インタビュー
2020.04.23
4月の特集「リモートワーク」チェロ奏者の工藤すみれさんメールインタビュー

ニューヨーク・フィルのリモート合奏〜動画制作プロセスと《ボレロ》に託すメッセージ

アメリカの名門オーケストラ、ニューヨーク・フィルハーモニック。世界中の多くのオーケストラと同じく、今回のコロナ・パンデミックによって通常の活動を行なうことは難しい状況にありますが、リモート合奏という手段で、音楽を届け続ける姿勢を示しています。
リモート合奏の動画はどうやって制作され、どのような思いが込められているのでしょうか。楽団員の日本人チェリスト工藤すみれさんに制作の裏側を伺いました。

三木鞠花
三木鞠花 ONTOMO編集者

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

遠隔でラヴェルの《ボレロ》を演奏する楽団員。

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躍動感あふれるラヴェルの代表作に想いを託す

新型コロナウイルスの感染拡大により活動が制限されるなか、世界中のオーケストラがリモート合奏を実施しているのを目にする昨今。大人数で集まって演奏することができない状況下で、リモート合奏は活動を続けるための手段のひとつとなってきました。

ニューヨーク・フィルハーモックも、4月3日にラヴェルの《ボレロ》のリモート合奏動画を公開しました。公開から2週間ほどで、再生回数は29万回にのぼります。

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深刻なニューヨークの状況は、ニューヨーク在住のジャーナリスト小林伸太郎さんによるレポート「ニューヨークより〜パンデミックをサバイバルするクラシック音楽とアーティストたち」に詳しいですが、ニューヨーク・フィルがこの動画に込めたのも同様で、医療従事者への感謝の気持ちが表明されています。動画には「ニューヨーク・フィルの音楽家たちは、この演奏をCOVID-19危機の最前線で働く医療従事者に捧げます」というメッセージが表示されます。

ラヴェルの《ボレロ》は、前衛的な舞踏家イダ・リュビンスタイン夫人の要望で1928年に作曲された、スペイン風の舞曲です。言わずと知れたラヴェルの代表作で、全曲を通して刻み続けられる小太鼓のリズムと印象的な旋律は、一度聴いたらなかなか頭から離れません。

原曲の演奏時間は15分ほどですが、今回の動画では7分ほどに編曲されています。

楽団員が語る動画の裏側

この動画の制作経緯や外出制限中の生活について、チェロ奏者の工藤すみれさんにメールでお話を伺いました。

工藤すみれ
2006年より、ニューヨーク・フィルハーモニックのチェロ奏者を務める。
東京都出身。桐朋学園大学ソリストディプロマコースを経て、ジュリアード音楽院を卒業。第62回日本音楽コンクール第2位、2005年度の齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞。ジュリアード音楽院在学中からアヴァロン弦楽四重奏団のチェリストとして、アメリカ、ヨーロッパで約6年間活動し、その間インディアナ大学サウスベンド校で3年間教鞭をとった。
©Chris Lee

——《ボレロ》のリモート合奏というのは、どなたのアイデアですか?

ニューヨーク・フィルのパーカッション・ティンパニー奏者のカイル・ザーナ氏が、オーケストラ全員にメールで呼びかけたのがきっかけです。

——なぜ《ボレロ》を選んだのでしょうか?

ボレロは最初から最後まで小太鼓の一定したテンポで進んでいくので、合わせやすいこと、しかも、ポピュラーで誰でも知っているだろう曲なので。今はつらくても、皆で前進していくというメッセージも込められています。

——リハーサルはありましたか? どのように制作されたのでしょうか?

リハーサルはしていません。ミュージシャン一人ひとりがスマートフォンやコンピューターを使い、各自のパート特別カットヴァージョン、4分音符イコール68のクリックトラックを聞きながら録音、録画し、ベースセクションのアイザック・トゥルプカス氏に送り、彼がミックスしました。

——外出規制中、どのように過ごされていますか?

もう1か月近く監禁生活なので、精神的ダメージがひどくならないように家の中でYouTubeのダンスエクササイズを毎日やっています。

あとは、掃除機のごみ袋でマスクを作って、友人や近所の人に分けたり、もちろんチェロの練習も、学生時代に戻ったつもりでポッパーのエチュード(註:チェロ奏者ダーヴィト・ポッパーが作曲した技術を磨くための練習曲)を練習したり。

あとは、キッチンの壁を塗り替えもしました。

ニューヨーク・フィルのチェロセクションでは、バッハの無伴奏チェロ組曲を1人1楽章ずつ各自録画するプロジェクトが進んでいて、コンピレーションとしてYouTubeにあげています。

——最後に、日本の皆さんにメッセージをお願いします。

今は辛抱のとき。日本には素晴らしい音楽家がたくさんいます。この時期を乗り越えたあかつきには、ぜひとも彼らのライブのコンサートに行ってください!

フィルハーモニック・ファミリーからのプレゼント

動画の最後を締めくくるのは、クラリネット奏者パスクヮル・マルティネス・フォルテッサ氏からの心温まるメッセージでした。

ニューヨーク・フィルの音楽家たちは、あなたとあなたの大切な人たちの健康を、心よりお祈りしています。この困難な時期にも、私たちは音楽を届け続けます。若い人からお年寄りまで、近くにいる人にも遠くにいる人にも。みなさんにコンサートでお会いできなくて寂しいです。でも、私たちは必ず戻ってきます。もう一度会えるのを、楽しみにしています。それまでの間、これはフィルハーモニー・ファミリーからのプレゼントです。観てくれてありがとう! お気をつけてお過ごしください。愛を込めて。

この《ボレロ》の動画は、「フィルハーモニック・ファミリーからのプレゼント」だと言うフォルテッサさん。

現在の状況下において、奏者にとっても鑑賞者にとっても、リモート合奏が担う役割の大きさは計り知れません。公開されている無尽蔵の動画たちに、音楽を愛する人たちのどれほどの想いが込められているのでしょうか。

ニューヨーク・フィルでは、このほかにもたくさんの動画を配信しています。また現在、デジタル・フェスティバル「マーラーのニューヨーク」と称し、マーラーの交響曲を1日1作品ずつ公開しています。4月30日までの開催です。

三木鞠花
三木鞠花 ONTOMO編集者

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

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