インタビュー
2024.11.12
世界のオーケストラ楽屋通信 Vol.11 乾 詩織(トロンハイム交響楽団ヴィオラ奏者)

ワークライフバランスの良いノルウェーのオーケストラ〜子どもの入学式は有給!? 同僚とベリー狩りやスキーも

世界各国のオーケストラで活躍する日本人奏者へのインタビュー連載。オーケストラの内側から、さまざまな国の文化をのぞいてみましょう!
第11回は、ノルウェーのトロンハイム交響楽団ヴィオラ奏者の乾詩織さん。家庭の優先順位が高くワークライフバランスの取れた生活や、同僚との温かい関係性についてなど、北欧らしい素敵なエピソードを教えてもらいました。

ONTOMO編集部
ONTOMO編集部

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

ヨーロッパで働きたいという気持ちからノルウェーのオーディションに飛び込む

続きを読む

——所属されているオーケストラについて教えてください。

 ノルウェーのトロンハイムにあるトロンハイム交響楽団に所属しています。本拠地であるOlavshallenで毎週1度か2度、シンフォニーコンサートを開催しています。ファミリーコンサートや子どものためのコンサートも頻繁にあり、地域に根ざしたオーケストラです。

年に1度、1か月ほどかけてオペラプロジェクトも行なっています。とてもリラックスした雰囲気のオーケストラで、団員間で家に招待し合ってBBQをしたり、湖で泳いだり、街からすぐの山にスキーに行ったりすることもあります。

乾 詩織(いぬい・しおり)
中学生のときにノートルダム女学院オーケストラ部にてヴィオラを始める。
同志社女子大学学芸学部音楽学科を卒業後、第80回読売新人演奏会、京都音楽家クラブ新人演奏会に出演。2010年に渡欧し、オーストリア ウィーン国立音楽大学にてゲオルク・ハーマン氏に師事。2016年交換留学生として奨学金を得てベルリン芸術大学大学院にて元ベルリン・フィル首席奏者ヴィルフリート・シュトレーレ氏に師事。2018年ウィーン国立音楽大学大学院を満場一致の最優秀で卒業。2020年よりノルウェー トロンハイム交響楽団ヴィオラ奏者。スウェーデン ヨーテボリ交響楽団契約団員を経て、2024年10月現在ノルウェー国立歌劇場管弦楽団にて契約団員として活動。

——なぜこのオーケストラに入ろうと思ったのですか?

乾 もともとはオーストリアのウィーンで長い間学生をしていました。ヨーロッパの暮らしが好きで、できることなら引き続き住んで仕事をしてみたいと思い、最初はオーストリア周辺のさまざまな国でオーディションを受けていました。

ノルウェーには行ったこともなく、文化や語学に関する知識もほぼゼロの状態だったのですが、デザインや暮らし、自由でフェアな考え方など、北欧にはかねてから興味があったので、街を訪れてみることも目的に、思い切ってオーディションを受けに行ったのがきっかけです。日本を出てからはドイツ語しか話す機会がなく、ノルウェー語はもちろん英語もままならない状態でよく受けに行ったなぁと今となっては自分の無鉄砲さに驚きます(笑)。

——楽団員とのコミュニケーションは何語でされていますか?

乾 指揮者によってその都度リハーサルで使われる言語は変わりますが、団員同士のコミュニケーションは基本はノルウェー語です。しかしノルウェーの人は英語が堪能な人が多く、オーケストラにはノルウェー外出身の団員も3割ほどいるので、英語も頻繁に使われています。ドイツ出身の団員とはできるだけドイツ語で話しています。

トロンハイム交響楽団の集合写真

——今のオーケストラでいちばん思い出に残っている演奏会や曲目を教えてください。

乾 2024年4月にヴァイオリニストのギル・シャハムがソリストで来た際のコンサートが私がこのオーケストラにいる数年でいちばん記憶に残っています。1人の演奏家が周りにもたらす影響やインスピレーションは、時には想像を遥かに超えるものになり得るのだと実感しました。素晴らしかったです。

ノルウェーの魅力あふれるエピソード〜楽団員同士の関係性、家庭の優先順位、ライフワークバランス

——お国柄を感じたエピソードや日本とは違うなぁと感じる点を教えてください。

乾 試用期間を始めてすぐのときに、同僚からスキーに誘われたことです。街からすぐの山でスキーができるので、団員数人でクロスカントリーをしました。演奏外の休憩時間や余暇の時間にコミュニケーションを取ることがとても大事にされています。仲の良い同僚とリハーサル後にお茶をしたり、夏には湖に泳ぎに行ったり、近くの山でキノコやベリー狩りをしたりもします。同僚のドッグシッターをしたこともあります。友人ではないけどただの同僚でもないような、お互い助け合う温かい関係性です。

——これまでに一番カルチャーショックを受けたことはなんですか?

乾 父母合わせて1年近く育児休暇が取れること(多くの同僚が夫婦で半々にしているのを見ます)や、子どもの入学式の日は有給扱いになるのでヴィオラグループの半分がいない日があったことなど、家庭の優先順位が仕事と同レベルなことです。

もう一つは、仕事を休んで学業に専念できたり、別のオーケストラで一定期間働いたりする自由があるところです。私は1年間自分のオーケストラを休んでスウェーデンのヨーテボリ交響楽団で働き、現在もまた数か月、オスロのノルウェー国立歌劇場管弦楽団にて契約団員をしています。「外で得た学びや刺激を持ち帰って、またオーケストラに還元してね」という柔軟な考えが根幹にあるようです。

——「この国に来てよかった!」と感じるのはどんなときですか?

乾 ライフワークバランスの良さと、人々のおおらかさ、治安の良さ、広大な自然がすぐそばにあることです。一生に一度は見てみたいと思っていたオーロラも1年に数回見ることができ、ハイシーズンには自分の部屋の窓から見ることもできました。

部屋から見えたオーロラ

——おすすめのローカルフードがあれば教えてください。

 ノルウェー料理といえばRekesmørbrød(甘エビのオープンサンド)やFiskesuppe(魚介のクリームスープ)、Bacalao(干し鱈のトマト煮込み)などが好きです。

あとは、北欧の定番Kanelbolle(シナモンロール)とコーヒーも本当に美味しく、練習後や休憩時間、休日など(つまりいつでも)に食べるシナモンロールには、心も体も癒されます。12月の暗くて寒い時期にオーケストラで郊外に演奏しに行った際には、ホールの方がたくさんの手作りシナモンロールを焼いて待っていてくださったことがありました。ノルウェーだなぁと思ったと同時にその心遣いがとてもありがたかったです。

魚介のクリームスープ、甘エビとサーモンのオープンサンド
シナモンロール
ONTOMO編集部
ONTOMO編集部

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ