インタビュー
2025.08.09
世界のオーケストラ楽屋通信 Vol.15 切田朋輝(カタール・フィルハーモニー管弦楽団トランペット奏者)

20か国から集結! カタールの多国籍なオーケストラで砂嵐に負けず活動

世界各国のオーケストラで活躍する日本人奏者へのインタビュー連載。オーケストラの内側から、さまざまな国の文化をのぞいてみましょう!
第15回は、カタール・フィルハーモニー管弦楽団でトランペット奏者を務める切田朋輝さん。オーケストラ設立時にドイツでオーディションを受け、以来17年間在籍しているそう。多国籍なオーケストラの多彩な活動について教えてもらいました。

ONTOMO編集部
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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

金の壁をバックにトランペットを演奏
©︎Christoph Edelhoff

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アラブ音楽まで幅広く演奏するカタール唯一のオーケストラに創設時から参加

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——所属されているオーケストラについて教えてください。

切田 中東のカタールにある首都ドーハを拠点とするカタール・フィルハーモニー管弦楽団に、2008年の設立当初から在籍しています。

このオーケストラでは、西洋のクラシック音楽だけでなく、カタールをはじめとするアラブ地域の作曲家による作品や、アラブ音楽、アラブの伝統楽器と共演する作品なども幅広く演奏しています。

主な活動の場は国内ですが、カタールの文化的なアンバサダーとして、年に1~2回ほど海外での演奏旅行にも参加しています。これまでに、BBC Promsをはじめ、ローマ、ミラノ、パリ、ウィーン、ワシントン、ニューヨーク、ダマスカス、中国各地、ソウルなど、さまざまな都市で演奏する機会がありました。

切田朋輝(きりた・ともき)
秋田県鹿角市出身。山形大学教育学部を卒業の後、ドイツへ留学。ミュンヘン国立音楽大学にてディプロム、マイスタークラッセ=ディプロムを取得。ザールブリュッケン・ザールラント州立歌劇場管弦楽団にて研修、シュレスヴィッヒ=ホルシュタイン州立歌劇場交響楽団にて契約団員の後、現在、2008年に新設されたカタール・フィルハーモニー管弦楽団トランペット奏者。これまでにトランペットを林昭世、佐藤裕司、板倉駿夫、ハネス・ロイビン、トーマス・キーヒレ各氏に師事、ナチュラルトランペットをマイケル・レアード、アンドレアス・ラックナー各氏から指導を受ける。第一回秋田県青少年音楽コンクール高校生の部門にて金賞受賞。DAAD(ドイツ学術交流会)より2005年DAAD賞受賞。山形大学に在学中より山形交響楽団に客演するほか、NHK交響楽団、東京交響楽団、群馬交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、バイエルン州立歌劇場、マレーシア・フィルハーモニー管弦楽団をはじめとする日本、ドイツ、アジアのオーケストラに客演。

また、カタール・ミュージックアカデミーでのレッスンや、日本、韓国でのトランペット合宿での指導を通じて、後進の育成にも力を注いでいる。

——なぜこのオーケストラに入ろうと思ったのですか?

切田 ドイツに留学していた当時、各地のオーケストラのオーディションを積極的に受けていた時期に、カタール・フィルハーモニー管弦楽団のオーディションが開催されました。

待遇面や活動のスケールの大きさから、当時のドイツのオーケストラ関係者の間でも話題となっており、オーディションはヨーロッパ各地の主要都市で実施されていました。私もドイツ国内で受ける機会がありました。

当時の私は、とにかく経験を積むために受けられるオーディションにはできる限り挑戦していたこともあり、練習の一環という気持ちで応募しました。正直なところ、その頃はカタールがどのような国なのか、具体的なイメージもほとんど持っていませんでした。

そんな中で幸運にも合格することができ、当初は「数年ほど様子を見てみよう」と思っていたのですが、気がつけば現在、17シーズン目を終えるまでになりました。

——楽団員とのコミュニケーションは何語でされていますか?

切田 仕事や日常生活は基本的に英語で行なわれています。カタールの公用語はアラビア語とされていますが、国内人口のおよそ9割が外国人であるため、たとえアラビア語を話せたとしても、英語が話せなければ生活していくのは難しいのが現実です。

オーケストラ内にはドイツ語圏で学んだ団員も一定数おり、私はそうした団員とはドイツ語で会話をしています。ドイツを離れた今でも、ドイツ語を使い続けられるのはありがたいです。

——今のオーケストラでいちばん思い出に残っている演奏会や曲目を教えてください。

切田 17年前、オーケストラの幕開けとなった最初の演奏会は、今でもとても印象深く、心に残っています。

演奏したのは、ベートーヴェンの《運命》、ラヴェルの《ボレロ》、そしてマルセル・ハリーフェによる《アラビア協奏曲》という、5つのアラブ楽器とオーケストラのための委嘱作品でした。指揮はロリン・マゼールでした。

きっと、オーケストラとしてのアンサンブルは、17年が経った今のほうが成熟していると思います。でも、当時のことを思い返すと、世界中から集まった新しい同僚たちと、まだあまりよく知らない土地で、「これから新しいオーケストラを一緒に作っていくんだ」というワクワク感や希望に満ちた、まるで冒険に出るような気持ちでリハーサルに臨んでいたことを、今でも鮮明に覚えています。

リハーサルや日々のやり取りを通して、少しずつお互いを知っていく過程がとても印象に残っています。

マルセル・ハリーフェ《アラビア協奏曲》

多国籍な環境で日本人としてのアイデンティティを見つめ直す

——お国柄を感じたエピソードや日本とは違うなぁと感じる点を教えてください。

切田 カタールの社会全体にも言えることですが、私たちのオーケストラもひじょうに国際色豊かな組織です。団員の出身国は20か国以上にのぼり、事務局のスタッフを含めると30カ国を超えます。日々のリハーサルや業務のなかでも、文化や価値観の違いを感じることは多くあります。

とくにオーケストラが創立された初期の頃は、各国の「当たり前」の違いがぶつかり合い、コミュニケーションや仕事の進め方で戸惑うことも少なくありませんでした。でも、そうした違いに直面するからこそ、互いを理解しようとする姿勢が生まれ、時間とともに信頼関係も築かれていきました。

今では、そうした多様な視点が新しいアイディアや柔軟な発想を生む土壌となり、オーケストラにプラスに働いていると感じています。

——これまでにいちばんカルチャーショックを受けたことはなんですか?

切田 いちばん衝撃的だったのは、砂嵐ですね。これまでに2〜3回ほど大きな砂嵐に遭遇しましたが、とくに印象に残っているのは、7年ほど前に起きたものです。

その日は砂嵐が来るという予報が出ていたものの、夕方までは特に変わった様子もなく、普段通りに過ごしていました。夕方からは屋外で行われたファンクロックの演奏に参加していたのですが、アンコールの曲に入ったあたりで、急に風が強くなり、砂が舞い始めたのを感じました。

演奏が終わってすぐに片付け、車に乗って帰宅しましたが、家に着いて鏡を見て驚きました。着ていたスーツは砂まみれ、髪や眉毛には砂がびっしりとついていて、黄色くなっていたんです。まるで吹雪の中を帰ってきたように全身が砂に覆われていて、本当に驚きました。

——砂嵐以外に、気候の過ごしやすさも気になります。

切田 カタールの気候は、夏には気温が50度近くまで上がることもありますが、冬は15度から25度程度と過ごしやすいです。

5月頃から10月頃まではひじょうに暑く、街はあまり歩行者向けには作られていません。地下鉄も整備されていますが、私は駅の近くに住んでいないため、移動はほとんど車です。自宅から車に乗り、目的地の駐車場に着いたらすぐに建物に入る、という生活です。

そのため、楽器を背負って長い距離を歩いたり、暑さで汗だくになるような負担がなく、音楽家としても無理のないかたちで日々の生活を送ることができています。

——「この国に来てよかった!」と感じるのはどんなときですか?

切田 うちには中学2年生と高校1年生の子どもが二人います。カタールという多国籍な環境の中で、世界中のいろいろな国から来た子どもたちと一緒に学べていることは、二人にとってとてもいい経験になっていると思っています。

ふだんの学校生活の中でも、国や宗教や文化の違いから生まれる考え方の違いや、それぞれの家庭で育ってきた背景の違いに触れることが多くあります。そういった場面では、子どもたちだけでなく、私たち親も含めて、「相手はどういう価値観を持っているのか」「どのように物事を捉えているのか」といったことをしっかり考えなければならない場面がたくさんあります。

でも、だからこそ、自分たちはどのように考えているのか、日本人としてのアイデンティティとは何なのか、ということを自然と意識するようになりました。何か起きたときに、「自分たちはどう感じているのか」「どう行動すべきなのか」を改めて考えるきっかけにもなっていて、親子ともにすごく学びの多い日々を送れていると感じています。

——住みやすさとしてはヨーロッパでのご経験などと比べて、いかがでしょうか。

切田 カタールでは、以前はとくに子ども向けのアミューズメントが少なかったのですが、近年はさまざまなイベントが開催されるようになりました。たとえば、カタール・フィルハーモニー管弦楽団も参加したディズニーのコンサートが行なわれたり、2022年のサッカーワールドカップのような国際的なスポーツイベントも数多く開催されています。

17年前にカタールへ来た当時は、「ようやく発展が始まるのかな」という印象でしたが、現在では生活の中で楽しめることも増えてきました。

仕事に関しては、住環境にもよりますが、私は家族と一軒家に住んでおり、窓などをすべて閉めれば、自宅で都合の良い時間に練習できるのがありがたいです。特に防音設備があるわけではありませんが、カタールの住宅はほとんどがレンガ造りで、深夜でない限り家の中で音を出してもまったく問題ありません。プライベートレッスンも自宅で行っています。

——おすすめのローカルフードがあれば教えてください。

切田 中東料理といえば、ヒヨコマメをペースト状にしてパンにつけて食べる「フムス(Hummus)」が有名ですが、それに似た「ムタバル(Moutabal)」というナスのディップもとても美味しくて大好きです。

焼きナスにヒヨコマメ、レモン汁、オリーブオイル、ニンニクなどを混ぜたもので、素材の風味が絶妙に合い、パンとの相性も抜群です。

ムタバル
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