五嶋みどりさんインタビュー~音楽を通して子どもたちに伝える人間の温もり
若くしてデビューして以来、世界を代表するヴァイオリニストとして活躍を続ける五嶋みどりさん。彼女が演奏活動を同じくらい情熱を傾けてきたのが「ミュージック・シェアリング」。あらゆる人々に本物の音楽を届ける理念のもと、2023年には活動開始30周年を迎えた認定NPO法人です。6月、東京と大阪で「第15回 ICEPラオス/日本 活動報告コンサート2024」を開催するみどりさんに、活動の原点、今感じていること、そして今後の展望を語っていただきました。
失われつつある人間の温もりを子どもたちに伝える「訪問コンサート」
——みどりさんが「みどり教育財団(Midori & Friends)」を設立したのは1992年、21歳(20歳?)のころです。非常に若い時期から「子どもたちと一緒に音楽の喜びをシェアしたい、という気持ちや使命感の方がずっと強かった(国連HPより引用)」とのことですが、その想いの原点はどこにあるのでしょうか。なにかきっかけが? それともごく自然な想いだったのでしょうか。
みどり そういえば、こういうご質問はインタビューや、なにかの集まりでしばしば尋ねられ、そのたびに過去を振り返ると、答えが一つでないのですよ。
確かに14歳のタングルウッドのコンサートで2回弦が切れたハプニング※が小学校用の教科書に載って以来、ちびっこファンレターが増えて、私もその仲間になれた気もしましたし、NYに来る前は従妹同士、仲が良かったので、いつまでも子どもの中に居たかったのかもしれません。使命感とか音楽の喜び、といえば格好いいのですけれどね。
※1986年のタングルウッド音楽祭、バーンスタイン指揮で演奏していたみどりさん。演奏中にヴァイオリンのE線が切れたためコンサートマスターの楽器を借りて演奏を続けるも再び弦が切れ、副コンサートマスターの楽器で最後まで演奏を行なった。このエピソードは「タングルウッドの奇跡」として、アメリカの小学校の教科書に掲載された。
——「訪問コンサート」の活動開始から30年を超え、訪問先の幅も広がっていくなかで、プログラムへのニーズはどう変わってきましたか? 例えばこの10年で、子どもたちは完全なデジタルネイティブになり、スマートフォンを触るのが当たり前になりました。以前と比較して反応が変わった、などということは?
みどり 少し気を許すと大人が置いてけぼりになるスピードで子どもたちは走っています。ただ、その走っている道を自分で選んだり、ほかの景色を見渡すというチョイスの有無さえ考えないように、用意された鉛色のコースで、周りからかぶせられるIT機器を着重ねていく。それが“現在の自然”となってしまうと失われるものも多いのが当然です。
私が一番危惧するのは、考える力とか、振り返るとき、自分を大切にする気持ち、すなわち他人も大切に思える、そんな心が薄まることです。
「訪問コンサート」は言ってみれば彼らの人生の「瞬間」ですが、失われつつある人間の温もりを音楽を通じて感じてもらえる「時」だと思います。これは年々、強く肌身で感じます。
人間が今まで培ってきた素晴らしい「稔り」を世界へ
——4年ぶりのアジアでのICEP、無事開催おめでとうございます。2回目となるラオスでの活動の手ごたえは? また2010年の一回目訪問時と状況・印象の違いはありましたか?
みどり はい、まるで違う国のようないでたちになっていました。もちろん、まだまだ先進国のような道路事情、衛生管理、教育システムにはなっていませんが。社会主義の国ですが、多くの国々から、また民間からの援助の手が差し伸べられており、嬉しかったです。田舎、都会、それなりの秩序が調整段階に入ったと思います。
特に子どもたちの“世界”の範囲が広がったと思います。以前の子どもたちの世界観が、文化的にも広がっており、そのお手伝いができたと自負しています。
前回のラオス訪問時の映像(2010年)
——子どもたちに限らず、みどりさんが活動を通して感じる日本そして世界における社会の変化があれば教えてください。
みどり 世界中どこででも子どもは純粋に生まれ、未知への可能性を秘めています。それがどうして大人になると利己的に固まるのか。簡単に言うと「教育」そして精神の「貧困」によるものでしょう。人間が今まで培ってきた素晴らしい「稔り」が世界中に広がればいいですね。
——これらの活動がみどりさん自身の音楽に与える影響はどんなものでしょうか。
みどり 具体的に、自分の音楽に社会活動が影響している点があるかどうか? 自身ではわかりかねますし、分析しようと思っていません。
音楽が“故郷”を思い出すきっかけになる
——今年の報告コンサートで演奏される曲目にある、ハイドンの《日の出》が象徴的な気がしています。
みどり 今年の元旦に能登半島地震が起きました。あれから半年、まだまだ季節の流れさえ受け止める余裕などない人々とこの曲をシェアしたい。そういう思いでメンバー全員、熱く演奏いたします(プログラムを決めたのは昨年のことで、その時はパンデミックからの「日の出」を少し意識していましたが)。
——2023年度から本格的な活動を開始した「僻地プログラム」も含め、これからの展望を教えてください。
みどり 「僻地プログラム」というとなんだか差別的なサウンドがある、と言われました。「僻地」は日本国政府がフォーマルに使う言葉です。しかし、こういう意見を踏まえて今年から「P&J」(プレイ・アンド・ジョイ!)と改称しました。中身や目的はまったく同じですが、この名前ですと中身が少し伺えるようで気に入っています。
2023年12月18日、和歌山県の有⽥川町⽴⼋幡⼩学校・有⽥川町⽴安諦⼩学校で実施した「P&J」
写真提供: ミュージック・シェアリング
※2024年3月31日をもって安諦小学校は休校
首都圏では大型のオーケストラのコンサートや音楽の本に載っている演奏家のコンサートに行けますが、僻地といわれる地域では交通のアクセスが簡単でないのが一番のネックです。子どもたちはそれこそITや、伝え聞きの音楽にしか出会えません。
「P&J」では実際に楽器を触ってもらいますから、今までになかった喜びを感じたり、そこから物理的なヒントを得たり、美術の世界に目覚めたりと、未知への「初めの一歩」になりうるプログラムと判断し、今年から本格的に始めたわけです。都会にも僻地があります。でしょう?
往々にしてサポーティング・アーティストが、雨の日も風の日も長時間をかけて小規模な学校や楽器搬入をして、教えるのは大変なこと。それでも続けてくれる先生たちに感謝しています。そして「P&J」は、子どもたちが成長し、将来生活する場所が変わっても、楽器に触れることのない環境に置かれても、特につらい時に“故郷”を思い出させるきっかけになるはずだと思うのです。
【大阪公演】
日時: 2024年6月15日(土 )14:00開演
会場: あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール
【東京公演】
日時: 2024年6 月18 日(火)19:00開演
会場: 王子ホール
出演: 五嶋みどり(ヴァイオリン)、エレノア・デ・メロン(ヴァイオリン)、笠井大暉(ヴィオラ)、アレハンドロ・ゴメス・パレハ(チェロ)
曲目: ハイドン:弦楽四重奏曲 第78番《日の出》、ブラームス:弦楽四重奏曲 第1番 ほか、ミュージック・シェアリングからの活動報告
※やむを得ない事情により曲目・曲順は変更になる可能性があります
チケット発売中
チケット取扱い
【東京・大阪】
ミュージック・シェアリング事務局 03-6256-9733 (月〜金 10:00〜17:00)
【大阪】
ザ・フェニックスホールチケットセンター 06-6363-7999(月〜金 10:00〜17:00)
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