作曲家・間宮芳生×絵本作家・本間ちひろ対談 後編

詩人と作曲家がオペラに仕掛けたもの――本物を見極める力を後世に伝える

インタビュー
2019.04.28

作曲家・間宮芳生さんと絵本作家・本間ちひろさんの対談後編。

話はお二人がそれぞれに影響を受けた木島始さんから、オペラ《ニホンザル スキトオリメ》が現代の日本へ訴えかけるもの、後世に伝えたい「本物」のお話へ。

亡くなる直前まで言葉を紡いだ木島始さんや、御年90歳の間宮さんから若いアーティストに投げかけられる「問題意識」。皆さんはどう受け取るでしょうか。

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Photos:各務あゆみ

撮影協力:ウェルケアガーデン馬事公苑
間宮芳生 作曲家
間宮芳生
間宮芳生 作曲家
1929年6月29日北海道旭川市で、男ばかり4人兄弟の四男として誕生。父は高等女学校音楽教師。長兄が始めたピアノにならって、4歳の頃からピアノを弾きはじめ、6歳の頃、...
本間ちひろ 絵本作家・イラストレーター
本間ちひろ
本間ちひろ 絵本作家・イラストレーター
1978年、神奈川に生まれる。東京学芸大学大学院修了。2004年、『詩画集いいねこだった』(書肆楽々)で第37回日本児童文学者協会新人賞。作品には絵本『ねこくん こん...
取材・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター
飯田有抄
取材・文
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

詩人が「わざと」しかけたもの

本間: 木島さんの台本が完成してから作曲したんですか? それとも同時に?

間宮: ほぼ同時進行で作曲していった。ただひとつ、とってもやりにくかったところがあって。詩人っていうのは、どうにも不思議な語呂合わせをするんだよ。その語呂合わせに、どうしても付き合わなくちゃいけなくって。

本間: どこですか?

間宮: 第5景だね。女王ザルの言葉。

いやな風むきだわ、これは、おや、あれは風がなっているのかしら、ひや、ひや、ひゃっふう、ふう、ふうひゃらら、ってあの風は何のかぜ。何のかぜって何のこと、こそこそ、かさかさ、ざざざ、あああ森じゅうのなんて、きみのわるいざわめきようなのかしら、なぞなぞかけられて、かこめ、かこめ、かこまれるのはこのわたし、けちんぼうたちにかこまれる、くいしんぼうたちにかまれる、かこまれる、かまれる、かこまれる、なぞなぞかけられて、ああ、

この、「かまれる、かこまれる」ね。ここに僕は音楽で付き合わなきゃなんなくて、ものすごく辛かったの!

本間: 辛かったんですね(苦笑)。でも、取らないで、残したんですね。

間宮: しょうがないもん。もうできて来ちゃったから。

本間: じゃあ、台本のここを直してください、とかはあまり言わなかった?

間宮: 言ってないですよ。

本間: それは大変でしたねぇ!

間宮: うん、これは大変だった!

本間: だって、木島さんの詩って、そのまま読んでも読みにくいようなところが、多分わざと作られているんですよ。さらっと読ませない。わざと、つまづくように、わざと引っかかるような手触り、舌がからまるようなところを作る。

間宮: だから僕はここをね、まったく音を動かさないで、おんなじ音だけで歌ってるの。逃げるしかしょうがない。で、オーケストラの音を大きくして。

本間: だからむしろ、女王ザルがすごくヒステリックになっているのが伝わりました!

間宮: うん。一生懸命逃げたの。

本間: 女王ザルは悪い人だけど、ちょっと惚れちゃうオーラを出していますね。

間宮: 最後の女王ザルのアリアは綺麗でしょう? オトモザルという人物は、女王ザルを神様みたいに思っていて、女王ザルが死んだあと、彼女が歌っていた節でね、自分も歌うところがあるんです。第七景。

本間: ああ! 切ない!

間宮: もう、わざとそう書いたの! (笑)女王様に惚れ抜いている。

本間: だから、観ているこちらも惚れちゃうんですね、つられてしまう(笑)。

原作にはなかった「木」の存在

本間: 木島さんの「ニホンザル・スキトオリメ」は、もともとは童話の作品です。間宮さんはいつ最初に読んだのですか?

間宮: う〜ん……付き合いが長いから、いつどこで初めに見たのか、わからないな。

本間: 木島さんて、私にも、出来上がった詩集や雑誌に載った詩や文章のコピーをお手紙と一緒によく送ってくださる方だったから、ひょっとすると、直接送られてきたのかもしれないですね。

間宮: うん。「スキトオリメ」は童話だけどオペラにしたいから、と頼んだら、こういうものができた。最初と最後にプロローグ、エピローグをつけてくれた。

話を運んでくれるのは「くすの木」という役。これはオペラになった段階で生まれた役なんだよね。

本間: 童話では、木じゃなくて洞穴だった。木になったのは、よかったと思います。木島さんは、「木島」というペンネームをお使いだし、木の詩も書いているし、きっと木が大好きでしたから。

間宮: くすの木役には、関西アクセントで歌わせてるんです。木島さんは京都の人でしょ。だから、それがなんとなくしっくりくる。

本間: なるほど、では木の役には、木島さんの姿が投影されているんですね。私は、木島さんの台本だけを読んでいたときよりも、間宮さんの音楽を聴いて、実際にこのお話の世界観がものすごく広がりました。木島さんも嬉しかっただろうな。

間宮: 木島さんの詩を合唱曲にしたものも2つある。1つは『合唱のためのコンポジション 第16番』。2つの楽章があって、最後の楽章は木島さんの詩。

あらゆる草の葉には 香りがある

あらゆる目の光には 矢じるしがある

あらゆる子供の魂には つばさがある

見えないいとなみで 私たちは結ばれる

という4行詩。それを合唱の曲にした。

もう1つは「うたのわたりどりたち」という作品。最後の曲が木島さんの詩。

これが見事な詩でね。

みどりの

はなびの

まんなかに

おおきな木は

うたいながら

たっている

っていう、これだけ。真夏に大きな木が枝を広げている。木の下に行って空見上げてごらん。まんまるな緑の花火が見えるんだよね。

ほんと、木島さんというのは、不思議な人だよ。

本間: この詩は、『木』(福音館書店)というタイトルの絵本にありますね。絵本も、最後のページは大きく広がるの。

私は木島さんにたくさん影響を受けていて、木島さんの本をたくさん読んでいるんですが、よくリズムや仕事歌についてお書きになっていました。

今は電化製品でお料理も洗濯もなんでもできちゃう。ピッと。それもいいんだけど、今の日常生活のなかで、何か仕事歌のようなものを絵本で作れないかな〜と思って、『おむすびにんじゃの おいしいごはん』(リーブル)という本を作りました。歌ってわけじゃないんだけど、リズムをテーマにしたんです。お米を研ぐ音とか、炊く音とか、そういう日常の、生きていく上での仕事のうた。

木島さんから学んだことが、私の創作の中でも生きています。

「ニホンザル・スキトオリメ」が告発するもの

本間: 57年ぶりの再演を聴かれて、どうでしたか?

間宮: いやあのね、今までそれほどにも思っていなかったのだけれど、今回再演して、その録音を聴きなおしてみたら、「なんだこれ、日本の戦争中のことを、きちんと告発しているじゃない!」と思った。軍国体制の中で、バカな戦いをして死んでいった日本、それを今、我々は本当に清算できているのかしら、と。そういうことが、この物語に入っているんじゃないか、と。今の日本の政治を見ていると、だんだん昔に戻っていきそうな気配があるんで、じゃあこれもういっぺん、ちゃんとやって、ちゃんと伝えようという気持ちが、今ものすごくある。

本間: 木島さんは、原爆で傷つき運ばれて人たちを手当した経験があって、それが彼の「書くこと」の根底にあるように感じます。このオペラにもそれを感じます。

間宮: あらゆる生物のなかで、同じ種族で殺し合う、それも、わざわざ出かけて行って殺し合うなんていう種族は、人間しかいない。人間というのは、本当に罪深い種族でありまして。

間宮: 僕が作った歌の中に、「空の向こうがわ」というのがある。これは実際に僕がみた夢をもとにしている。歌手で詩人の友竹辰さんに話をして、詩にしてもらった。殺し合いをしている地球じゃなくて、もう一つの地球に行ってみたら……っていう夢。

本間: 行ってみたら……どうだったんですか?

間宮: そこには実に平和な暮らしをしている人類があった、という歌なの。僕、この歌広めたいんだなぁ!! とっても優しい歌なんだよ。

本間: じゃあ、歌いましょう。わたし、練習して、ほんとに歌います。

間宮: こんな詩。

夢でバラの花の花粉になって

蜜蜂の後ろ足にくっついて

青い空を飛んだ 白い東の空から

ダイダイ色の西の空へ

お花畑の上を 飛んだ

高く 高く 高く

 

透き通った北の空のはしっこで

オーロラのしっぽの先につかまって

流れ星になった

空の向こうがわの

もひとつの空へ突き抜けると

もうひとつの地球に ついた

はるか はるか はるか

 

 

もうひとつの地球には

昼もない夜もない装甲車もない

動物園もないし文字もない oh-

キリンの目とカブトムシの肌をした

人たちが少し悲しげに

ハチドリ羽音のような

やさしい歌 歌ってた

静か 静か 静か

友竹辰

本来、人類はそのように存在していたはずなんだよ。北アメリカの西部に住んでいたナバホ族には壮大な創世神話があるんだけど、どっこにも戦争の話が出てこない。

狩をする種族、畑を作る種族、魚を獲る種族、みんな住み分けていて、それぞれが平和に暮らしている。アメリカの学者がそれを英語に訳し、それを金関寿夫さんという人が全部を日本語に翻訳した。これ、ものすっごく面白い本だから、買って読んでごらんなさい。

『アメリカ・インディアンの神話 ナバホの創世物語』
ポール・G・ゾルブロッド著 金関寿夫・迫村裕子 訳
(大修館書店刊行 1989年初版)

本当にいい作品は、決して古くならない

本間: 「ニホンザル・スキトオリメ」の音楽には、楽しいところ、コミカルなところもある。でも後半の戦いの場面では、心がズタズタになるような厳しい響きがある。初演は1967年、終戦からまだ20数年の頃、オペラにこめられた詩人や音楽家の戦争への悲しみに、鬼気迫ります。このような思いがオペラとともに伝えられていけば……と思いますが、演奏家に大切な表現力などはありますか?

間宮: 演奏家たちの力をどう養っていくか。古くならない本物を、聴き分け、見極める力量が、今の音楽家に本当にあるかしら。

初演では、僕の友だちだけに演奏してもらった。女王ザルをやってくれた滝沢三重子さんという歌い手は、ほんとに日本語が綺麗でね。滑舌がすごくしっかりして、それでいて情緒がちゃんとあって。「あ、この人がやってくれるなら、このオペラ作れる」と思った。僕の中で聴こえている、滝沢さんの「だまってらっしゃい!」というあの声、あの歌い方はなかなかできない。

本間: なぜでしょうか。

間宮: 平和に過ごすのはいいことです。しかし、なんというのか、のん気に育ちすぎてもいけないです。

本間: 「ニホンザル・スキトオリメ」は、ぜひこれからも再演を重ねてほしい作品です。社会的なテーマでありながら、ロマンもあって説教じみていない。やっぱりアートとして、表現として本当に素晴らしい。今も、未来も、必要とされる作品だと思うのです。

間宮: ま、そういうもんです、作品というのは。本当にいい作品は、決して古くなりません。

対談を終えて

間宮さんとの対談のあと、夜、詩人の故・木島始さんの奥様の光子さんに電話をした。何かヒントを、もらえるような気がしたのだ。

 

「問題意識。木島はいつも問題意識を持っていました。いつも何かを読んでいて、気になることには、またそれに関するものを読んで。問題意識があるから、いつでも書きたいことがあって。自分からも書くし、依頼原稿も職人のように一生懸命取り組んでいました」

 

間宮さんから私が感じたことに、言葉をはめるとするなら、そうか、それは「世界に対する深い問題意識」といえるかもしれない。美とそれは、地下水脈でつながっている。

 

昭和の戦争から時を経てしまったから、若い世代が戦争について考えなくなる、と言う人がいるが、私はそうは思わない。表現、芸術、アートが、戦争の悲しみ、平和の希望へ、いつでも心を連れて行ってくれるのだから。

 

何千年も、木が生き続けていくように、この素晴らしいオペラ「ニホンザル・スキトオリメ」が人々の手によって、生き続けていきますように。

 

本間ちひろ

対談から生まれた「うたう」イベント
間宮芳生の歌をうたう会

絵本屋さんで、うたう会Vol.1

間宮芳生の歌をうたう会

日時: 5月19日(日)13:30~15:00(13:15開場)

出演: 

ピアノ: 亀田正俊(道楽音楽家)

ナビゲーター: 飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)

司会: ほんまちひろ(絵本作家・コーディネーター)

場所: ブックハウスカフェ(千代田区神田神保町2-5 北沢ビル1F)

参加費: 1,000円(小学生500円)
スペシャル割引: 『間宮芳生歌曲集』を会場でご購入の方は参加費500円)

予約: E-mail yoyaku@bookhousecafe.jp 電話 03-6261-6177
※メールで予約の際は「件名」に「5/19 うたう会」として、「本文」にフルネーム(よみがな)・電話番号・参加人数(大人/子ども)を必ず記載のこと。

対象: 小学生~大人  

持ちもの: 歌う心

うたう歌:

『間宮芳生歌曲集』(作曲・間宮芳生/音楽之友社)より

「棒が一本あったとさ」(東京のわらべうた)

「こころとあし」(詞:工藤直子)

「やまのこもりうた」(詞:工藤直子)

「空の向こうがわ」(詞:友竹辰)  ほか

メニュー・イベントは予告なく変更になる可能性があります。

後日「うたう会」のために再び間宮さんのもとへ。左から飯田有抄、間宮芳生、本間ちひろ、亀田正俊。
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