インタビュー
2025.05.03
世界のオーケストラ楽屋通信 Vol.14 江口有香(ニュージーランド交響楽団アシスタント・コンサートマスター)

練習初日にはマオリ族の伝統歌を歌う、警察官が笑顔……ニュージーランドの多様性豊かな暮らし

世界各国のオーケストラで活躍する日本人奏者へのインタビュー連載。オーケストラの内側から、さまざまな国の文化をのぞいてみましょう!
第14回は、ニュージーランド交響楽団でアシスタント・コンサートマスターを務める江口有香さん。穏やかで多様性に満ちたニュージーランドの雰囲気を教えてもらいました。

ONTOMO編集部
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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

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息子さんの発言がきっかけとなりニュージーランドへ

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——所属されているオーケストラについて教えてください。

江口 私が所属するニュージーランド交響楽団は、ニュージーランドを代表する国営オーケストラです。本拠地を北島南端の首都ウェリントンに構えつつ、ウェリントンでの活動にとどまらず、国内各地で公演を行なっています。

江口有香(えぐち・ゆか)
2015年よりニュージーランド交響楽団のアシスタント・コンサートマスターを務める。CMNZの2022年プログラムの一環として、ケンプ・イングリッシュとニュージーランド・ツアーを行い、モダンピアノとフォルテピアノによるコンサートを行った。その後、東京トリオの仲間たち(鳥羽泰子、江口心一)との日本公演で1年を締めくくった。 ニュージーランドに拠点を移す前は、日本フィルハーモニー交響楽団と東京モーツァルト・プレイヤーズのソロ・コンサートマスターを務め、日本各地でゲスト・コンサートマスターを務めた。 3歳の時にスズキ・メソッドにてヴァイオリンを始める。 インディアナ大学で伝説的なヨゼフ・ギンゴールド氏に師事。それまでに蔵持典与、安田廣務、鈴木鎮一、小林健次の各氏に師事。
高校生の時、第55回日本音楽コンクールで優勝。インディアナ大学で音楽学士号と演奏家ディプロマを取得後、ワシントン国際ヴァイオリンコンクール入賞、パガニーニ国際ヴァイオリンコンクール第3位入賞。ソロ、共演CD多数。2019-2024年度日本スズキメソッド特別講師。

——なぜこのオーケストラに入ろうと思ったのですか?

江口 ニュージーランド交響楽団への入団を希望した理由は数多くありましたが、もっとも大きな動機は、当時12歳だった息子が「原発や核兵器のない国で暮らしてみたい」と語ったことでした。そのほかにも、海外で働く経験を積みたい、異文化の中で生活してみたい、そして当時の日本に根強く残る「男尊女卑」的な文化から距離を置きたいという思いも背景にありました。

——楽団員とのコミュニケーションは何語でされていますか?

江口 楽団内でのコミュニケーションは主にイギリス英語で行なわれています。団員は12か国以上の出身者で構成されており、まさに多国籍オーケストラと言えるでしょう。

——今のオーケストラでいちばん思い出に残っている演奏会や曲目を教えてください。

江口 とくに印象深い演奏会の一つは、ニュージーランド交響楽団の首席指揮者であるジェマ・ニューの指揮のもと、ヘンデルの《メサイア》をコンマスとして演奏した際のことです。《メサイア》はニュージーランドにおいて、毎年12月に演奏される伝統的な楽曲で、日本で言う「第九」のような特別な存在です。この演奏では、彼女の革新的な解釈を受け入れながら演奏に臨みましたが、想像以上に聴衆から熱い反応をいただけたことがとても印象に残っています。

もう一つ忘れられないのは、バロックプログラムで指揮者を置かずに小編成で行なったツアーです。このツアーでは、コンマスとしてバッハの《ブランデンブルク協奏曲第5番》、テレマンの「ヴィオラ協奏曲」、そしてテレマンの管弦楽組曲《シャンジャンテ》を演奏しました。室内楽ならではの緊密なアンサンブルが求められる演奏で、大きな達成感を得た特別な経験でした。

自由な服装やマオリ族の文化も大切にする慣習から見えるニュージーランドの多様性

——お国柄を感じたエピソードや日本とは違うなぁと感じる点を教えてください。

江口 ニュージーランドの原住民(マオリ)がこの地に住み始めたのは約1,000年前のことであり、イギリスによる植民地化とワイタンギ条約の締結からは約175年が経過しています。そのため、ニュージーランドは国としての歴史が比較的若く、文化も多様で変化に富んでいます。

オーケストラ活動を通じて感じたこの国の特徴は、なによりも多様性に満ちていることです。その影響は服装にも表れており、短パンやビーチサンダルで練習に参加する男性も少なくありません。また、プログラム練習の初日には、マオリ族の伝統歌を歌い、ゲストを歓迎するのが恒例となっています。さらに、コンサートの開演やスピーチの冒頭では、必ずマオリ語によるフォーマルな挨拶が行なわれるなど、原住民文化を大切にする姿勢が随所に見られます。

——これまでにいちばんカルチャーショックを受けたことはなんですか?

江口 ニュージーランドで受けた大きなカルチャーショックの一つは、警察官がいつもにこやかな表情をしていることです。その穏やかな笑顔から、この国の平和さを自然と感じることができました。もう一つの驚きは、バスや電車が時間通りに来ないことが頻繁にあり、時には運行がキャンセルされることもあるという点です。

——「この国に来てよかった!」と感じるのはどんなときですか?

江口 ニュージーランドに来て良かったと感じることは数多くあります。なかでも印象的なのは、個人の演奏活動の自由や、オーケストラからの支援を受けて国内外で研修を重ねる機会を得られたことです。さらに、日常的に大自然と触れ合える環境の素晴らしさも、この国ならではの魅力です。挙げていけばきりがありませんが、これらはとくに心に残る恩恵です。

——おすすめのローカルフードがあれば教えてください。

江口 おすすめのローカルフードは何といっても「マヌカハニー」です。免疫力を高めるだけでなく、お肌の保護にも効果的です。

ONTOMO編集部
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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

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