますが、トウループは1990年代まで、何と「チャーリー」と呼ばれていたのです。この作品には、スヌーピー文化へのオマージュと、「チャーリージャンプ」への懐旧の思いを込めているんですよ。

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——今回の音楽は、アニメとはまた異なる流麗な響きですね。

町田 アトリエ・ターム(*)でいろいろな口笛奏者の演奏を聴き比べてみたのですが、青柳呂武(あおやぎ・ろむ)さんの口笛がもっともメロディアスで抒情的だと感じました。呂武さんは口笛の世界チャンピオンで、声楽やヴァイオリンの経験もお持ちです。是が非でもお願いしたいと、今年1月半ばに彼のホームページにあったアドレスにメールを送ったら、すぐにお返事をいただけたのです。

アニメでは、伴奏として懐かしい響きのハモンドオルガンが入っているのですが、呂武さんから「今回はハープでやってみてはどうか」と提案があり、ハープ奏者の小幡華子さんをご紹介いただきました。おふたりが編曲した作品を、3月半ばに約6時間もの時間をかけて録音を行なったのですが、本当に素敵な音楽に仕上がっていて。その美しさを最大限生かせるよう、振付に取り組みました。

*アトリエ・ターム……国内の芸術研究者およびアーティストで構成される匿名の制作者集団

収録時の様子。リンクの中央で口笛奏者の青柳呂武さんと。
写真:編集部

ロングトーンを体現する心地よさはフィギュアスケートの醍醐味

——今回は町田さんご自身が模範演技をされていますが、トレーニングはどのように?

町田 実はものすごく大変でした(笑)。競技を引退して8年になりますが、久々にアスリートに戻りましたね。ゴールデンウィーク中の収録までにベストコンディションをつくれるよう、逆算して年始からトレーニングを始めました。走り込みは1日5km、仕事もあるのでリンクでの練習は週1回程度でしたが、滑り始めて2日目に、トリプルトウループが跳べるようになりました。

——そんなに早く元に戻るものですか!?

町田 バレエなどを続けていたので、それなりに体幹の強さは維持されていたのだと思います。でも、初日に1時間滑ったら、足に豆ができて、さらにつぶれて足が血だらけになってしまって……(笑)。現役時代は象のように硬かった足裏の皮膚が、すっかり柔らかくなっていたんですね。

それと、意外にもスピンの感覚は収録直前まで戻らず、練習のたびに立てないくらい吐き気がしてつらかったです。でも、4か月ほどで2分半のプログラムを滑り切るだけの体力もつけ、収録に臨むことができました。

華麗に次々とジャンプを跳んでいく町田さん。
写真:編集部

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